第17話 お忍び現神の森

「では出発しよう」

「分かりました」


 パークスの命令に部下が応える。


 現神の森に行くのはいつも通り数人の部下のみである。

 森に行くには馬での移動が基本だ。

 歩きでも行けるが日帰りでは戻ってこれない。


「よし、じゃあ、行くか……」

「うん」


 アヤメとミーミルも頷く。


 二人は馬に乗る技術が無いので、パークスの部下が操る馬に乗せて貰う事になった。

 アヤメはパークスの後ろ。



「しっかり掴まって下さいね」



 ――そしてミーミルはアベルの後ろであった。


 

 そう。

 アベルも同行する事となったのだ。



 アベルはオルデミアからの命令で、皇帝二人の護衛を任されている。

 そんなアベルが二人の遠出についていかない訳がない。

 遠出すると聞いたアベルは理由を聞いてきた。


 当然である。


 では、どうなるかというと。


 

「大丈夫って言ったじゃん……」

「……」


 ミーミルは顔を逸らす。


「森に行くのを止めるか、パークスの秘密をバラしてでも森に行くの二択で、パークスの秘密をバラすを選んでしまうなんて」

「でもアヤメもアベルに止められるまで気づいてなかっただろ……その二択に追い込まれるっていうのはさ」


「そりゃそうだけど、そこで何で我慢できなかったの。森いくの中止で良かったでしょ」

「会う約束しちゃったしさ。キャンセルすると亜人種の人に悪いだろ?」


「で本音は」

「一週間我慢はちょっと無理」

「もう一回殴っていい?」


「いや、ほら、結果的には良かったじゃないか。アベルも理解してくれたし」

「理解はしましたが、怒ってはいますよ。もっとご自分の立場を理解して頂けたらと思っております」


「……」


 アベルの突っ込みにミーミルは俯く。

 一緒にパークスも俯いた。


「いいですか。先ほども言いましたが、お二人は皇帝です。そしてパークス様も、南部領領主の三男なのです。その三人が、亜人種と会っているというのはどういう意味を持つのか、よく考えて行動して下さい」

「「「はい……」」」


 アヤメとミーミルとパークスは、アベルに怒られてションボリした。


「――ですが、私個人の意見としては、とても興味深いと思っています」


 アベルはため息をつきながら言う。


「高い地位にいる方には、それ相応の責任があります。ですが、それ相応の権利も生まれるのです。やり方次第では、もしかしたら三人の手で亜人種との友好を取り戻せるかもしれません。それはアイリス帝国にとって大きな変化をもたらすでしょう。それこそ歴史に刻まれるような事が起きるかもしれません」

「そ、そこまで大きな事にするつもりは無かったんだけどね」


「それだけ大きな事をしているのです。パークス殿」

「はい……」


 パークスはさらにションボリする。


「とにかく亜人種に会ってみない事には分からない。とりあえず行ってみようぜ」

「ミーミル様、その『とにかく』とか『とりあえず』はなるべく自重して頂ければと思います」

「む……ぅむ……」


 ミーミルもさらにションボリしてしまった。


「二人とも悪気はないから許してあげて」

「アヤメ様はお優しすぎます。そんな感じだから、ミーミル様がアヤメ様に甘えてしまうのです。しっかりと諭す事も大事ではないでしょうか」

「そ、そうですね……」


 色々と心当たりがありすぎるアヤメだった。


 三人はさっきより肩を落としてしまう。


 言い過ぎたかもしれない。

 最近の付き合いで身近に感じてはいたが、三人共に立場はアベルより遥かに上なのだ。


 アベルは咳払いをしてから、話を続けた。


「ですが、いつまでも言っていても仕方ないのは確かです。本来ならばオルデミア団長も同行すべきかもしれませんが……お二人が行くと言うならば、それに従います」

「ごめんね。巻き込んでしまって」


 アヤメはアベルに謝る。


「いえ……巻き込んでも構わないのです。ただ、それが何を意味するのかという事だけ、分かった上で行動して頂きたいだけなのです」

「難しい事いうなぁ」


 ミーミルには難しそうな内容であった。


「いや、まあ……何となくで構いません。無茶さえしなければ良いのです」


 アベルは最終的にかなり妥協する。

 今やろうとしている事が、その『無茶』なのだが、これ以上言っても仕方ない。


「話はこれくらいにして、行きましょう。時間もありませんし」

「そうだね。いこっか」

「分かりました。ではアヤメ様、しっかりと掴まって下さい」


 アヤメはパークスにしがみつく。


「ミーミル様も掴まって下さい」

「了解ー」


 ミーミルもアベルにしがみつく。


「出発!」


 パークスが叫ぶと、部下達は走り出す。

 ちゃんと話が終わるまで黙っていてくれる、良い部下達であった。


「……」

「……」


 一方で、アベルは固まっていた。


「どした、アベル? みんな行っちゃうぞ」

「……その、何と言いますか」


 ミーミルは首を傾げる。


「少々、位置が……ですね」

「座っている位置が悪いのか? もうちょっと前の方がいいか?」


 ミーミルはアベルの背中に、ぎゅっとしがみつく。

 ミーミルの身体が密着する。


 様々な感触が、アベルの背中に襲いかかる。


「ッ――!」


 アベルは歯を食いしばる。

 この状態のまま、現神の森まで移動しなければならないのか。

 休憩をはさみつつ、一時間以上も。

 こ、これは想像以上に……。


「あ、フード忘れてた」


 ミーミルはパークスに渡されていたフードを被る。

 ミーミルの姿は目立つので、しっかりと隠さねばならないのだ。


 今回の現神の森遠征についてパークスと、その部下、そしてアベル以外の人間は知らない。

 オルデミアは当然として、マキシウスやレガリア、ジオ、アベルの部下達すら、この遠征について話を通していないのだ。

 もし外部に漏れれば大変な事になるので、これくらいの変装は必要となる。


「街の中は顔が見えないように、顔を隠した方がいいよな」


 ミーミルはそう言って、アベルの背中に顔をくっつける。


「ヒャッ」


 アベルが奇声を上げた。


「アベル、風呂に入ってるか? ちょっと臭いぞ」

「入っております!」

「じゃあ防具の臭いか……くんくん」


 ミーミルはアベルの臭いをかぐ。


「ミーミル様、その臭いをかぐのは止めてもらえますか」

「ふがー」


 ミーミルは口を半開きにしている。


「どうしたのですか」

「わかんにゃい」


 意識しないまま、気が付くと口が開いていた。

 それがフレーメン反応というモノだと、知っている者はこの世界にはいない。


「とりあえず止めて貰えますか」

「そうする。何か変だ」


 ミーミルはアベルの背中に、もう一度、顔を寄せた。


「で、では行きますよ」

「うむ!」


 ミーミルはアベルにくっついたまま返事をする。


 実は乗馬は初めてだ。

 馬車に乗っても、馬に乗った事は、まだ一度もない。


 少し興奮気味だった。


「少し遅れていますので、飛ばします。落ちないように気をつけて下さい」

「了解!」


 ミーミルはアベルの腰に手を回す。


 その感触に体がぞくぞくする。

 そういえば馬の後ろに女性を乗せたのは初めてだ。

 まさか初めての女性が皇帝になるとは思ってもみなかった……。



「えー。行きます!」



 アベルは邪念を振り払うように再度叫ぶと、馬を走らせるのだった。

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