第20話 会食を終えて

「だ、大丈夫だったか!?」


 部屋に帰るなり、オルデミアが叫びながら駆け寄って来た。


「大変だったよ……」


 ミーミルはため息をつきながらソファーに座る。


「バレたりしなかっただろうな? 大丈夫だな?」

「それは、まあ、多分」


 恐らくバレている感じはしなかった、とアヤメも思う。


「所で謁見からずっと見かけなかったけど、どうしてたんだ?」

「うむ。事後処理をな……今までずっと闘技場の修理支持や、破損した練習器具のチェックを行っていた。まだ復旧にはかなりかかりそうだ」

「ぐぬぅ」


 ミーミルは低く唸ると、ガクリと頭を垂れたまま動かなくなる。


「兵士達の装備に傷が無かっただけマシだ。アヤメ殿のおかげ――というか兵の命を救ってくれたのだ。アヤメ殿には感謝してもしきれない」

「あ、あれはたまたま上手くいっただけだからね。あそこで護ってなかったらミーミル確実に牢獄行きだったし」


 照れ隠ししながらアヤメが言っても、ミーミルはへし折れたまま動かない。

 というか動けなかった。


「しかし今日は本当に疲れた。私も座らせて貰うよ」


 確かに最初に会った時より、少しやつれているように見える。

 目から生気も失われているような気がする。

 それでも相変わらず赤い火属性っぽい覇気のある人だが。


「これ食べる?」


 アヤメは持っていたシシルの実が乗った器を差し出す。

 果物でも食べれば少しは疲労回復するかも、と思ったのだ。


「それは――それはシシルの実ではないか!」


 さっきまで弱っていたオルデミアは急に立ち上がった。

 食べる前から元気になっている。


「そ、そうだよ。お腹いっぱいだからもって帰ってきたの」

「ももも貰っていいのか? 超高級品だぞ? 一粒で馬が買える程の逸品だぞ」

「大丈夫。置いてて腐ったら意味ないし」

「そ、それじゃ有り難く――!」


 オルデミアは実に勢いよく手を伸ばす。


「ちょっと待った」


 へし折れていたミーミルがオルデミアを制した。

 突然の制止に首を傾げるアヤメを横目に、ミーミルはオルデミアに聞く。


「一つ聞きたいんだけど、シシルの実って毒ある?」

「無いな。毒性のある植物ではない」

「アヤメは食べて大丈夫だったか?」

「食べたけど別に?」

「ふーむ……」


 ミーミルは顎をさすりながら考え込む。


「どうしたの」

「実はさっき俺が食べたら毒抵抗したんだよね」

「……本当に?」

「マジだよ」



『リ・バース』ではモンスターやプレイヤーから毒を撃ち込まれる事がある。


 モンスターなら蛇や蜘蛛型、プレイヤーならアサシンやアーチャー系の職が持っている状態異常を引き起こすスキルだ。

 毒を食らうと、持続的にHPが減少していく。

 毒にはCLASSがあり、CLASS1、CLASS2と数字が増えていく毎に毒の効力が高くなり大ダメージを受ける事となる。


 だが毒は確実に効く訳ではない。

 種族や職業によってCLASSの低い毒は効き辛かったり、無効化すらできる。

 その無効化や効果減少の事を『毒抵抗』と呼んだ。


 つまりミーミルが食べたシシルの実には、毒があった――という事なのだ。


「CLASS3の毒だった。そんな強い毒じゃないけど」


 アヤメは強化した種族特性スキルのお陰でCLASS5までの毒を無効化できる。

 ミーミルは職業と種族特性のお陰でCLASS7までの毒を無効化できた。

 だから問題なく無効化できたが……。


「うーん、ゲーム基準で言うと弱い毒だけどねぇ」

「だがこの世界基準でCLASS3毒が、どれ程のモノなのかさっぱり分からん」

「それに、この世界の人たちには効かなくて、私たちだけ効く毒かもしれない」

「ナウシュカ族だけに効いて、エタニア族には効かない毒ってパターンもあるな」

「むうー」


 アヤメも唸って考え込んでしまう。


 蚊帳の外のオルデミアは、意味不明の会話よりシシルの実に視線が釘付けになっていた。

 シシルの実は南部領のみで摂れる最高級果実だ。

 貴族や王族くらいしか食べる事はできず、一般家庭には絶対に流通しない。

 商人の出だったオルデミアは、当然ながら口に入れた事は無かった。

 稀に王の食卓に並んでいるシシルの実を、遠くから羨望の眼差しで見る程度である。


 それが今、目の前にあって、しかも食べていいと言われているのだ。

 よく分からないがシシルの実に毒などない。

 シシルは樹木だが、木の皮にも葉にも根にも、そして実にも毒などない。


「試しに毒見させて貰うぞ」


 オルデミアは実を一つ摘まむと、口に実を放り込んだ。


「うむ……これは想像以上に美味いな」


 ぷりっとした果肉が弾けるたびに、甘酸っぱい果汁が溢れ出す。

 間違いなくオルデミアの人生で、最も美味な果物であった。


「大丈夫? 何ともない?」

「何度も言うが、シシルの実に毒などない。毒を口に入れた時に感じる苦みや痺れもないから大丈夫だろう」


 オルデミアは二つ目に手を出すが、全く様子に変化はない。

 その様子はとても毒があるようには見えなかった。


「ふーむ、やっぱ異世界人だけに毒なのか」

「私が毒抵抗してないから、ミーミルだけかもね」

「何か理不尽だ。まあ効かないからいいけど」

「しかしそうなると食事してると、突然に毒ってパターンもあるのかなぁ」

「それは困るな。一緒にご飯食べてて、突然吐血とかしたら怖すぎるわ」

「ゴボォ」


 オルデミアが血を吐いた。



――――――――――――



毒耐性=一定CLASS以下の毒を無効化する。<パッシブスキル>

    アヤメはCLASS5まで無効化。

    ミーミルはCLASS7まで無効化。


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