第18話 亜人種との交流

 現神の森周辺に到着したのは一時間程、経過した頃だろうか。

 道中は平和なもので、誰の干渉も受けなかった。

 魔物も刺客も亜人種も現れない。


 ミーミルとアヤメは、前のように何かあるかもしれない……と警戒していたが、少し拍子抜けしたくらいである。


「ここからは馬から降りて行きます。魔物も出ますので注意していて下さい」


 パークスが先導しながら先へと進んでいく。

 その後にアヤメ達も続いた。


 夜に来るのと昼に来るのとでは、また違った雰囲気を感じる森だ。

 夜は深く沈んだような空気に包まれ、不気味な森だった。

 昼は清涼な空気が辺りを支配し、あちこちに生命の息遣いを感じる。

 爽やかな気分にすら感じられた。


「何か思ったより怖い場所じゃなさそう」

「そうでしょう。現神や亜人種のイメージで、非常に恐ろしい場所のように思われていますが、実際はそうでもないのですよ」


 パークスは何故か自慢げに言う。


「でもジェノサイドみたいなのがいるんだよな?」

「奥地に行けば、危険な魔物はいます。ですが、そういった魔物が出てこないように、神護者の方々がいらっしゃるのです」


「神護者?」


 聞いた事のない単語――だと思ったが、初めて現神の森に来た時に亜人種が言っていたような気がした。


「遥か昔から生きる亜人種の方々で、銀の毛並みを持ち、とても強力な力を持っているそうですね。他の亜人種を危険な魔物から護っています。私も数回しか会った事がないですが」

「方々って事は一杯いる?」

「全部で六人いるらしいですね。全員とお会いした事はないですけど」


「パークス様、そろそろ」


 部下の一人がパークスに耳打ちした。


「ああ、そうだな」


 パークスはポケットから笛を取り出す。


「ここが約束の場所です。ここで笛を吹けば、みんなが来てくれます」

「もう来てるぞ」


 ミーミルは森の奥を見ながら呟く。


「え」

「だいぶ警戒してるな。昨日見た時よりかなり奥の方から様子を伺ってる」

「そ、そうなのですか」


 パークスは当然ながら、アヤメもさっぱり分からない。

 完全にミーミルは人外の感覚を身につけたらしい。


「では吹きますね」


 全員が深く被っていたフードを脱ぐのを確認してから、パークスは笛を吹いた。


「……おお……おお。なんだアリャ」


 ミーミルが目を見開いていた。

 何かを捉えているのだろうが、アヤメには何が起きているのかさっぱり分からない。


 しばらくすると茂みの中から、亜人種達が出てきた。


「こんにちは、パークス様」


 出て来た亜人種に見覚えがあった。

 ミョルドと呼ばれていた女性と、ニニャと呼ばれた女性。


 もう一人は初めて見る女性だが、屈強そうだった。


 ニニャより背は低いが、それでもパークスよりデカい。

 手足の筋肉も女性とは思えない程に太い。

 よく見ると全身に細かく刻まれている傷は、相当な修羅場をくぐっているのを容易に想像する事ができた。


 そして何より目立つのは背中に羽が生えている事だ。

 ただ天使が生やしていそうな、ふんわりした純白の羽という感じではない。

 猛禽類を思わせるような茶色のゴツイ羽であった。


「こちらが、パークス様の上官様ですか?」


 ミョルドがアヤメをミーミルを見ながら言う。


「ミーミルと言います」

「アヤメです。よろしくお願いします」


 亜人種達には二人の事をパークスの上官とだけ伝えていた。

 いきなり皇帝が来たら問題だろう、という事で身分は隠してある。


「私はネーネ族族長の娘、ミョルドと言います。よろしくお願いします」


 そう言ってミョルドは二人に笑みを浮かべる。


「さ、二人も挨拶を」

「あの、ニニャです。ネーネ族です。普通の一般人です」


 ミョルドに促され熊っぽい女性がおどおどとしながら言う。


 次に初めて見る羽の女性が前に出て礼をする。


「イカルガと言う。ネーネ族の狩りを指揮している。よろしくお願いする」


 見た目通りに武人らしい喋り方だった。



 そして亜人種全員の目が、ミーミルに集中していた。



「亜人種――の方ですか?」


 ミョルドがミーミルに一歩近づく。


「そ、そうだ。多分、そんな感じ」


 集中する視線に思わず狼狽えるミーミル。


「では、失礼しますね」


 そう言うとミョルドはいきなり、ミーミルに顔を寄せた。


「おわ!?」


 ミーミルはミョルドから飛び退る。


「?」


 ミーミルの反応にミョルドは不思議そうな顔を浮かべていた。


「私も失礼します」


 ニニャもミーミルに近寄る。


「――失礼する」


 イカルガもミーミルと距離を詰める。


「え、何? 何事?」


 亜人種に取り囲まれたミーミルはパークスに助けの視線を求める。

 パークスなら何が起きているのか知っているのでは。


 

 パークスも首を傾げていた。



「おい、パークス大丈夫なのか」

「すー」


 後ろに回り込んでいたミョルドがミーミルの耳に鼻を寄せて深呼吸する。

 ニニャもミーミルの耳の匂いをかぐ。

 イカルガはミーミルの腹の辺りの匂いをかぐ。


「うわーセクハラ」


 ミーミルは抵抗も出来ず叫ぶだけだった。


「うーん……」

「おかしいねぇ……」

「どうなっている」


 三人はさらにミーミルの二の腕や太もも、尻尾の匂いをかぎ始めた。


「ひぃーくすぐったい! 何これ! 何イベント!? 助けてアヤメ!」

「何か面白い」

「面白いじゃなくてさぁ!」


 ミーミルの身体を吸い尽くした亜人種達は、ミーミルから離れる。

 三人は一様に不思議そうな顔をしていた。


「……今のは何」


 ミーミルは両手で身体を抱きしめ、縮こまりながら聞く。


「え? 私達の挨拶の仕方と言いますか……ミーミル様は知らないのですか」

「私たちは知らない相手にはこうするんです。人相手ではしませんけど……」

「匂いでどこの出身か分かるからな」


 三人は口々に匂いを嗅いだ理由を説明する。


「それで、何か分かったのか」

「いえ、さっぱり。嗅いだことのない匂いです。ミーミル様は亜人種ですが、この森で産まれた亜人種ではないようですね」


 どうやら亜人種達の鼻は確かなようだ、とアヤメは思った。

 普通では知り得ない情報を得ている。


「それで、ミーミル様はどこの出身の方なのですか?」

「えーと」


 ミーミルがアベルを見ると、アベルが助け舟を出してくれた。


「実はお二人共に記憶の混濁がありまして、詳細な出身地は覚えていないのです。アイリス帝国内という事だけしか――」

「――そうですか」


 ミョルドは残念そうな表情を浮かべた。


「お前も見ない顔だな」


 イカルガがアベルを見据える。


「これは挨拶が遅れて申し訳ありません。先日、中央から移動になったアベル・シェラトンと申します。パークス様の部隊を指揮する部隊長になります」

「そうか。宜しく」


 イカルガは手を差し伸べる。

 アベルはその手を取り、握手した。

 他の二人もアベルと握手していく。


 やはり人であるアベルとはごく普通の挨拶を行うようだ。


 最初から最後まで嘘だらけの自己紹介だったが、亜人種はちゃんと信用してくれている。

 パークス達が騙されているかどうか見極めるという話だったが、これでは逆である。

 こちらが向こうを騙しているようになってしまった。


 アヤメの良心が、ちくちくと痛んだ。


「それで、どうされます?」


 いきなりミョルドがミーミルに問いかける。


「?」


 だが問いの意味がミーミルには分からなかった。


「挨拶します?」


 ミョルドはそう言って髪をかき上げ、うなじを見せる。

 ニニャは屈んで二の腕を見せる。

 イカルガは羽を畳んで背を見せる。



「…………」



 ミーミルは熟慮する。


 その思考の果てに。

 深く、深く頷くと、こう言った。



「やり」「止めておきます。どうせ何もかも分からない猫なので」


 アヤメが止めた。


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