第57話 レボリューショナリー

(全員、こっちに戻って来い。人質システムを使う)

 

 ゼロの言葉で、神護者全員がゼロの元に戻って来た。

 神護者に注目していた兵士達にも、その動きは瞬間移動にしか見えない。


「そこで気絶している人間と、そこの亜人種の三人でやるか」

「それがいいな」


 ジーベは一瞬で動くと、地面に倒れていたジオを引き起こす。

 そして首元に爪を押し当てた。


「なっ……!?」


 ミョルドとイカルガは近くにいたにも関わらず、神護者の動きに反応できなかった。


 さらにニニャがオルタに捕らえられる。

 リーガルが無詠唱で出現させた木霊導槍が、ミョルドとイカルガを狙う。


「この男も、重要な人間なのだろう。最前線にいながら、常に護衛がついていたからな」

「殺されたくなければ、前に進め」


「くっ……」


 イカルガは奥歯を噛みしめる。

 神護者に対して、余りに無力な自分が情けなかった。

 何の対応も出来ず、好き勝手されてしまっている。


「ほら、さっさと歩け。まずこの女の首を裂いて、本気だって事を教えてやろうか?」


 ニニャの首すじに爪が押し当てられる。


「止めなさい!」


 ミョルドが叫ぶ。


「おっと。近づかない方がいい。首からの出血は、思っているより激しいものだ。そんな近くだと服が汚れてしまうぞ?」


 そう言ってオルタはミョルドに笑いかける。


「くっ……!」


 ミョルドは出しかけた一歩を止めた。


「さあ全員、前へ出て来てくれ。あの少女に暴れさせる訳にはいかんのでな」


 ゼロはシルバーシド達に指示を送る。

 音がして海が割れるように、アヤメまで道が開けた。

 以前にゼロはミーミルの力を見ている。

 体躯や装備からして、ミーミルに匹敵しないまでも、近い力を持っていると考えた方が良さそうだった。


 

「パークス、大丈夫? お願い、目を開いて……」


 一方で、アヤメは倒れたまま放置されていたパークスに駆け寄っていた。

 心配そうにアヤメはパークスの身体を撫でる。


 パークスは目を閉じたまま、動かない。


 回復が間に合わなかったのだろうか。

 ゆっくりと胸は上下しているが、治せないような怪我を負っていたかもしれない。


「パークスの怪我は即死するような怪我ではありませんでした。怪我が治ったのであれば、命に別状はないはずです」


 拘束から逃れたアベルもパークスの身体を確認しながら言う。

 パークスへの攻撃の多くは致命傷だった。

 だが即座に命を奪うような攻撃は無かった。

 すぐに殺さず、いたぶってから殺すのが目的だったからだろう。


「そっか……ごめんね、遅くなって。本当に、ごめん」


 アヤメは悲しそうに呟く。


「――謝る必要などありません」


 パークスの目がうっすらと開いた。

 どうやら意識を取り戻したらしい。


「良かった……気が付いた」

「貴方が来てくれた。それで十分なのです」


 パークスはゆっくりと身を起こす。


 身体に痛みは全く無かった。

 折れた腕も、再生した足にも痛みはない。

 問題なく動かす事ができた。


 パークスが腕や足を動かしているのを見て、アヤメは心の底からのため息をついた。

 これで一安心だ。


「アベル、神護者達はどこに――」


 

「ここだよ。可愛らしいお嬢さん」


 アヤメの後ろに、いつの間にか神護者達が立っていた。

 立っていたのは五人。

 神護者は六人存在していると聞いた。


 一人はさっき倒したので、ここにいる面子で全員だ。


「悪いが大人しくして貰えないか? 今はお楽しみの最中でね。邪魔をされては困るのだ」


 ゼロは口元を歪めながら言う。

 その隣にはオルタやジーベに捕らえられたジオとニニャがいた。

 その首筋には鋭い爪が押し当てられている。


「素晴らしい治癒の力を持っているようじゃが――それは頭が無くなった人間も治したりできるのかのう?」


 ロクスが興味深そうにアヤメに視線を投げかける。

 だが、その目はとても冷たいものだった。

 アヤメを人ではなく、何か別のモノとして見ているような――そんな冷たさがある。


「なぁに、大人しくしていれば、仲間に危害は与えないから」


 リーガルがアヤメに笑いかけた。

 普通に笑いかけてきているだけのはずなのに、何故かアヤメの全身に鳥肌が立った。

 得体の知れない気味の悪さを感じる。


「アヤメ様、どうしますか」


 アベルが油断なく神護者を睨みつける。


「おっと、動くなよ。お前には大事な仕事があるんだからな」


 ジーベの爪がジオの首に押し付けられる。

 ジオの首に、ぷつりと血の珠が浮いた。


「おのれ、卑怯な――!」


「卑怯も何も、簡単に人質を取られるお前らが悪いんだろう」


 オルタは怒りを滲ませるアベルを馬鹿にする。



「さて、どうするか」

「こいつに、閃皇を殺させるっていうのはどうだ」

「それは止めてくれ。俺の楽しみが無くなる」

「研究したいんじゃがのう」

「では、こうしよう。閃皇に部下を殺させればいい。自分が救った部下を自分が殺さねばならないという葛藤を見てみたい」

「それはいいな。ゼロはいつも、いい案を思いつく」

「この娘が無傷なら何でも構わんさ」


 

 相談しながら神護者は互いに笑いあう。


 

 アヤメが今まで出会ってきた中で、最もおぞましい相手だった。

 こんな風に笑いながら、こんなにも酷い事を考えられる者がいるのだ。

 

 今まで生きてきて、初めてだった。

 ここまで怒りが心を満たしたのは。

 

 だが頭の中はとても冷静だった。

 怒りで頭が真っ白になるかと思ったが、自分でも驚くほど落ち着いている。


 それは多分、この状況こそアヤメが望んだものだったからだ。


 

 ここに護るべき者はみんないる。

 そして倒すべき者もみんないる。


 

 条件は整った。


 

「――あのね。二人や皆に伝えて欲しいの」

 

 アヤメはアベルとパークスに、笑みを浮かべた。

 厳しい状況を前にしているとは、とても思えない優しい笑みだった。

 

 アヤメはするりと、上着を脱ぐ。

 脱いだ上着は地に落ちる前に、空中で分解され虚空に溶け消えた。

 上着の下は白いワンピースだが、背中部分が大きく開いている。

 

 

「何を伝えるのですか?」

 



 

「ここから逃げないでって」

 

 

 ギチリ、と空間が軋む音がした。



 

 

『リ・バース』において、アヤメの種族は幼精族と呼ばれていた。


 かつて精霊であった幼精族の祖先は、肉体を持たない種族であったが、人と交わり肉体を得た。

 その代わりに精霊であった頃の特徴を失ったが、今でもその特徴が蘇るタイミングがある。

 降臨唱時に、あるスキルを使った時だけ、先祖返りを起こすのだ。


 身体を巡る膨大な魔力が、かつての失われた姿を呼び覚ます。


 それがゲームで実装された時にはミーミルに羨ましがられたものだ。

「俺も変身してぇー」と。


 

 硬質の物体が、擦り合わされるような音が辺りに響く。

 アヤメの背中から、透明な何かがせり上がって来た。

 それは瞬く間に、大きく広がっていく。

 

「は、羽――?」

 

 それをみたアベルの第一印象は羽だった。

 だが鳥の羽のように柔らかな羽毛ではない。

 クリスタルのような硬質の物体で、それは構成されていた。


(やっぱり)


 アヤメは自分の背中に起きている現象を横目でみながら、思った。

『リ・バース』ではトンボのような羽が生えてきたが、全く違う物が生えてきている。

 恐らくこの世界に存在しないものを呼び出そうとしたからだ。


 例えばゲームで意図しない動作を起こした場合、フリーズしてゲームは止まる。


 だが現実世界では、フリーズは起こらない。

 仮に理を超越した何かが起きても、世界が静止したりはしないのだ。

 世界が止まらないように、別の何かで置き換える。

 

 その結果がこの羽だ。


 降臨唱で精霊を呼び出そうとした時もそうだった。

 歌の属性に合わせた妖精が出てくるはずが、精霊王が呼び出された。


 どういう基準でこうなっているのかは分からないが、この世界に存在しない、呼び出せないモノを呼び出そうとすると、全く違う同等のモノが呼び出されるのだ。


「あれはまさか――結線石、なのか?」

 

 アヤメの羽を見たレガリアが呟くように言う。


 結線石を扱う商人に、非常に出力の高い結線石を勧められた事がある。

 その一つで赤結線石が百は買える程の値段を吹っ掛けられた。

 その時は質より量を求めていたので購入を断ったのだが、その石は小指ほどのサイズにも関わらず、青や赤の結線石より遥か遠くまで会話が届くのだという。


 厳重に箱にしまい込まれた、その石は透明の結線石だった。


 

 アヤメの背から伸び出た透明の翼は、六枚の巨大な羽を広げている。



 あんな巨大な結晶は見た事がない。

 今まで見た事のある最大サイズの結線石は、人の頭ほどの大きさだった。


 それを遥かに超えるサイズの結晶だ。



 それも透明の結晶である。

 レガリアが見たのは青い結線石の結晶だ。


 その通信性能は人知を超えた領域だろう。



 

 では、そんなモノを六枚も使って、一体、何と交信をしようとしているのか?


 

 

『集エヤ 世ノ理ヨ 唄エヤ 世界ヲ巡ル 血ノ累ヨ』



 降臨唱を発動させる。

 その途端、今まで感じた事のない恐るべき『重み』がアヤメを襲った。



「ぐっ……ぎぎ……」


 今なら分かる。

 普段は消費が少なすぎて何ともなかったが、膨大な量を消費するスキルを使って、初めて理解した。


 これはMPを消費する感覚なのだ。

 

 まるで魂そのものが抉り取られるような虚脱感がアヤメを襲う。

 だが倒れてなどいられない。

 

 

 アヤメの四方に、三色の光が渦を巻いた。

 低い振動が、地面を揺るがす。

 

 三つまでは発動している。

 

『ジグラートの烈火』

『コーネリアの砂塵』

『アマツの神風』 


 問題は四つ目。

 

 ゲームでは出来たが、この世界ではできるのか。

 やってみた事などない。

 

 だがアヤメはできる事を信じて、詠唱を続ける。

 できなければ人質を取られて全滅だ。

 ならば、どれだけMPを持っていかれようと、関係ない。


 限界まで、全てを絞り尽くすだけだ。

 

 

 そして――。

 

 

 不意に、アヤメを取り巻く光が一つ増えた。

 アヤメの中に、かちりとスイッチが入ったような感覚があった。


 自分と世界が繋がる道が出来る。

 世界がアヤメの注ぎ込む莫大なエネルギーに屈服し、何かを何かで置き換えた瞬間だった。

 

 いける。

 不思議と、そう確信した。

 呼び出せる。



 光の渦が収縮し、楕円の形を取る。

 召喚ゲートが生成される。




 赤いゲートから深紅の巨大な泡立つスライムが出てきた。


 黄色いゲートから砂で出来た顔の無いヒトガタが出てきた。


 白いゲートからほっそりとした二足歩行の猫が出てきた。

 

 

 最後に、もう一つの白いゲートからは――。

 

 

 ゴウン、と地の底から響くような鈍い音が辺りに響く。

 何か巨大な物体が空間にぶつかったような音がする。

 

 バリバリと音がして、ゲート部分から空間にヒビが入って行く。

 呼び出すには狭すぎたらしい。


 だがこちらに出てこようとはしてくれているようだ。

 


 

 ――ずるり、と。



 

 ひび割れた空間から、巨大な爪が覗く。


 

 それを目にした瞬間、神護者達の全身を悪寒が走り抜けた。


 あれは良くないモノだ。

 決してここに存在してはならないモノで。

 絶対に出会ってはならないモノだ。



 本能で直感した。



 

 

 

 アヤメは疑問に思っていた。



 二次職のバードで覚える魔ノ歌。

 そして三次職のレボリューショナリーで覚える神侵シノ唄。

 

 前回、使った組み合わせは魔ノ歌だけの組み合わせだった。

 だが『リ・バース』では魔ノ歌だけではなく、神侵シノ唄も組み合わせて使える。


 そして今回の降臨唱は、神侵シノ唄を組み合わせて使った。


 眷属である妖精を呼び出し、歌スキルの多重発動を可能にする降臨唱は、この世界で別の存在を呼び出すスキルに変わり果てていた。



 そこでアヤメは、ずっと疑問に思っていたのだ。

 

 

 魔ノ歌では、精霊王が呼び出された。



 それなばら、さらに上位のスキル、神侵シノ唄を使ったとしたら――。





 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る