第49話 地に堕とす

「第二部隊前へ! 第一部隊右から来ているぞ! 足を止めるな!」


 レガリアの指令が戦場を駆け巡る。

 その手には複数の結線石が指に挟まれていた。

 巧みにオン・オフを切り替えながら、接続先の部隊長に指令を出していく。



火王烈剣フラーム・フランベルジュ!!』


 ジオの大剣が紅蓮の炎に包まれる。


 最前線に立つのはジオ。

 騎士団長である上に、ジェイド騎士団最強の兵士であるジオ・ジェイドである。


 気合いと共に薙ぎ払った大剣の一撃は、シルバーシドをまとめて三匹、葬る。

 止まらず、さらに次、さらに次。


 それはまるで火炎の竜巻のようであった。


 

 背後からの楔形陣形による突撃で、シルバーシドの群れは大きく斬り裂かれていった。

 実際にはシルバーシドの方が数は多い。

 数や固体の能力では神護者の方が上のはずだ。


 だがシルバーシドの軍団は、瞬きする間に数を減じていく。


 レガリアに気を取られた神護者は指揮ミスをしていた。

 相手が突撃してくるまで、シルバーシドを動かさなかったのである。

 人ならば、不意を打たれたとしても、その場の各自の判断でしばらくは持ちこたえられただろう。


 だがシルバーシドは神護者にコントロールされているものの、本来のスペックは虫である。

 完全な背後からの不意打ちに対応できるはずもなかった。



 また部隊は法術『木霊迷彩』によって静かに展開されていた。

 神護者達が使うような『木王迷彩』よりランクは落ちる法術ではあるが、それでも足音程度ならば打ち消せる。


 自分たちが出来る事は、相手もできる。


 神護者は、そんな簡単な事も忘れていたのだ。


 

「偉そうにしていたが、ただの素人だな。何の訓練も出来ていない」


 レガリアは散発的に攻撃してくるシルバーシドを見ながら呟いた。


 まずシドを兵士にしようとしているのが間違っている。


 身体は大きすぎるし、武器も持てない。

 お互いの身体が邪魔になって密集陣形も取れないし、木を盾にされ、迂回しようとした所を倒されている。


 爪や牙を失えば、もう代わりのものは無い。

 人間ならば装備が壊れても付け替えられるが、シルバーシドは装備が壊れれば終わりだ


 酸も体内で生産する分泌物である以上、無限に放てる訳ではない。

 人間で例えるなら唾を給水無しでずっと吐ける訳ではない、という所か。

 時間を経るごとに酸での攻撃が目に見えて減っていた。



 何より知能が無さすぎる。

 筋力や硬い装甲は確かに脅威ではあるが、それだけだ。

 それを生かす


 自分たちが扱いやすいから、あえて選択したのかもしれないが、大きな間違いだ。

 指揮が出来ても、連携するには知能や訓練が必要である。


 指揮で可能なのは『指定位置に進んで戦え』までである。


 左の兵士が爪を防ぎ、右の兵士が足を切り飛ばし、中央の兵士が倒れたシルバーシドにトドメを刺す。


 こういった連携は、知能が無ければ不可能だ。


 

「パークス様、大丈夫ですか!」


 レガリアとジオの部隊が、包囲されていたネーネ族の場所までたどり着く。


「ああ!」


 レガリア達が突撃を開始した時点で、パークス達は閃槍陣を止め、密集陣形を取っていた。

 時間を稼ぎ、少しでも被害を食い止める。


 その辺りも、神護者との経験値の違いが出た。

 神護者達は、なす術なくレガリア達とネーネ族の合流を許してしまったのである。

 

 部隊到着からやや遅れて、レガリアもパークスの元に辿り着く。


「兄さん……迷惑をかけてしまった」

「うむ。一発殴るのは後だ。具体的には親父を百発くらい殴った後だ」


 レガリアはそれだけ伝えると、ミョルドの元に座る。


「これならいけるか?」


 レガリアは深く息を吸うと、ミョルドの腹に手を当てる。


光王治癒トゥクル・ヒーリング


 レガリアの右手が光る。


「薬だ。法術との相乗効果がある」


 レガリアはミョルドに薬液を飲ませる。


 レガリアが製薬研究所から手に入れていた回復薬だった。

 まだ量産されていない軍用の強力な回復薬である。


 ミョルドは身体から、あっという間に痛みが引いていくのを感じていた。


「ありがとう……ございます」

「礼は後だ」


 ミョルドが身を起こせたのを確認すると、倒れているパークスの部下を見る。


「こっちはちょっと不味いな。背骨がやられている。薬や法術だけでは治せん」


 レガリアは二人の兵士を診ながら言った。


「回復はしておくが、その場凌ぎだ。早めに療養所に連れて行かねば」

「なら、撤退を」


「パークス、分かっていないな」


 レガリアはパークスの言葉に、やれやれと首を振った。


「このままあいつ等を放っておいたら、大変な事になる。ここで倒す。戦闘続行だ」

「な……」


 パークスは思わず言葉を失う。

 まさか、この状況で戦闘を続行するとは思ってもみなかった。

 

「逆に今しかない。あそこに元凶が雁首揃えているのだ。このチャンスを逃せば、一網打尽にできなくなる可能性がある」

「それはそう……ですが」


「だからこそミョルドさんを優先して治療した。彼女には戦って貰うぞ」

「……パークス様のお兄さまですか?」


「これは挨拶が遅れた。お初にお目にかかる。レガリア・ジェイドだ。時間が無いので細かい所は省くが、今から最前線に戻ってもらう」

「……パークス様と違って、随分と厳しい方ですね」


 ミョルドはそう言って苦笑いを浮かべる。


「いや、パークスより優しいさ。少なくとも無茶な特攻はさせない」


 レガリアは腰に差していた剣を抜く。


「それは?」


 パークスが見た事のない剣だった。

 少なくとも軍で使っているレフナイト製の剣ではない。


 不思議な装飾がされた細い剣だった。


「えーと、何だっけな。確かアダマンエストックだ」


 ミョルドはレガリアから剣を受け取る。

 受け取った瞬間に、自分の身体を不思議な力が包み込むような感覚を覚えた。

 その力は剣から流れ込んでいる。


「イカルガさん、ニニャさん」


 レガリアは二人を呼ぶ。


「おい、アレを」


 部下に声をかけると、二振りの剣を取り出した。

 やはりそれも軍用の剣ではない。

 

 それは部下から借りてきたアヤメの神器であった。

 アヤメがランプ屋で部下に渡した装備。

 それが非常に強力な武器であるという情報をレガリアは、しっかりと掴んでいたのである。


 借りる際に少々ゴネられたが、アヤメを助ける為だと言うと快く渡してくれた。

 

「イカルガさんにはホーリーバスター。ニニャさんには斬魔刀を。どちらも剣だが扱えるか?」


 レガリアはイカルガに長剣を、ニニャに巨大な大剣を差し出す。


「剣術はネーネ族の義務教育だ」

「多分、持てるはず」


 ニニャは溶けた手甲を外す。

 その手は酸で焼けただれていた。


「酷いな」


 レガリアはすぐに手に薬をかけると、回復法術を使う。

 手の傷はあっという間に塞がっていった。


「どうだ?」

「ちゃんと動きます……ありがとうございます」


 ニニャは嬉しそうに手を握ったり開いたりする。


「凄い薬ですね」


 ミョルドは薬の効果に驚いていた。


「凄いだろう。まだこの世に二本しかないんだがな」

「ええ!?」


 パークスが驚く。


「試作品だからな。二本しか用意できなかった」

「そんな貴重な物を……」


 ニニャは申し訳なさそうにする。


「これでネーネ族最強の戦士達が復活できるなら安いものだ」


 レガリアはポケットにしまっていた結線石を取り出しながら言う。

 そして結線石を操作すると、命令を飛ばし始めた。


「さっきから右翼が弱いぞ。右に人を寄せろ。ジオ、突っ込みすぎるな。法術部隊のフォローが間に合わなくなる。後方、上から来てるぞ! 墜とせ!」


 法術部隊が宙に浮くシルバーシドに向かって法術を放つ。

 氷撃弾や火炎弾は正確にシルバーシドの羽を貫く。


 シルバーシドの外殻は半端な法術は全く通さない程に硬い。

 しかし飛ぶための羽は薄く、それを破壊するだけで飛行を簡単に防ぐ事が出来た。


「さっきまで戦場から目を離していたのに、よく的確に指示ができるな」


 イカルガはレガリアが的確な指示をする様子に驚いていた。


 狩猟時、イカルガは指揮官という立場をしている事が多い。

 すでに幾度となく指揮を経験し、熟練もしてきた。

 しかし、さすがに別の事をしながら的確な指揮を行うのは不可能である。


「見なくても分かるさ。攻撃が単純だからな。それから相手の指揮官がショボい」

「ふ……パークス、お前の兄は途轍もない男だな。神護者をショボいと評する人間が存在するとは思ってもみなかった」


「実際、大した事ないだろう?」

「まあ、色々とヘタクソな部分は見受けられるな」


 イカルガとレガリアは顔を見合わせて笑いあう。


 そんなイカルガの様子にミョルドは少し驚いていた。

 イカルガは余り異性と言葉を交わさないタイプだ。

 ミョルドより年上だが、異性と一緒にいる姿を見た事が無かった。

 男性と笑いあっているのは初めて見たかもしれない。



 

 ――もしかして面食いだったのだろうか。



 

「ではそろそろ、三人には前衛に戻って貰おうか。ニニャさんはジオと同じ場所で派手に動いて敵を引き付けてくれ」

「目立つのは苦手ですけど、頑張ってみます」


 ニニャは斬魔刀を担ぎながら頷く。

 恵まれた体格に、相手を圧倒するような巨大な剣。

 今の時点でこれだけ目立っているなら問題ない、とレガリアは思った。


「イカルガさんとミョルドさんは左翼と右翼に。二人に引き付けられた敵を挟み撃ちする。思いっきり暴れてくれ。フォローは法術部隊がやる」

「分かった」「分かりました」


 二人は敏捷性が非常に高い。

 移動する速度が重要な挟み撃ち要因にはもってこいだ。

 

 


「頼む」



 レガリアは木の上に陣取っている神護者達を睨みつける。

 

 

 これ以上あんなモノを、のさばらせてはならない。

 今こそ決着をつけなければ。



「さあ、あの木の上にいる神様気取りを地面に引き摺り下ろすぞ!!」

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