第5話 詰みです

「お二人に、頼みがある」


 オルデミアは神妙な顔つきで、二人の前に座っていた。

 歌の発動を終えたアヤメもミーミルと共に、地面に座っていた。


 オルデミアが騒めきに気が付き、牢獄の外がどうなっているのか状況を確認しに行き。

 外がまだ騒めきに包まれている中、オルデミアは牢屋に戻ってくると、二人の前に座りこんだのだ。


 オルデミアの表情は、本当に真剣そのもの。

 今から『自殺する』と言われても、本気だと信じてしまいそうなくらいに真剣であった。


「……頼み?」


 何だか嫌な予感がしながらも、アヤメは聞き返す。

 オルデミアは一つ深呼吸してから、要求を言う。


「何とか、英雄のフリをしてくれないだろうか」

「……」


 アヤメとミーミルは顔を見合わせる。

 やはり嫌な予感通りだった。


「この国は本当に追い詰められている。伝承にしか存在しないような過去の英雄にすがるしかない程に。優れた能力を持っている人間を目にしただけで、神の如き奇跡を起こせると誰もが勘違いしてしまう程にだ」


 その言葉を聞いたミーミルは身震いすると、しっぽの毛が逆立った。

 ブラック企業に勤めているミーミルには、その状況に完全共感できたのであろう。


「実はすでに多くの者は、英雄が復活したと勘違いしている。二、三日前から王宮は宴をやっているし、国民にも英雄が復活したという告知を出してしまった」

「まだ目も覚めていなかったのに、どうしてそこまで」

「ずっと失敗続きで突然、成功したせいだ。それまでは何一つとして呼び出せなかった。あれで完全に成功したと思ってしまった」


 もっと確認しておくべきだった、とうなだれるオルデミア。

 アヤメはそんな程度で騙されるなんて、と首を傾げる。


「言い忘れてたけど、実は昨日サマージャンボ宝くじ当たった」


 オルデミアの様子を見ていたミーミルが、呟くように言った。


「マジで!? これでブラック企業辞められる?」

「まあ当たったの300円だけど――って感じだな、コリャ」

「……なるほどね」


 ミーミルの例えに唸るアヤメ。

 確かに追い詰められていると、そんな言葉にもコロッと騙されるかもしれない。


「とにかく何か策が見つかるまで、英雄のフリをしてくれないだろうか。今のままでは、我が国は本当に滅んでしまう。形だけでもいいのだ。この通りだ。頼む!」


 そう言ってオルデミアは深々と頭を下げる。

 アヤメとミーミルは向かい合い、顔をしかめた。


 安請け合いするような案件ではない。

 だが考える時間は殆ど無い。


「オルデミア様! 大丈夫ですか!」

「先ほどの騒動、まさか英雄様が目を覚まされたのですか!?」

「だ、大丈夫だ! もう少し待ってくれ!!」

 オルデミアが監獄の外へと繋がる扉に向かって叫ぶ。


 何故なら監獄の外に、すでに人が集まってきているせいだ。


 アヤメの『シュヴァリエの風』はどうやら城内の人間、全員に効果があったらしい。

 体が緑色に光り、身体能力を大幅に引き上げた謎の現象。

 その現象の原因は何なのか?


 一番に復活した英雄が原因だと特定されても、何もおかしくはない。


「頼む! もう時間がない! 引き延ばしも限界だ!」

「そう言われても、体もこんなだし……」


 体が女になっている問題もある。

 正直、英雄どころか女性のフリすら微妙である。

 アヤメは何か考えようとするが、外の喧騒が激しすぎて考えがまとまらない。


「こりゃ駄目だ」


 ミーミルはそう言うと、オルデミアの前に立った。

 そしてミーミルは深呼吸してから、こう言った。



「――じゃあ英雄のフリをすればいいんだな?」



 その言葉を聞いたオルデミアの表情がぱぁっと明るくなった。


「ちょ――!?」

「そうだ! フリだけでいい! この国の希望になってくれ!」

「希望にはなれないけど、分かった。フリだけでもしよう」

「ありがとう! 本当にありがとう!」


 オルデミアはミーミルの手を掴むと、固く握りしめた。


「待った待った! そんなの無理!」

「そりゃ俺だって無理だと思ってるけど、もうやるしか選択肢ないしなぁ。いつまでもここでじっとしてても意味ないし。その術士を探すのも、俺たちだけでは無理だし。そもそもこの世界に対する情報もほぼゼロだし」

「むー」


 ミーミルの冷静な状況分析に、唸る事しかできないアヤメ。


「まあ……単純にこの状況を一言で表すとしたら『詰んでる』かなぁ」

「これ詰んでる?」

「詰んでるっしょ。もう何が何だか分からん。笑うしかないレベル」


 確かにミーミルの言う通りだった。

 とりあえず引き受けて、この状況を打開する以外に無い。

 まずは引き受けてから考える。

 それしかないだろう――というかそれ以外、思いつかない。


「じゃあやる……」


 アヤメはそう言うと、腕組みをして俯いた。


「二人ともありがとう! 本当に助かる!」

「それで、一番重要な事を聞き忘れていたんだけど」

「何だ?」

「その英雄ってどんな人? それが分からない事には――」

「な……何故知らない! 世界中に名が知れ渡っている英雄だぞ!」


 オルデミアは目を見開く。

 なぜ知らないと言われても、と二人は顔を見合わせてしかめっ面をする。

 未知の世界で活躍した偉人のプロフィールなど知る訳がない。


「くっ、一体どこの田舎者の魂が……とにかく簡単に説明するぞ! 閃皇『デルフィオス・アルトナ』は帝国を作ったすごい方だ! 女性ながらに皇帝となった! 背が小さいのを気にしていたらしい!」

「じゃあアヤメがデルフィオス役すればいいか?」

「ミーミルは身長高めだしね」

「一方の剣皇『マグナス・アルトナ』は閃皇の補佐を行った方だ! 閃皇が病気で早世された後に皇帝となった女性剣士だ! 今でも伝説として語られ、史上最強と言われている剣の使い手だった!」

「じゃあそっちはミーミルかな」

「ちょうどドゥームスレイヤーだしねぇ」


 ドゥームスレイヤーは『リ・バース』におけるソードマンの三次職だ。

 盾を捨て、魔人剣を操る攻撃重視の職業である。


「ただ剣皇様は人間種だったはずなのだが――」


 ミーミルは猫耳の裏側の毛をぽりぽりと掻く。


「んー、まー、その辺は間違って伝承されたって事にするしかないんじゃね?」

「くっ、それでは歴史が変わってしまう……それより亜人種が実は皇帝だったなど……」

「そんな経歴より二人はどんな性格だっ」



 バァン!


 

 轟音と共に、扉が開け放たれた。

 同時に鎧を着込んだ兵士達や、高価そうなローブを羽織った文官っぽい人間が雪崩こんでくる。

 部屋の人口密度が一気に上昇した。


「な、な、な、何で開いた!?」

「マスターキーがありますのでオルデミア団長!」

「そ、そうか。それは良かった!」


 オルデミアの目が完全に泳いでいる。

 仕込みの最中に乱入されれば当然だ。


「それで――そこにいらっしゃるのが?」


 その場にいた全員の目が、二人に集中する。


「えーと、その、こっちの幼女が閃皇様で、あちらにいる女性が剣皇様だ」

「あのお二方が……」


 その言葉を最後に、部屋の中が水を打ったように静まり返る。

 伝説の英雄、その一挙一動に全員が注目しているのだ。


 思ったよりプレッシャーがやばい、とアヤメは顔を僅かに引きつらせる。

 アヤメはミーミルの顔を見上げる。

 ミーミルは意を決すると、一歩前に出てから、こう言った。



「やーやー、我こそは剣皇マグヌスであるよぉ?」



 ミーミルの声はやや震え声であった。

 しかも謎の疑問形だ。

 伝説の英雄らしい威厳も何も無い。


 ここは自分が頑張るしかない、とアヤメは思った。

 アヤメも一歩前に出て、ミーミルに並んでから言った。



「あ、の、閃皇ふぇるデルフィオスです」


 

 噛んだ。



――――――――――――


クラス「レボリューショナリー」=アヤメの職業。(歌でパーティ全体を強化する)

クラス「ドゥームスレイヤー」=ミーミルの職業。(前衛で大きなダメージを与える)

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