第二部 一章

第1話 まずは挨拶から始めよう

 国を建て直すより自分を建て直したいんだが! 第二部


     ― 現神の森の 獣地獄ケモノパラダイス ―





「んなあああああああああ行きたくなーい」


 ミーミルが大きなあくびをしながら、愚痴をこぼす。




 ジェイドタウンに到着した翌日。

 アヤメとミーミルはマキシウスと会う予定になっていた。


 普通に「着きましたよ」という顔見せだけなので、楽なものではある。

 だが恐らくミーミルとマキシウスの相性は悪い、そうアヤメは思っていた。


 マキシウスはお堅い軍人気質の男だ。

 テキトーな性格のミーミルと合うとは、とても思えなかった。

 しかも亜人種という事で、マキシウスはミーミルに嫌悪感を抱いているはずだ。


「仕方ないだろう。滞在するのに挨拶も無しでは、さすがに皇帝であっても失礼だ」

「それを何とかするのが皇帝の権限ではないのかい」


「元皇帝だろう」

「むーん!」


 オルデミアの言葉にミーミルは唸る。


「昨日、国を建て直すって誓ったでしょ。頑張ろうよ」

「確かに誓いました。でも嫌がる権利くらいはあってもいいのでは」


「はいはい、ゴネてないでさっさとご飯食べて」

「むー、もぐもぐ」


 ミーミルは不満そうな顔をしながら、パンを頬張る。

 今日はパークスの家で朝食をとっている。

 毒は入っていないようで安心だった。


「ここでの食事は恐らく大丈夫だと思うが、外に出たら気をつけてくれ。特に城の中で出される水や食物はなるべく口に入れるな」

「りょーかい。気をつける」


 大抵の毒は抵抗できそうだが、いくら抵抗できるからといって毒を体に吸収するのは気分のいいものではない。


「今日の予定はマキシウスに会うだけで終わり?」

「他に予定は無いな」

「じゃあジェイドタウンをちょっとウロウロしてみていい?」


 アヤメは目を輝かせながらオルデミアに聞く。


 異国の街を歩く。

 それは海外旅行をした事のないアヤメには、とても魅力的だった。


「うーむ……危険だぞ」

「そこを何とか……ならない?」

「む、むぅ」


 アヤメの輝く目に、心を揺らされるオルデミア。

 希望を叶えてあげたい気持ちはあるが、やはり狙われているのは確かだ。

 現神触を倒した二人ならば、刺客などものともしないかもしれない。


 だが万が一という事もある。

 二人は最強かもしれないが、無敵ではないのだ。


「じゃあオルデミアもついてきて! 一緒ならいいでしょ?」

「……」


 アヤメと二人で、か。




 それは――なんというか。

 少し楽しそうな気も――。




 オルデミアの脳裏に、手を繋いで商店街を歩く自分とアヤメの姿が


「なんかオルデミア顔が緩んでるけど」

「緩んでなどいない」


 ミーミルのツッコミで顔を引き締めるオルデミア。


「凄い緩んでたけど」

「とにかく、挨拶だけはしっかり頼む。現状を打開するには四大貴族との関係を良くしなければならないのだからな」

「そうだね……」


 オルデミアの言葉にアヤメは考えこむ。


 マキシウスが敵なのかどうかは分からないが、敵の可能性は高い。

 それを何とかして仲間にせねばならないのだ。


 アイリス帝国は広大である。

 中央だけで、帝国の広い版図を維持する事はできない。

 古くからその地を治めて来た四大貴族の協力は絶対に必要なのだ。


「ぐぬぬぬぬぬぬ面倒くさいー」


 アヤメは考え込みながら、愚痴をこぼしたのだった。



 

「さ、どうぞ。アヤメ様、ミーミル様」


 家の外には馬車が止まっていた。

 馬車の前にはパークスがいて、エスコートしてくれる。

 マキシウス謁見の予定時刻ギリギリだったが、どうにか間に合った。


「ありがとう」


 アヤメとミーミルは馬車へと歩みを進める。


 二人は豪華なドレスに身を包んでいた。

 移動用のドレスではない。

 パーティにも使えるドレスだ。


「歩き辛い」


 ミーミルはぴっちりと体に張り付くような黒いタイトなドレスに辟易している。

 このタイトスカートというものは大股で歩けない上に、丈は短くスース―するという理不尽の塊のようなスカートであった。

 スカートを履きたくない女性がいるというのも納得である。


「我慢ね」


 アヤメはふんわりとした白いドレスなので、動きやすかった。

 ただやはりスカートの無防備さには、そう簡単に慣れない。

 感覚的に下着で外を歩いているような気分になる。


「おお……」


 そんな二人とは対照的に、護衛で来ていたクロ隊とアカ隊の面々は感嘆の声をあげる。


 ミーミルの扇情的な体のラインが、黒によって鮮明に浮かび上がっていた。

 闘技場でのスポーツブラとスパッツより露出は明らかに減っているにも関わらず、立ち昇る色気は大幅に増している。


「チューノラ、どした?」


 ミーミルを見て固まっていたチューノラに話かける。


「いえ、大変お美しいと思いまして」

「何かポーズでも決めた方がいいか?」

「今で十分です。本当に……」


「にゃふーん」


 ミーミルは腰に手を当てて、前かがみになりながら胸を強調し、チューノラにウィンクしてみる。

 チューノラがいきなり卒倒した。


「大変だ! 死人が出た!」

「耐性が無さすぎる! この馬鹿を宿に運べ!」


 エーギルの指示でチューノラは宿に運ばれていった。


「うむ……まさか気絶するとは」

「余り新人をからかうのはお止めください」


 アベルがミーミルに釘を差す。


「からかってないぞ。ちょっと悩殺ポーズをやってみただけだ」

「それがからかうと言うのです」

「にゃふふーん」


 ミーミルはアベルの腕に飛びつく。

 そして腕に豊満な胸をギュッと押し付ける。


「お止め下さい」


 アベルは顔色を変える事無く、ミーミルを振り払った。


「チッ……さすがにアベルには効かないか」

「ほら、遊んでないで行くよ」


 ミーミルはアヤメに促され、馬車に押し込まれた。


「じゃあ行ってきます」


 アヤメはぱたぱたと手を振る。


 馬車に昇る階段は、子供の身体には厳しい高さだった。

 ドレスのせいもあり、足が届かないのだ。

 降りるのは飛び降りればいいが、昇るのは面倒臭い。

 仕方なくアヤメはぴょんぴょんと階段をジャンプしながら一段、一段昇っていく。


 まるで初めておめかしした子供が、大人の階段を頑張って昇っているように見える。

 クロ隊とアカ隊の面々は、それを慈愛に満ちた、とても優しい笑顔で見送った。


「では留守番を頼む」


 オルデミアも馬車に乗り込む。


 クロ隊とアカ隊は留守番だった。

 部隊はアヤメとミーミルの護衛という面目でついて来ている。

 これをマキシウスの城に引き連れて行けば『あなたを疑っていますよ』という明確な意思表明になってしまう。


 一緒に城まで行くのはパークスの部隊だけだ。


「お気をつけて」


 アベルとエーギルはオルデミアに敬礼をする。


「ああ、分かっている」


 オルデミアはそう言い残すと、馬車の扉を閉めた。


「では出発します。全員、出発!」


 部隊に号令をかけるパークス。

 パークスの騎兵隊が走り始めると、馬車も一緒に走り始めた。

 遠くなっていく馬車を、クロ隊とアカ隊はずっと見送り続けていた。


「少し心配ですね」

「マキシウス様は、少し気難しい所があるからな」

「まあでもアヤメ様とミーミル様なら、何とかなるでしょ」

「また酒を飲み過ぎてリバースさえしなければ大丈夫だろうな」

「うーん、心配になってきた」


 兵士達は冗談を交え、笑いながらアヤメとミーミルの事を話す。


 

 昨日の飲み会から、兵士達はミーミルとアヤメの事を、とても身近に感じるようになっていた。



 今まで皇帝というのは、遥か雲の上にいる存在であると思っていた。


 発す言葉は絶対であり。

 指を振るだけで群衆を動かし。

 その知識は完全無欠で深い思慮を持つ。

 もはや神にも等しい存在。


 少なくとも自分達と住む世界が違うと思っていたのだ。


 だが実際には、そんな事は無かった。

 酒で酔いつぶれたり、肩を組んで踊ったり、うっかりテーブルに突っ込んだりする。



 本当に、ごく普通の人間だった。



「よし。ではアヤメ様とミーミル様がいつ戻られてもいいように、待機だ」


 アベルは部隊に命令を飛ばす。


「多分、数時間は戻らなさそうだから適当でいいんじゃないか」


 エーギルが背伸びをしながら言う。


「お前は本当に不真面目だな」

「それより剣皇様のおっぱいの感触はどうだった? 柔らかかったか? 羨ましい奴め」

「知らん」


「――おっ、耳が赤いぞアベル君?」

「 」



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