第71話 やくそく
「――それ何やってんの?」
ミーミルが不思議そうな顔で見る。
「ネーネ族が大事な約束をする時にやるみたい。指切りげんまんみたいなものかな?」
「あー、なるほどね」
「やくそくね」「やくそく」「やくそくー」
楽しそうに指を合わせる三人の幼女。
それはとても微笑ましい光景であった。
「えーと、それから、レガリア兄さんとジオ兄さんには感謝しても感謝しきれません……」
挨拶はまだ終わっていなかった。
パークスの長く薄い挨拶に飽きていた兵士達は、三人の幼女を見て、ほっこりとした笑みを浮かべている。
しかし、一人だけ。
ククリアだけは笑っていなかった。
三人を見て、小刻みに体を震わせていた。
「セツカ、リッカ……」
ククリアが二人の名前を呼ぶ。
だが、その声色は、さっきの穏やかな声ではない。
何故か恐怖のような、怒りのような、そんな負の感情が入り混じった声だった。
異変を感じたアヤメはククリアを見る。
ククリアの顔は真っ青だった。
完全に血の気が引いている。
「どうしたの? お婆ちゃん」
様子がおかしいククリアに、セツカは首を傾げる。
「ど……どうしたの? では……ないぞ……」
今にも卒倒しそうな様子で、ククリアは言う。
「二人とも、どこでそれを覚えたの?」
いつの間にか近くにいたミョルドも顔を青くしていた。
よく見るとミョルドだけではない。
人間の兵士達は三人を見て優し気な笑みを浮かべている。
その一方で、三人を見ていたネーネ族達は顔を青くしていたのだ。
その事にアヤメは、気が付いた。
「え? え? どうしたの、みんな?」
セツカも急に周りの様子がおかしくなったのに気づく。
ネーネ族の様子がおかしい原因は恐らく、この『指切りげんまん』だろう。
だが約束した内容は、ごく普通の事である。
何か重大な問題がありそうな内容ではない。
「――二人とも、まさか血の盟約をしたのではあるまいな?」
ククリアは恐ろしい形相で二人を見る。
「ちのめいやく?」「なに? それ……」
二人はククリアの形相に少しばかり涙目になりながら、返事をする。
「知らぬのか。いや、知らぬからこそかの」
「……二人とも」
ミョルドは二人に近寄り、腰を落とす。
そして神妙な顔をして、二人に話し始めた。
「さっきの指を合わせるのはね。血の盟約と言うの。大事な相手と、とても大事な約束をする時に行うものなのよ。それも一生に一度しかないくらいの約束を」
「う、うん……」
「でも指を押し付けただけなら大丈夫。血を混ぜなければ、本当の盟約にはならない」
……やった。
ミョルドの言葉を聞いたアヤメは、脳内で頭を抱える。
血を混ぜた。
思いっきり混ぜまくった。
どうやら何かをやらかしてしまったっぽい。
「その血の盟約というのは何なんだ?」
ミーミルがミョルドに聞く。
「亜人種の男女で交わす契りです。死が二人を分かつまで共に生きるという誓いを神や祖先に示す儀式なのです」
ざわっ……。
っと周りの兵士がどよめいた。
三人の様子を見ていたのはミーミルやミョルド、ククリアだけではない。
周りの兵士たちも、ほっこりしていた最中だったのだ。
当然、やり取りの内容も聞いている。
「ちょ、ちょっと待て。それってまさか?」
「人でいう婚姻の儀になります」
こんいん。
「い―――――」
ミーミルの呼吸が一瞬、止まる。
ついでに心臓も止まったかもしれない。
「いやいやいやいや!」
ミーミルが高速で首を振る。
「おかしいおかしい! セツカとリッカは、まだ子供だろ!?」
「二人とも年齢は十八です。十分に大人と認められる年齢です」
「あっ……うん。え、でも女同士だろ!?」
「亜人種には両性の者もいるのです。ですから性別に関して制限は……」
「アヤメ様が婚礼?」「婚姻?」「何が起きてる」「現実がよく分からない」
兵士達の騒ぎが大きくなる。
途轍もない事実が明るみになりつつあった。
「おいアヤメどーいうこった!! いつの間に婚約した!」
ミーミルはアヤメの胸倉を掴んで揺さぶる。
「わからない。わたしはなにもわからないのです」
アヤメは揺さぶられ、地面にお茶をこぼしながら言った。
「セツカ、リッカ、答えなさい。血は混ぜたの? 混ぜてないの?」
「……」「……」
ミョルドの言葉に二人は無言でうつむく。
それは、もはや答えているようなものだった。
「何て――何て事」
ミョルドはこめかみを抑える。
急に頭痛がしてきた。
「だって……約束する時に、やると思ったの」
セツカは俯きながら、呟くように言う。
「ずっと前にイクティノさんと、ミアさんがやってたのを見て……それで……」
リッカも俯きながら、ぼそぼそと答える。
その二人は、ネーネ族で結婚した最後の二人だ。
ネーネ族の男性はかなり前に、全員がいなくなってしまっている。
それ以降、結婚式は行われていない。
二人は幼い頃に見た、その儀式が結婚式であると分かっていないままだったのだろう。
そして考えを改める機会も与えられていなかった。
「何故我らのアヤメ様が婚約を」「どういう事だ」「ちょっと押さないで」「何をやっている。何の騒ぎだ」
周りに兵士達が殺到している。
騒ぎはあっという間に、会場全体に広まっていた。
パークスの意思表明どころではない。
それより重大な事件が発覚したのだ。
「それから……みなさまには、今後とも……みなさま、どうかしましたか?」
異様な雰囲気に包まれだした会場。
パークスは挨拶を中断する。
「なんだと? おい――ちょっと待て。そんな話は聞いていないぞ」
壇上にいたレガリアが深刻な顔をする。
話を聞いた第一騎士団の団員が、レガリアに報告しに来たのだ。
「レガリア兄さん、どうしたんですか」
「いや、アヤメ様が婚約していると――本当なのかそれは!? 確かな情報か!?」
さすがにレガリアも現実を受け入れられていない。
まさかあんな幼女が、隙を見て亜人種の幼女――しかも二人と婚約しているとは思ってもいなかった。
さすがに常識外れすぎる。
正気の沙汰ではない。
「もう一度確認を――いや、直接、私が確認する!」
レガリアは慌てて壇上を降り、アヤメのいる方へと走っていってしまう。
「兄者! 待ってくれ! 何が起きたのだ!」
ジオもレガリアの後を追っていってしまう。
「あっ……ええ……?」
壇上には一人、パークスだけが取り残された。
「本当なのですか!」「セツカとリッカが、アヤメ様と婚礼の儀を行ったんですって」「許されるのかこんな事が」「有りだな」「祝っていいのか、これは!?」「どうすればいいのだ」「つらい」「そんな事が可能なのか! どうやればアヤメ様と婚約できる!?」
会場は蜂の巣をつついたような騒ぎに見舞われていた。
なだめてどうにかなるような状況ではない。
「あの」
「……何でしょうか」
ミョルドが無言でアヤメを見る。
その目には諦めの念がこめられていた。
おかしいと気づくべきであった。
普通に考えれば『重すぎた』のだ。
自分の指先を切り、相手と血を混ぜて行う約束など尋常ではない。
そんな行為、現代で考えるとすれば――。
『血判状』
強固な誓いを籠め、自らの血によって意思を形にする。
それと似たような行為ではなかったか。
「わたしはどうなったの?」
「結論から言うと、ネーネ族のセツカとリッカは、アヤメ様と結婚しています」
ミョルドのはっきりとした声で、会場がしん、と静まり返る。
アヤメが結婚した。
幼女と幼女と幼女が結婚した。
皇帝が亜人種の双子と結婚した。
『閃皇 デルフィオス・アルトナ』が『木神 アズライト・オブ・イモータリティ』の子である『現神触 双子』と結婚をした。
「そうか!! よし!! 乾杯!!!!」
ミーミルはヤケクソで叫ぶと酒を飲み始めた。
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