第39話 長い
「そろそろ来るな」
ニアが森の奥を見る。
アヤメには感じ取れないが、恐らくゼロとミーミルが来たのだろう。
心配なのは、この状況をちゃんとミーミルが理解できるかどうかだ。
その場の勢いで暴れられると大変な事態を招きかねない。
自分たちは多少どうなろうが構わないが、セツカやリッカに怪我を負わせたくはなかった。
そう思ってる間に、森の奥から木々をかき分ける音が近づいてくる。
そしてミーミルとゼロが森の中から飛び出してきた。
「アヤメ!」
「ミーミル、落ち着いてね」
ミーミルの目には、アヤメの首筋に刃を突き付けているマキシウスの姿が映る。
「マキシウス、お前は何をやってるんだ」
ミーミルがいきなり腰の剣に手をかける。
「ミーミル! ストップ! 人質取られてるから!」
「閃皇様の言う通りですよ。大人しくして頂けますかな?」
マキシウスはアヤメの首筋に刃をピタリとくっつけた。
アヤメの首に冷たい感触が伝わる。
「くそ……アヤメ! 何で大人しく人質なんかなってるんだ!」
「セツカとリッカが人質にされてるからだよ!」
「人質の連鎖か。何て面倒臭い!」
ミーミルは腰の剣から、やっと手を離す。
やはり説明しないと危なかった。
アヤメはほっと息をつく。
「おう、ゼロ。ここからどうすんだ?」
ずっと静観していたニアが、ゼロに声をかける。
「……」
だがゼロはニアの言葉を無視した。
「んだよ。無視か。ふざけんなよ」
ニアの悪態もゼロは無視し続ける。
ゼロも神護者である以上、ニア達とグルのはずだ。
しかしニアに加担する事無く、この状況がどう転ぶのか静観している。
ここまできて未だに神護者の目的が分からず、アヤメはうすら寒さすら感じていた。
「ではミーミル様、武器をお捨て下さい。我が愚息のパークスが軍を集め、閃皇を探しに出ようとしているのです。余り時間がありませんのでね」
「……チィ」
ミーミルは腰に差していた『レ・ザネ・フォルの枝』を地面に投げ捨てる。
「こんな事をしてどうするつもりだ」
剣を捨てたミーミルはマキシウスに問う。
「お二人は墓に帰って頂く。それが目的ですよ」
マキシウスは、口の端を歪め、言葉を付け加えた。
「――が、それはあくまでおまけですな」
「おまけだと?」
「私の本当の目的は、現神の実を手に入れ、強大な力と不老の力を得る事なのですよ」
「現神の実を食べたら理性を失った現神触と化すんだろ。そんなモノになりたいのか?」
ミーミルの言葉を聞いたマキシウスは、嬉しそうに頷いた。
「おっしゃる通り、生物が現神の力を取り入れば、身を蝕み、知性の無い唯の化け物へと変わります。ですが――」
マキシウスは左の手の平に、包丁を見立てチョップの形をした右手を打ちつける。
「例えば現神の実の摂取量を、少なくしたらどうなると思いますかなかな? こんな風に分割した場合は?」
アヤメは神護者を見る。
ジェノサイドと現神触『骸』は面影が似ていただけで、全く別種の生物と思える程に変化していた。
普通に現神の実を食べた場合は、あそこまでの変化を引き起こしてしまうのだろう。
しかし摂取量を減らせば凶悪なまでの現神の加護を受けても、身体の変異を、ある程度は抑えられるのではないか?
いや、確実に抑えられるに違いない。
だからこそだ。
だからこそ神護者は亜人種としての形を保っているし、六人も存在しているのだ。
「何も現神触と同等の力を得る必要は無いのですよ。一切れ食べるだけで、十分に人を超越できるのです」
「そんな力を手に入れてどうするつもり?」
アヤメの言葉を聞き、マキシウスは落胆のため息をついた。
しかしそれはアヤメに対してではない。
マキシウス自身に対してだった。
「私はね、間違っておったのですよ。私が皇帝に成る為に、足りないモノのは、権力であったと、そう思っていたのです。知も力も財もある。後は位だけであると」
マキシウスは部下に目配せをする。
部下は剣を抜くと、アヤメに向かって剣を向ける。
マキシウスは剣を収めると話を続けた。
「ですが前皇帝のバルバトス様が秘密裏に暗殺され、その皇太子も暗殺によって死に絶えてしまった。つまり権力など、何の価値も存在しないのです。同様に殺されてしまえば、財や知など何の意味もない。何より必要なのは、他者に侵害を受けないだけの力が必要なのだとね」
「だから現神の実を?」
「その通りです。あの実があれば、私は死なず衰えず人としては無敵の力を得る。確固たる土台を築いてから、後で知や財や位は手に入れれば良いのです。そうすれば私がジェイド家を新たな皇帝の一族として押し上げる事も容易いでしょう」
「そんな事をしてパークス達はどうなる」
ミーミルはマキシウスを睨みつけながら言う。
「我が息子達は本当に出来が悪くて困ったものですな。長男は遊び呆け、次男は武に興味しか無く、三男は人を斬る事すら出来ない。あれだけ覇道というモノを教えたにも関わらず、あの有様です。王たる器を持っている者は一人もおらんのですよ」
マキシウスは深いため息をつく。
しかしマキシウスは口元を歪めながら、なおも続けた。
「まあ、それでも田舎の村娘程度ならば、誑かす事も可能でしょう。三人のうちの誰かが最後に残った、たった一人の血筋と結婚すれば、それで帝国は私のものですな」
「そんな事は――」
アヤメが喋ろうと動いた瞬間に、部下が剣を突き付けてきた。
「お二人はそんな事をさせないだろう、と私は思っていたのです。だからお二人には墓に帰って頂く。今すぐね」
ミーミルの方にも部下の一人が剣を構え、近づいていく。
ゼロは静観したままだった。
ミーミルはゼロを見る。
だがゼロは首を振るだけだった。
「私は森を護る者だ。帝国のお家騒動に私が手を出すつもりは無い」
そう言ってゼロは『しょうがない』といった風に肩をすくめる。
「ちょ、お前、さっきと言ってる事全然違うじゃねーか!」
「という事です。残念でしたな、ミーミル様。おい、先に剣皇の方からだ。何より危険なのは剣皇の方だからな」
マキシウスの近くにいた部下も、ミーミルの方へと向かう。
二人の兵士に囲まれるミーミル。
ミーミルは棒立ちのまま、動けなかった。
「もちろん閃皇様もすぐに後を追いますよ。ですが、安心してください。あの双子に私は手を出しませんので。ただし神護者の方々が、どうするかは私には」
「話が長い!!」
ばつん、と鈍い音がして。
いきなりミーミルとアヤメの近くにいた兵士の頭が無くなった。
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