第二部 外伝

第一集 犯罪者の夜 上

「全員集まったか」

 

 暗い室内に、男達が集まっていた。


 円卓の中心にはランプが一つ。

 頼りない光は、ちょうど円卓を囲む男達の顔が、ぼんやりと見える程度に調節されている。


 円卓には十名の男が座っていた。


 円卓の後ろにも多くの男達が立っている。

 影になって見えないが、室内には相当な人数の男が集まっていた。

 

「では会議を始める」

 

 円卓に座っていた男の一人が、控えめながらもはっきりと通る声で宣言した。


「四聖剣の一。ザンマが会議の進行を務める。各々方、よろしいな?」


 ザンマと名乗った男が円卓に座る男達を見る。


「四聖剣の二。ハオウ、異論は無い」

「四聖剣の三。ブラスト、異論無し」

「四聖剣の四。アダマ、異論無い」


 ザンマは頷くと、立ち上がり黒板に文字を書く。

 

 ザンマの指から微かに立ち昇る燐光が、辺りを僅かに明るくする。

 黒板の文字は暗闇の中でも軌跡を残し輝いた。


 黒板に書かれた文字は、こうだ。

 




『第一回 アヤメ様の初夜を妨害する会』



 

 

「これは全てに優先される緊急事態である」


 緊急事態だった。

 





< 第二部 外伝 『犯罪者達の夜』 >






「本日はアヤメ様が結婚された大変にめでたい日である。しかし問題が生じてしまった」


 ザンマは、まず前置きから入る。


「どこがめでたい日だ!」「悲報だ!」「ふざけんな!」


 いきなり罵声がザンマに飛ぶ。

 出だしから荒れそうな気配しかしない会議であった。


「何よりまず結婚など断じて許される事ではない。あんな子供が子供と結婚するなどおかしい。世の中狂っている」


 ハオウの言葉は実に正論であった。


「まずそこから認識にズレがあるか」


 ザンマは顔をしかめながら黒板に文字を書いていく。

 こうやって意見をちゃんとまとめなければ、会議というのは取っ散らかってしまう。

 ザンマは黒板に『アヤメの結婚に反対説』と書いた。


「結婚は仕方のない事だ。残念な事だが」


 ブラストはため息をつきながら言う。


「何が仕方ないだ。アヤメ様が結婚したら、俺がアヤメ様と結婚する夢はどうなる」「俺も結婚したい」「結婚したい」「俺もだ」「結婚」

「静かに」


 荒ぶる円卓メンバーを手で制すブラスト。


「ネーネ族との友好を築くために、この結婚は必要であった。言わば政略結婚だ」

「政略結婚なんてお父さん許しませんよ!」


「静かに。だが、結婚したとして、我々にチャンスが無くなる。そうだろうか? 王というモノは一夫多妻制なのだ。我々がアヤメ様と結婚するチャンスは、ゼロではない」

「なるほど。確かに」


 ザンマは黒板に『アヤメの結婚は仕方ない説』と書いた。


「誰がお父さんだ!」「俺がお父さんだ!」「俺もだ!」「お前がお父さんだと!?」


 後ろの方で殴り合いが始まった。


「私はこの結婚を受け入れるしかない――そう思っている。何より、もう結婚は決まってしまったのだ。もはやアヤメ様がセツカとリッカと喧嘩して、離婚する以外、結婚という事実は否定できない」

「それは可哀想だ。幼女でバツイチとか意味が分からないし」


「そうだろう。だから受け入れるしかない、と思うのだ。その上で道を探すべきである」


 円卓のメンバーはブラストの言葉に唸った。


 さすが現神の森大戦で戦い抜いた剛の者だけある。

 ブラストの発言力は四聖剣の中でも一番であった。


「だとしたらアヤメ様の初夜は絶対に防げないというのか? それは理不尽だ!」


 アダマは悔しそうな表情を浮かべながら机を殴った。


 後ろにいる男達も怒りの声を上げる。

 中には悔し泣きする男もいた。


「いや、初夜になるとは限らん」


 ザンマは腕組みをしながら呟いた。


「まず前提として、三人共、女性である。女性同士では不可能だ」

「確かに」


 ザンマの言葉にブラストは頷いた。

 女性同士では初夜は成り立たない。

 理論上、不可能である。


「それならば、とりあえずの脅威は無いか」


 アダマは息を吐く。

 荒れていた心が、僅かに落ち着いたのを感じた。

 そして黒板に「今の所は大丈夫説」と書く。


「いや――」


 それを否定したのはハオウであった。

 その場にいた全員がハオウを見る。


 そしてハオウは底冷えするような声で、こう言った。


「道具を使う可能性がある」


 その言葉は円卓の間を凍り付かせた。


「そんな馬鹿な事があるか!」「ふざけるな!」「ありえん!」


 ハオウに向かって非難が飛ぶ。


「可能性はゼロと言えるか?」


 だがハオウは落ち着いた声でもう一度、言った。


「ゼロだそんなもん!」「なんという下種な考え!」

「想像してみろ! アヤメ様が道具を持ってそんな――考えられる訳がないだろう! ちょっと考えれば分かる!」「えっ! アヤメ様が道具を使って」「責める!?」

「想像するなクズ共が!」「想像は自由だああああああああ」「うおおおおおおおお許さーん!!」


 また別の場所で喧嘩が始まった。


「いや、だが、まあ、やはりイメージできんな。単純に似合わん」


 ブラストは想像しようとしたが、出来なかった。

 だがハオウは、なおも続ける。


「何もアヤメ様が使う訳ではない」

「何だと……?」


 ブラストの声が思わず掠れる。


「例えば――セツカとリッカが、使うとしたら?」


 発想の逆転だった。


 皇帝という立場であるからかアヤメが責めのイメージだったが、逆だってあり得る。

 むしろそちらの方が可能性は高いのではないか?


 ネーネ族の話では、彼女達の年齢は十八なのだという。

 ならば双子がアヤメに道具を使ってもおかしくないし、使い方も知っているかもしれない。


「あり得る……のか? そんな事が」

「その可能性はゼロではない」


 ブラストの言葉に、ハオウは冷徹に応える。


「お前の希望が混じっているのではないか? そうあって欲しい――双子に責められるアヤメ様が見たい、という願望が」


 ザンマがハオウに突っ込む。


「その可能性はゼロではない」

「お前それどういう意味で言ってんだ?」


「可能性は無限大だ」

「コイツ摘まみだした方がいいだろ」

「冗談だ。ハッハッハッ」


 ハオウはそう言って笑う。

 だが目が笑っていなかった。


「アダマ、可能性はあると思うか?」

「可能性があろうがなかろうが関係ない。初夜を潰す。それだけだ」


 過激派だった。


 静かだが確かな熱意に、ザンマは恐れを抱く。

 確かに止めねばならない。

 だが力で止めてはならない。

 できる限り穏便に止めねばならない。


 何故なら全員の首が、あらゆる意味で飛ぶからである。


「落ち着け。暴力はいかん」

「もちろん力でどうこうできる方ではないのは分かっている。ただ、初夜を水を差せばよいだけだ。それで十分なのだ」


 アダマは前のめりになりながら、言った。


「私にいい考えがある」


 ハオウは唾を飲み込みながら、アダマの言葉を待つ。

 アダマは一つ深呼吸してから、悪魔的閃きを述べた。




「――初夜の最中に乱入する」




「こいつを摘まみだせ!」


 ハオウが絶叫する。


「最中に乱入すれば、それでやる気が失せるはずだ! 初めて同士が共に過ごす夜に邪魔が入ってみろ! 即座に中断に決まっている! つまり初夜を止められる! 何が悪い!」

「悪い事しかないわ! そもそもその乱入役は誰がするんだ! タダでは済まんぞ!」


「もちろん俺だ!」


 アダマは自分を指差しながら即答した。


「さては乱入ついでにアヤメ様の裸を見たいだけだな貴様!」

「そんなもの見たいに決まっているだろう! 頭おかしいのか!?」


 アダマとハオウが胸倉を掴み合いながら叫ぶ。

 ついに四聖剣同士が殴り合いを始めた。


「……駄目だ。まとまらん」


 荒れる円卓の間に、ザンマは頭を抱える。


 すでに時刻は『子供は寝る時間』であった。

 今、この瞬間にも初夜は始まっているかもしれないのに。

 アヤメ様から剣を賜いし四人が集まっているにも関わらず、アヤメ様の初夜を止める事ができないとは。


 なんと自分達は無力なのか。


「頭を冷やしてくる」


 ブラストは立ち上がる。

 戦場と化した円卓の間では、ちゃんとした思考は出来そうになかった。


 少なくとも初夜を止める建設的な意見など出そうもない。


「ああ……だが余り時間はかけるなよ」

「分かった」

 

 ブラストはため息をつくと、円卓の間から出た。

 

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