第63話 呼び出し

「戻りました」

「お帰りなさい」


 アヤメは歌を中断すると、パークスを笑顔で出迎えた。


 アベルは一足先に戻っていた。

 パークスが少し時間がかかっていたので、不安になったが無事に戻って来て一安心だ。


 ミーミルは、まあ大丈夫だろう。

 歌の範囲から外に出ているのが気になるが、神護者との戦いを素手で制したミーミルが『鬼哭 裏桜花』を持って負けるとは思えない。


 アヤメは降臨唱を解除する。

 すると精霊王達はゲートを通って帰っていった。


 

「……」



 しかし光神がその場に残ってしまう。


 

「帰っていいよ?」


 アヤメはアヤメを睨む九十二の瞳に向かって言ってみた。

 だが光神は帰ろうとしない。


「……ゲートが小さすぎるのでは?」


 アベルが小声でアヤメに耳打ちする。

 そう言われてもゲートを大きくする方法など分からない。


 とりあえず魔力を与えればいいのだろうか?

 アヤメは空中から高級MP回復POTを取り出すと、中に詰まった毒々しい青い液体を、一息に飲んだ。


「にがい」


 MPPOTは初めて飲むが、予想以上に苦い。

 アヤメは顔をしかめながらも、身体に力が戻って来るのを感じていた。

 アヤメは現神に手をかざす。


「お願いかえってー」


 現神に力を流し込むイメージ。

 上手くできているのか分からないが、力は吸われているような気がした。


 光神は吸収している力が心地良いのか、目を細めている。



 

 その様子を人や亜人種達は、遠くから見ていた。


 幼女から膨大な魔力が流れ込んでいる。

 それに目を細める現神。

 

 やがて現神は満足そうに喉を鳴らすと、ゲートに爪を突きこむ。

 すると空間が割れ、裂け目が広がった。

 その空間へと少しずつ、その巨体を進めてゆく。



 

 現神とは災害のようなものだった。

 実話を元にした昔話にもあるように、ひとたび機嫌を損ねれば国など容易に滅ぶ。

 あらゆる生物から恐れられる荒神であり、邪神と忌避する国も多い。


 

 その邪神が、幼女の手で、大人しく帰っていく。



 これは英雄譚ではない。

 もはや神話の領域ではないか?


 

 いつの間にか、我々は神話の中に紛れ込んでしまったのではないか?


 

 そう錯覚する程に、その光景は神々しかった。


 

「ふぅー」

 

 光神『ラグナロック・オーヴァロード』が空間の裂け目に消え。

 空間の裂け目が少しずつ修復していき、すっかりヒビが消えた所で、アヤメは大きなため息をついた。

 呼ぶにも帰すにも、かなりの魔力が必要となるようだ。


 この辺りも『リ・バース』と全く違う部分だ。

 リ・バースの時は解除時にMP消費は無かった。


 今後、神侵シ降臨唱はできる限り温存していくのがいいだろう。

 迂闊に使うと、その後で全く動けなくなる可能性も出てくる。


 アヤメの羽も時間を撒き戻すかのように、身体へと戻っていく。

 どうなっているのかサッパリだが、こちらも無事に戻るようだ。

 

「アヤメ様、ありがとうございました」


 ネーネ族の長老、ククリアはアヤメに礼を言う。


 二人がいなければどうなっていた事か。

 ここにいる多くの人間が命を救われた。


「気にしないで下さい。みんなが無事で良かったです」


 アヤメは少し照れながら答える。


 ネーネ族の怪我も兵士達の怪我も、すでに完治している。

 無差別破壊スキルと化していた転瞬楽土も無事に無効化され、射程に入っていた人々にも何のダメージも無かった。


「それより――」


 アヤメは周囲を見渡す。

 木々は蒸発し、焦土と化している。


 ネーネ族の村の痕跡は完全に無くなってしまっていた。


「村の事はお気になさらず。元は獲物を探しながら、森の中を転々とする種族なのです。少し同じ場所に長くおりすぎました。丁度よい機会でしょう」


 そう言ってククリアは遠い目をする。


「本当にいいんですか?」

「ええ、もう良いのです」


 ククリアはそう言ってアヤメに寂しそうに笑いかけた。


 

 森の中を転々するはずの種族が、なぜ同じ場所に長く留まったのか。



 それはきっと、その場を動けなかったからなのだろう。

 いなくなった人達が帰ってくるまで、ずっと待っていたのだ。


 

 神護者を倒したから、それで全て丸く収まるほど、甘くはなかった。

 死んでしまった者は帰ってこない。

 アヤメのスキルにも、死者蘇生のスキルは存在しなかった。


 

「ミーミル様は大丈夫でしょうか? 帰りが遅すぎるのでは……」


 パークスが落ち着きなく、森の奥を覗き込みながら言う。


「大丈夫だよ。ミーミルは私より強いから。私が倒せる相手なら、余裕だと思う」


 まだミーミルは帰ってこないが、ミーミルの力量ならソロで神護者も倒せるだろう。

 多数相手はアヤメの方が得意だが、一対一ならミーミルの方が遥かに強い。

 ドゥームスレイヤーはタイマンを得意とする職業だ。


「ええと、とりあえずみんなの無事を確認しておいて。結界のおかげで無事だとは思うけど、ニニャやジオは気を失ってたみたいだから」

「畏まりました。では確認を――」


「それならもう終わってるぞ。ジオもニニャも無事だ」


 レガリアが懐に結線石をしまいながら言った。


「さ……さすがレガリア兄さん」

「お前たちがいない間、暇だったからな。やれることはやっておいた」

「ありがとうございます」


 パークスはレガリアに頭を下げる。


「しかし凄い事になったな。ジェイド家から皇帝の剣を受ける者が出るとは。しかも、それがパークスだなんて夢にも思わなかったぞ」

「お、恐れ多い事です。兄さんを差し置いて自分が」


「構わんさ。実の所、家督もお前に継がせようと思ってたしな」


 いきなりの言葉に、パークスはぽかんと口を開く。


「ジオとも相談して決めている。ジオは現場主義者だし、私は外交やら何やらをやってる方が性に合ってるからな」


 実は父親がいなくなったら、パークスにジェイド家を継いで貰おうと思っていた。

 脳筋だったジオは最初から権力争いには興味が無かったし、レガリアは自分をジェイド家当主として相応しくないと思っていた。


 最初は武力以外でも身を立てる証明として、やり始めた事だったはずなのだが。

 いつの間にやら権謀術数の中に身を置いているうちに、表で動くより裏で根回ししてる方が楽しくなってしまった。



 何より当主でない方が女関係で好き勝手できる、と思っているのは内緒である。

 


「そ、そんな、しかし自分のような弱い者が」

「はは」


 パークスの言葉にレガリアが笑う。


「今のお前を誰が弱いと思うんだ? 間違いなく帝国最強クラスの騎士だろうに」

「そ、それはアヤメ様の力があってこそでして……」


「関係ないさ。お前は確かに、その手で現神触を斃したのだ。それがどれ程の意味を持つのか分かるだろう?」



 レガリアの言葉で、パークスはじわじわと実感を覚えつつあった。


 勢いで途轍もない事をしてしまった。

 そんな実感を。



「アベル殿もそうだぞ」

「わ、私もですか!?」


 いきなり話題を振られたアベルが素っ頓狂な声を上げる。


「そりゃそうだ。これから大変だぞ。現神触を滅ぼした剣の英雄だ。この事が知れ渡れば、多くの上流貴族やら王族やらが、家に押しかけると思うぞ」

「わ……私の家は下流のしがない貴族で」


「外交はできるか?」

「外交!?」


「恐らく他国からのコンタクトも、少なからず起きるだろう。強力な戦力として他国からの引き抜き――ヘッドハンティングだ。将軍としての待遇で」

「は……私が……将軍として……ですか?」


「そうだよ」

「私なんかが!?」


「されない方がおかしいぞ」

「なん……! な!?」



 うろたえまくる二人を見て、レガリアは深いため息をつく。




 

「――どうやら、お前達二人は、まだ現実をよく分かっていないのだな。分かるように説明してやろう」




 レガリアは二人の肩に手を置き、説明を始める。




「軍隊を率いても倒せない化け物がいる。死神と恐れられ、出会ったら死を覚悟する。そんなとんでもない化け物だ。遥か昔から存在し、世界各地に逸話を作っている化け物」


 現神触は現神よりも遭遇率が高く、普通の人間にとってはより身近な『災害』である。

 その恐ろしさは誰もが知る所だ。

 そして人が敵うような存在でない事も、この世界の人間ならば誰もが知っている。

 

「そんなとんでもない化け物を、軍隊も使わず、剣の一本で、たった一人の人間が倒してしまいました。その事実を知った周りはどう思うでしょうか?」



 

 

 二人は、やっと事の重大さを理解した。

 

 過程はどうあれ、神殺しに近い事を、自分達はやってのけたのだ。

 この結果がもたらす社会的影響は非常に大きい。

 

 世間から見れば、パークスとアベルの価値は、軍隊と同等、それ以上である。

 もし仲間に引き入れられれば、現神触と同等の戦力を自軍に引き入れられるのだ。

 一人いるだけで、軍事パワーバランスをひっくり返せてしまう。

 



 そんな存在に、二人は今日、成ってしまった。


 

 

 ガクガクと小鹿のように震える二人を横目に、アヤメは地面に座り込む。


 話からして、二人は何か色々と面倒な事になりそうだ。


 しかしとりあえず、今は休憩したい。


「はー、疲れた」


 地面に座ったアヤメは、ぐーっと足を延ばす。

 苔が生えている地面は、柔らかで座りやすかった。


 また大きくMPを消費したので身体を倦怠感が包んでいる。


「アヤメちゃん、疲れた?」

「かいふくする?」


 セツカとリッカがいつの間にか、近くにいた。


「いいよ。横になってたら、すぐ良くなると思うから」


 そう言ってアヤメは地面に仰向けに転がった。


 するとアヤメの身体が苔の地面に沈み込む。

 そのままずぶずぶとアヤメの身体は沈んでいき、見る間に見えなくなった。




「?」「?」




 セツカとリッカは首を傾げる。


 不思議な休み方だった。

 アヤメはこういう休み方をするのだろうか?

 

「……あれ?」


 そこでセツカは地面の違和感に気づく。


 辺りは現神の出現や、転瞬楽土によって焼かれたはずである。

 なのに何故かアヤメの周囲にだけ、苔が残っていた。


 そもそも苔なんか残っていなかった気がする。

 少し前まで、緑の欠片もない焦土だったはずだ。

 だがアヤメの周囲に突然、苔が生えてきたような気がするのだ。



 

 だが、それが何を意味するのか、セツカとリッカにはよく分からなかった。




「おーう……今もどった」

 

 妙に元気のない声が響く。

 声の方向を見ると、森の中からミーミルが力なく手を振っていた。


「ミーミル様!」


 皇帝の帰還に気づいたアベルとパークスは慌てて姿勢を正す。


「……ちゃんと倒したよ」


 戻ってきたミーミルは何故かションボリしている。


「怪我はありませんか?」

「特になし……」


 パークスが話しかけるが、やはり反応が悪い。

 怪我をして元気がないのかと思ったが、どうやら違うらしい。

 怪我を庇って歩き方がおかしくなっていたり、身体のバランスにもブレはない。


 どちらかというと身体より精神にダメージを負ったような……。

 そんな雰囲気だった。


「何か、あったのですか?」

「まあまああった」


 ミーミルはパークスの言葉に頷く。


 その目には生気がない。

 ミーミルは生気の感じられない目で、周囲を見渡す。


「ええと……アヤメは?」


 辺りにアヤメの姿がない事に気づき、呟くように言った。


「アヤメ様は、そこに――」


 アベルはほんの少し前までアヤメがいた場所を指差す。


 だがそこにはアヤメの姿は無く、代わりにセツカとリッカがいた。

 二人は不思議そうな顔で地面を見つめている。


「アヤメ様はどこに?」

「先ほど、地面に寝転がられたと思うと、地面に沈んでいかれました」


 事の顛末を最初から最後まで見届けていた兵士の一人がアベルに報告する。

 確かブラストソードを借りた兵士だ。


「地面に?」

「はい。とても安らかな表情で、地面に沈んでいかれました」


 報告を聞いたアベルとパークスは首を傾げる。



 そういう休憩の仕方なのだろうか?

 現神を呼び出すような存在なので、未知の休み方をするかもしれないのは確かだ。



「アヤメちゃん、地面に潜っちゃった」

「でてこない」


 セツカとリッカも苔の生えた地面を見ながら呟く。

 

「ミーミル様。アヤメ様は、そういう休まれ方をするのですか?」

「ふえ? なにが?」


 ミーミルは上の空だったが、意識を取り戻した。

 パークスはもう一度、ミーミルに聞く。


「アヤメ様は、地面に潜って休まれるのですか?」

「……」


 ミーミルはレガリアを見る。

 セツカとリッカを見る。

 最後にアベルとパークスを見てから、言った。





「あははー、んなわけないじゃん」

 


 

 

 その場にいた全員が凍り付いた。

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