第38話 誤解なのです

「まさか閃皇まで、こうも簡単に捕縛できるとは。さすが神護者ですな」


 マキシウスはニアを褒め称える。

 その様子はとても親し気だった。

 普段は感じた威圧感は全く感じない。


 それだけでマキシウスと神護者は長くからの付き合いなのだと想像できた。

 

「人質ってのは便利だわ。人質が人質を呼んでくれる。まぁ俺達には人質ってのが何で効果あるのか、さっぱり分からんけどな」

「それは強いが故ですな。人は神護者の方ほど強くはないのです。弱いがゆえに他人との繋がりを大事にする。だからこそ人質が有効なのですよ」

「そんなモンかね」


 どうやら神護者と繋がっていた外部の人間はマキシウスだったらしい。

 道理でマキシウスがミーミルに対して嫌悪感を露わにしなかった訳だ。


 最初から亜人種に対して嫌悪感など生まれる筈もない。

 お互いに協力し合っていたのだから。


「マキシウス様、こちらも神護者の方ですか」

「そうだ。お前たちはゼロ様にしか会った事が無かったな。こちらの方はニア・イース様。ゼロ・イース様と同じ神護者だ」


 護衛も数人ついている。

 この部下も全てを知っていて、マキシウスについて来ていると考えていいのだろう。

 しかし知っている人間は情報漏洩を考え、ごく僅かのはず。

 恐らくここにいる部下だけだ。


「で、例の現神の実だけどな。このガキ姉妹が隠してたんだわ」

「まさか……すでに使われているのでは?」

「そりゃ大丈夫だ。隠してただけらしいからな」


 アヤメはニアを見る。


 すでに現神の実がセツカとリッカに使われている事を知っているはずなのに、何故嘘を?

 それとも現神の実を取り除く方法でもあるのだろうか?


 そんなアヤメの疑惑に満ちた視線を涼し気な顔で受け流すニア。


「おっと、連絡だ」


 ニアは懐から結線石を取り出す。


『ニア』

『何だオルタ』

『ゼロと剣皇の移動を確認した。すぐそっちに行くぞ』


 結線石から聞こえて来たのは全く聞いた事のない声だった。

 恐らく六人いるという神護者の一人だろう。


「二人だけか? 他はどうした」

『村に残っているようだ』


「ふーむ。まあ予定と違うが問題ないな。練習相手が増えるだけだ」

『それからゼロの予想通り、森周辺でキャンプしていた部隊が森に侵入してきた。まもなく村に到着するだろう』


「マジか! 盛り上がってきたな! 俺もそっちに行きたいんだが!」

『まずはそっちの用を終えてから来い』

「お前らだけズルいぞ! あ、クソ! 切りやがった! あいつ等はいつもそうだ。俺ばっかり地味な仕事をさせやがる」


 ニアは愚痴をブツブツと呟きながら結線石をしまう。


「何か問題でも?」

「あんたの息子が森に部隊を呼び込んできたらしい。閃皇探しの人員じゃねぇかな」


「パークス……あの馬鹿息子が……余計な事ばかりする」


 マキシウスは渋い顔をする。


「まあこっちに手が届くまでに終わるだろ。慣れない森の行軍だ。集合まで時間がかかるだろうしな」

「そうですな。剣皇が到着次第、早めに終わらせるとしましょう。ゼロ様の話では、こちらに向かっているようですし」


 そう言ってマキシウスは腰の剣を抜く。

 そして、その切っ先をアヤメに向けた。


 アヤメはマキシウスを睨みつける。


「心配なさらないで下さい。まだ殺しはしません」

「まさかマキシウス自ら暗殺しに来るとは思ってなかった」


 アヤメはマキシウスを睨みつけたまま、話しかける。

 今は出来る限り、不足している情報を引き出しておきたかった。


「本当はこんなつもりは無かったのですがね。ジェノサイドをけしかけたり、暗殺者をけしかけたりしたのですが、全て空振りになってしまいましたので」

「そっか……あの時のジェノサイドは、マキシウスが」


 帝都から馬車で移動してきた時に襲って来たジェノサイド。

 あんな場所をジェノサイドがうろつく事は滅多になかったらしいが、人為的ならば説明がつく。

 暗殺者の事は知らないが、多分送ろうとしていたのだろう。


「その通りです。もちろんジェノサイドで、あなた方二人を殺せるとは思っていませんでしたがね。ですが十人程の死者でも出れば、それだけで剣皇と閃皇の名は堕ちる。かつての英雄でも所詮はその程度であると」

「ただ私達の名を堕とす為だけに、あんな事を?」


「お二人が悪いのですよ。あの会食であんな事を言うから」


 アヤメはマキシウスの言葉の意図を計りかね、首を傾げる。


「お分かりになっていなかったのですか? お二人は言ったではないですか。『国の事も色々と頑張ります』と。あんな堂々と宣戦布告をされるとは思ってもみませんでしたよ」




 あれかー!!




 アヤメは心の中で頭を抱える。

 その場の勢いだけの言葉だったのだが、今から考えてみれば状況が最悪だった。


 四大貴族がそれぞれに推していた後継ぎが全員、暗殺された帝国。

 明確な証拠は無いが、四大貴族が暗殺に何かしら糸を引いている事は間違いない。


 頭とすべき存在を失い、混迷を深める帝国。

 そんな混沌とした国政も、傀儡として利用できそうなミゥン皇帝が即位する事でようやく決着を見る。


 後は四大貴族の誰が、どれだけ傀儡皇帝を上手く操るか?

 その戦いへとシフトしていく筈だった。


 しかしそれを台無しにしそうな存在が突然、現れたのだ。


 過去からの英雄召喚。


 実現不可能だと思われていた奇跡が成され、四大貴族は色めき立っただろう。

 実際、恐るべきスピードで四大貴族は帝都に集結した。


 十もの国を平定し、まとめあげ、帝国を作り上げた建国の王。

 法術というシステムを作り上げた閃皇と、剣術の祖とも呼ばれる剣皇。

 伝説に尾ひれがついていたとしても、二人が尋常ではない有能さなのは間違いない。


 そんな英雄が、この帝国を見てどうするのか?

 

 その初顔合わせの会食で、四大貴族、本人に向かって。

 閃皇「デルフィオス・アルトナ」と剣皇「マグヌス・アルトナ」はこう言ったのだ。




『国の事も色々と頑張ります』




 完全に喧嘩を売っている。

「お前らこれから覚悟しとけよ?」くらいの意味に取られてもおかしくない。


 マキシウスの言う通り、宣戦布告だ。



「うん。それは誤解なのです」


 アヤメは引き続き心の中で頭を抱えながら、弁解する。


「どういう意図があったにせよ、英雄は復活してしまった、それは四大貴族にとって、面白くない結果なのですよ」


 そう言ってマキシウスはアヤメの首筋に刃を当てた。


「誤解なのです」

「お二人には死んで頂きます。いえ、墓に帰って頂くという表現の方が正しいですかな? いくら英雄と言えど、首を落とされれば生きてはいられないでしょう」



 誤解で殺される。

 改めて酷い事に巻き込まれているなぁ、とアヤメは痛感した。

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