第77話 踏み越えし者

「うーん」


 アヤメは周りを見渡しながら考える。

 

 オルデミアの授業は、面白くは無かった。

 本職ではないのでしょうがない。

 それでも頑張っていたとは思う。



 だがネーネ族の全員が寝ていた。



 セツカとリッカが最初に寝てしまい、次にイカルガが目を閉じたまま動かなくなった。

 ククリアも舟をこぎ始め、ニニャも一緒に船をこぐ。


 ミョルドだけがぎりぎり目を開いていた。

 しかしさっきから何度も欠伸をかみ殺しているのが分かる。


 後ろで見ていたネーネ族達も立ったまま死んだ目をしていた。


 

 どうやら亜人種は総じて勉強が苦手のようだ。



 昔、国語や理科はさっぱりだが体育は成績のいいクラスメイトがいたが、それと同じだ。

 身体を動かすのは得意だが、頭を動かすのは苦手らしい。


 そもそも勉強のやり方を知らないのだろう。

 椅子に座って一方的に話を聞くだけでは、眠くなるのも当然である。

 授業というものは受け身ではなく自分から参加しなければならない。


 ただ聞くだけでは身につかない。

 質問したり、先生の言葉を書き留めたり。

 自発的に参加せねば、授業に意味が生まれてこない。

 

「えー、それで、ですね。法術で大事な事は、自分の力量を見極めることにあります。教科書の二十ページに書いてあるように、キャパシティを越えると体に様々な影響が」


 オルデミアは黒板に字を書きながら説明をしていく。



 オルデミアにも問題があった。


 説明は分かりやすい。

 だが授業に生徒を参加させていない。


 生徒はよっぽどやる気がない限り、自発的に授業には参加しない。

 だから先生は、生徒にテストを行ったり、問題を解かせたりして、授業に参加させるのだ。

 オルデミアはそれを十分にしていなかった。


 たまに教科書を読ませる程度では、生徒を授業に引き込む事はできない。

  

「……やはり本職の教師を見繕う必要があるな」


 レガリアは小声で呟く。

 さすがレガリアは、その事に気づいているらしい。


「ふすー。ふすー」


 アヤメの隣に座っているミーミルは当然ながら寝ていた。

 しかもいびきをかく一歩手前くらいである。


 

「おい、アベル」

「……何だ」


 ミーミルの隣にいたアベルに後ろのエーギルが小声で話しかける。


「ミーミル様をちょっと起こしてやれ」

「……」


「さすがに皇帝が寝てるのはマズいだろ」

「それは、そうだが」


 アベルは歯切れの悪い返事をする。


「いいから起こせって」

「……分かった」


 アベルはペンで、ミーミルのわき腹をつついた。


「にゃっ」


 ミーミルはびくりと体を震わせ、目を開く。


「ミーミル様、寝るのはさすがに……」

「え、あ……ごめん」



 そしてミーミルとアベルの視線が、ばちっと交錯した。

 

 ミーミルがアベルから慌てて目を逸らす。

 アベルも遅れてミーミルから目を逸らす。

 

 ミーミルは俯いて、頬を赤く染めながら、もじもじしていた。

 アベルは少し血の気が引いているような気がする。


 

(やっぱりこの二人、何かあったな)

(この二人、何かあったのかなぁ)



 アヤメとエーギルは二人を見ながら思った。

 いつからか分からないが、二人の様子がおかしい。


 現神の森から帰ってきてからだとは思うが、お互いを避けているような気がする。


 

(まさか皇帝に手を出したんじゃないだろうなアベル。それはヤバいぞ)

(もしかして喧嘩した? それならミーミルに仲直りするように言わなきゃ)


 

 スタートは同じでも到着したゴールが、アヤメとエーギルで全く違う辺りは、やはり人生経験の差なのだろう。



「ええと、では実技を行おうと思います。法術の流れを実演したいと思います。皆さん、あっちの空いている場所に移動してください」


 

 オルデミアが急に移動を促す。

 そう言えば授業では、座学と実技を行う予定だった。


 アヤメは椅子から降りる。

 パークスはちゃんと子供用の椅子と机を用意してくれていた。


 起きていたメンバーは席から立ち上がる。

 ミョルドは、はっとして立ったが、他のネーネ族は立ち上がらない。

 寝ているメンバーが殆どだ。

 

「こらーイカルガー!」


 いきなりレガリアがイカルガの羽をわしづかみにする。


「!?」


 イカルガは机をひっくり返しながら立ち上がった。

 振り向くと笑みを浮かべたレガリアが、手を握ったり開いたりしている。


「いかんぞイカルガ。授業中に寝」

 

 ゴズン!


 と鈍い音がして、レガリアの頭にゲンコツが飛んでいた。


「痛った!?」

「羽を掴むなと言っただろう!」


「いや、こういうタイミングでしか掴めないと思ってな」

「レガリア、話がある」


「えっ、おい。待て。まだ授業が」


 イカルガはレガリアの首根っこを掴むと、ひょい、と持ち上げた。

 レガリアはジェイド家の中では小柄だが、それでも一般男性よりは遥かに体格がいい。


 なのに片手でイカルガはレガリアを持ち上げる。


「冗談だ。軽い茶目っ気ではないか。話を聞け。待て。待って」


 そのままパークスの家の裏へと輸送されていく。

 レガリアはもがくが、イカルガの腕はびくともしない。




 そしてイカルガとレガリアはいなくなった。



 

「……」


 その場にいた誰もが、言葉を発せられない。


「え、ええと。では実技をやりたいと思います……」


 オルデミアがとりあえず授業を続行する。

 とりあえず皆、それに続いた。

 

「まずは簡単な法術を発動させてみましょう。木霊触アルファロ・ライン


 オルデミアの手の平から緑色の半透明な触手が飛び出る。


「ネーネ族の方にはおなじみの法術ですね。木霊に呼びかけて、その力を凝縮し、触手状にする法術です。法術というのは力を借りる対象を選択し、発動する形状や作用を選択します。火霊刃ならば、火霊の力を借りた刃が生成されます」


 オルデミアは何種類かの法術を発生させてみせる。


「発動する法術の威力は、様々な要因によって変化します。第一に力を借りる対象を変えると大幅に効果が変わります。同じ火の刃を生成するのでも、火霊ではなく火王に力を借りると、その威力を大きく引き上げる事ができます」


 オルデミアは実演しながら、法術の説明をしていく。

 ただ文字を書くだけでなく、やはり実際に目の前で見ると違う。


 ネーネ族のメンバーも退屈はしていないようだ。

 アヤメはいっそ、全て実技でもいいような気がしてきていた。


「では試しに法術を使ってみましょう。難しい事はありません。法則さえ知っていれば誰でもできます。あそこにある的を狙って、木霊触を飛ばしてみて下さい。ええと……ミョルドさん、お願いします」

「はい」


 ミョルドは前に出ると、手を的に向ける。


木霊触アルファロ・ライン


 触手は一直線に伸び、綺麗に的に張り付く。

 的は遠く、小さかったがミョルドには簡単すぎた。


「見事ですね。法術は誰でも使える技術ですが、使いこなすには習熟が必要になります。強力な法術を使えたとしても、それを効果的に使えなければ意味がありません」


 アヤメは伸び出た触手を見ながら、羨ましそうにした。


 ――誰にでも使える技術。


 しかし、この世界で唯一アヤメとミーミルだけは使えない。

 世界のイレギュラーである二人に、この世界の法は適用されないのだ。

 もし自分も使えたら、きっと楽しいだろうに。


 アヤメは的に向かって手をかざす。



木霊触アルファロ・ライン



 当然ながら発動しない。

 何度も試した。

 アヤメだけでなくミーミルも試した。

 発動しなかった。

 








 

 ――それは緑の海のように見えた。

 


 突然『パークスあおぞら教室』の会場に緑の海が出現した。


 何の前触れも無かった。

 瞬時に庭の半分が、緑の海で埋め尽くされる。

 それはオルデミアとミョルドを恐るべき勢いで押し流す。


「うわああああああ!?」「きゃああああああ!?」


 悲鳴が会場に響く。

 何が起きたのか、その場にいる誰もが分からなかった。


 

「……なんで」


 

 アヤメ以外は。

 

 アヤメは自分の右手を見る。

 緑の海は、そこから出現した。


 いや、これは海ではない。


 緑色の触手だ。

 何十、何百もの極太の触手がアヤメの手から一気に放出されたのが、まるで海のように見えたのだ。

 その数百本の触手の端は、全てがアヤメの右手に繋がっている。



 

 何度も試した。

 発動しないはずだ。


 なのに、なぜ発動したのか。


 

『木霊触』――法術が。



 

「な、何だこれは……法術……なのか?」

「何が起きた! オルデミア、ミョルド、無事か!?」


 状況を飲み込み始めたレガリア達が慌て始める。


 庭の半分は触手で埋め尽くされている。

 オルデミアとミョルドは触手の海に沈んでいて見えない。

 普通なら透けて見える触手なのに、全く光を通さないのだ。


 それは触手に恐しい程のエネルギーが凝縮されている事を現している。

 

 アヤメの膨大な魔力を依り代に発現した法術は、完全に常軌を逸していた。

 

「なんだこりゃ」


 さすがのミーミルも唖然としながら、アヤメの木霊触を眺める。


 どう考えてもおかしい。

 法術が発動した事もそうだが、法術にしては強力過ぎる。


 現神触である神護者が法術を使っていたが、ここまで狂った現象は起きていなかった。


 アヤメ達と現神触との力の差は確かにある。

 それでも理解が及ばない程に離れている訳ではない。



 だが、これは神護者が使っていた木王触と比べても、次元が違いすぎる。

 しかも低位の木霊の力を借りた法術で、いくらアヤメといえど、こんな現象を起こせるのか?

 

 

「も、戻って!」


 アヤメの一言で、触手は全てアヤメの手に吸い込まれていく。

 緑の海が、一瞬で無くなった。


 アヤメは余りの事に、ぺたんと地面にへたりこむ。

 やはりこれは自分が起こしていた現象だったのだ。


 そして後に残ったのは、地面に茫然と座り込むオルデミアとミョルドのみ。



「な、なん……?」


 オルデミアは目を見開きながら、周囲を見渡した。


 気が付いたら目の前が緑一色であった。

 身動きも全くとれない。

 そして状況を把握する前に、一面の緑は消滅した。

 

 夢でもみているのだろうか、と思う程に辺りは元の景色を取り戻していた。

 

「一体……どうして」


 アヤメは自分の右手を凝視する。

 もちろん、何も変わった所はない。

 あるなら気づいている。

 訳が分からなかった。



 誰もが混乱する会場の中。



 一人だけ答えに辿り着いた人間がいた。


 それはアヤメの近くにいた人間だけが気づけた。

 そして本人は気づけない。


 だから最も早く、彼女が気づけたのだ。




「アヤメ」

 

 ミーミルがアヤメのそばに座り込む。


「何……?」

「ちょっと前から思ってたんだが」


 ミーミルはアヤメの髪の毛を触る。

 

「え、何?」


 ミーミルは無言で、アヤメの横髪をかき分ける。


「そう、この辺だけ……」



 ミーミルはいきなり、アヤメの髪の毛の一本を引き抜いた。


 

「いたっ! 何するの」

「ほら、見てみ」


 ミーミルはアヤメに向かって、引き抜いた髪の毛を見せる。

 

 綺麗な金色の髪の毛。

 一見、何の変哲もない。

 

 だが、少しだけおかしなところがあった。



 ――根元の辺りが、少し白くなっている。



 まるで染めていた髪が少しずつ地毛に戻っているような感じだ。

 もちろんアヤメの髪の毛は白を金色に染めている訳ではない。

 

「……これ、白髪?」

「ちょっと前から思ってたんだよ。白髪はえてきてんじゃね? って」


 この世界に来てから、そんなに心労が重なっていたのだろうか。

 確かに苦労してはいるが、白髪になるほどに苦労はしていないと思うのだが。


「でも白くなってんのは横髪の辺りだけなんだよ。変な白髪だなーって思ってたんだが」


 確かに白髪になるなら、全体的に白くなってくるはずだ。

 しかしアヤメの髪が白くなっているのは横髪に集中していた。


 

「今、やっと気づいたわ。これ白じゃねーな」



 立ち上がるとミーミルは髪を光に透かす。

 そしてこう言った。






「銀だわコレ」






 そしてミーミルは、へたりこむアヤメを見降ろしながら、言った。






 


 ―――――――。



 

 


 銀。


 銀の髪。



 アヤメには心当たりがある。



 つい最近、その髪色の敵を倒したし。

 その毛の色を隠し持つ双子にも出会った。


 

 だが実は食べていないはずだ。

 

 条件は満たしていないはず。


 何もしていないし、されて――。


 


 撫でられた。

 いや、撫でられたのではない。




 触られた。


 アオイに。


 現神に。




『現神』に『触』られた。




 全く違う世界からやってきた二人。

 彼女達は神に祝福されておらず、世界と繋がっていない。

 だから世界と繋がっていない二人は法術が使えなかった。


 完全なイレギュラーだった。

 

 だから自分達は例外だと思っていた。

 世界から隔絶されていると。

 この世界の法は適用されないのだと。


 だが世界の根源を司る現神。

 その世界そのものが具現化した存在である現神が――イレギュラーを受け入れたら。



 アオイがアヤメを受け入れたら。



 アヤメは世界と繋がり、きっと法術も使えるようになる。




 革命者レボリューショナリーは遂に革命を果たし、境界を踏み越えしボーダーブレイカーとなる。

 




「そっかー」



 

 

 現神触『閃皇』はぽん、と手を打った。






<第二部 完>

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