第55話 たのしいそらのたび
「ヒイー」
アヤメの絶叫が現神の森に響き渡った。
景色が途轍もないスピードで後ろに流れていく。
巨大な木々はあっという間に小さくなり、現神の森では決して見れない一面の青空が三人を出迎える。
遠くにはジェイドタウンの街並みも見えた。
恐ろしい速度でアヤメ達は空を飛んでいた。
思い付きの作戦は成功した。
三人は無事にシルバーパロックの包囲を抜けたのだ。
後は村まで飛んでいくだけである。
「すごい! 空を飛んでる!」
「イカルガさんみたい!」
「ぎゃあー ぎぁあー ぎあー」
セツカとリッカは空を飛べた事に喜んでいた。
アヤメはさっきから気絶抵抗を繰り返している。
普通ならば気絶していたはずなのに、全く気絶できない。
状態異常抵抗が変な風に作用している。
一種の拷問であった。
「アヤメちゃん、すごいねー」
「んああああ」
「アヤメちゃんないてる」
「ふああああ」
何か気が付いたら勝手に涙が出ていた。
とにかく風圧がヤバい。
アヤメが風よけになっているからいいものの、セツカとリッカが直撃したら大変な事になっていたかもしれない。
「おねえちゃん、あれ!」
「む、村が!」
セツカとリッカが進行方向を指差す。
そこには更地があった。
周囲の木々の並びから、村の場所で間違いない。
しかしそこには村はなく、ただの荒地と化していた。
荒地には多くの人が集まっているのが見えた。
「――」
アヤメは涙で潤む目を凝らしながら、更地を見る。
よく見ると人だけではなく、膨大な数の魔物が周囲を取り囲んでいる。
さっきの地鳴りは、あれが原因かもしれない。
「そろそろ降りなきゃ!」
「うん!」
丸太の速度は段々落ちてきていたものの、村より遠くに落ちそうだった。
このまま丸太にしがみついていると、全く違う場所に到着してしまう。
「アヤメちゃん、降りよ!」
「どうやって!?」
「手を離すの」
「むりぃ!!」
無理である。
現神の森の巨木が、まだ遥か下にあるのだ。
巨木の高さは基本的に数十メートルある。
その巨木が遥か下に見えているという事は、百や二百メートルは上空にいるのではないか。
スカイツリー程ではなくても、東京タワーから飛び降りるくらいの高さはあるはずだ。
「アヤメちゃん!」「いかないと!」
セツカとリッカがアヤメの服を握りしめる。
二人はさっきまでと違い、焦燥していた。
そうだ。
二人の住んでいる場所が、無くなっているのだ。
それはもう、ただ事ではない。
一刻も早く帰りたいはずだ。
だから高さ程度で、躊躇している暇などない。
アヤメは心を奮い立たせると、下を見る。
高い。
「ふええ」
泣きそうだ。
いや泣いていた。
「木霊触、とめるね」
三人を固定していた木霊触が解除される。
アヤメの手にぐん、と重量がかかった。
後は指を丸太から抜くだけである。
抜くだけなのだが。
抜くだけ……!
なのだが……!
「アヤメちゃん早く!」
「わあー!!!!」
叫ぶとアヤメは木から指を引き抜いた。
丸太だけが先に飛んでいく。
風を受け、三人は丸太から切り離された。
一気に速度が落ちる。
高度も落ちていく。
「ちゃあくちいいいいいい」
着地はどうするのか。
それを話していない事に気が付いた。
『
セツカとリッカが空中で法術を使う。
触手は長く伸びると遥か下の木に張り付いた。
触手でブレーキをかけ、さらに着地の衝撃を緩和する。
本来ならば、木王触だとしてもここまで射程は無い。
着地の衝撃に耐えられる程の強度も出せないだろう。
人や亜人種が使える法術の限界を遥かに越えている。
しかし二人は『現神触』であった。
その二人が放つ木王触は、高速で飛ぶ三人にブレーキをかける。
触手が縮み、三人を大地へ引き寄せる。
「ふぐううう」
アヤメは叫びながら二人の手を握りしめる。
サーカスの空中ブランコのようであった。
もちろん体験した事はないが、多分こんな感じだろう。
百メートル以上の高度で行う空中ブランコがあるのかどうかは知らないが。
みるみるうちに村があった場所の更地が近づく。
そうだ。
万が一、地面に落下したら洒落にならない。
防御強化の歌を歌っておこう。
アヤメは『コーネリアの砂塵』を使う。
『tutae hatehe neio hibi negai yoooo』
三人をオレンジ色の膜が包む。
現神の森の巨木は、もう目の前に迫っていた。
後は落下の衝撃を殺すだけである。
セツカとリッカは、触手を繰り、落下の勢いを止めようとする。
だが、その運動エネルギーは三人の予想より遥かに高かった。
木王触と繋がっていたセツカとリッカは問題ない。
だが二人の手を握っていただけのアヤメに問題があった。
すぽん。
繋いでいた手が同時にすっぽ抜ける。
「あっ」「えっ」
『neio hibi nega ふんっぐぅっ!!』
アヤメのくぐもった叫びが現神の森に響く。
微妙に速度が下がったものの、アヤメは恐ろしい勢いで地面に叩きつけられた。
アヤメは一度、高くバウンドし。
そのままコロコロと転がって。
転がって。
転がり続け、戦場の真ん中に。
終に到着した。
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