第20話 亜人種との共闘

「ひぃー!!」


 それが全てシドだと気づいたアヤメは悲鳴を上げる。

 ざっと数えてニ十匹以上はいるかもしれない。


 それがこちらへ、真っ直ぐ向かって来ているのだ。


「何故、こんな場所でこんな数のシドが」


 さっき事も無げにシドを倒したイカルガも、焦りの表情を浮かべている。

 確かにシドは群れを作って行動するが、こんな森の浅い所で群れを成す事は稀だった。


「に、逃げた方がいいんじゃ」

「駄目よ。倒さなくては」


 ニニャの言葉にミョルドは首を振る。


 木霊触で木の上に上がれば、シドは追って来れない。

 一応シドは木にも登れるが、そのスピードはゆっくりとしたものだ。

 余裕で振り切れるだろう。


 だが片手が木霊触で埋まる以上、三人で抱えられるのは三人だけとなる。

 仮にアヤメ、ミーミル、パークスを助ければ、残りは全て見捨てる事になってしまう。

 

 それは出来ない。

 

「アベルさんは、戦闘は得意ですか」

「得意と言えば得意ですが、シド戦の経験値は高くありません」

「では私達が囮になります。シドは火に弱いので、火系の法術で援護を」


 そう言うとミョルドは腰につけていた剣を抜く。

 イカルガも収納していた槍を伸ばす。


「ニニャ、いける?」

「っ、こ、怖いけど頑張る」


 ニニャは腰に下げていた鋼鉄製の手甲を装備する。


 

 やはり誰よりも早く突っ込んだのはイカルガだった。


 羽ばたきながらシドの群れへ跳ぶ。

 流れるような動きで槍をシドに向かって投擲した。


 それはシドの分厚い装甲の隙間を通し、シドの息の根を止める。


 

 ――思わず見とれてしまうような美しい狩りだった。



 だが今度は一匹を倒して終わりではない。

 宙にいるイカルガに向かって、周囲のシドが口を開いた。

 

 ビュッ!


 茶色の液体が、水鉄砲のように鋭く発射される。


 イカルガめがけて四方からの酸攻撃。

 普通に考えれば逃げ場など無かった。


木霊触アルファロ・ライン


 イカルガの手から緑色をした透明の触手が木に伸びる。

 まるでトリモチのように木に触手はくっつくと、空中にいたイカルガを引っ張る。


 そのスピードは恐るべき速度であった。

 空中で直角に曲がったイカルガは、弾丸のように木の枝へと着地する。


 さらにもう一方の手で触手を飛ばす。

 それはシドの死骸に突き刺さった槍に粘着すると、瞬時に巻き戻った。


 手に槍を取り戻したイカルガは木を蹴る。


 次のシドを葬る為に。


「すげぇ」


 ミーミルは木と木霊触を使った三次元戦闘に目を丸くする。

 同様にシド達の目もイカルガに注目していた。


 だから地面を蹴ったミョルドには誰も気づかなかった。


 目にも止まらぬスピードでシドに肉薄したミョルドを、ちゃんと視界に捉えられたのは、アヤメとミーミルだけであった。

 ミョルドの剣では、シドの中枢まで刃が届かない。

 しかしイカルガに注目していたシドの一匹がバランスをいきなり崩し、地面に倒れ伏す。


 シドの足を切断したのだ。

 シドの身体を支える足は細く、関節部分なら楽に切断できた。


 もちろん動き回っていなければの話だ。

 シドより遥かに早いスピードで動けるミョルドでなければ成し得ない芸当であった。


 その倒れて動きを止めたシドにニニャが近づく。


「えい!」



 ボゴォッ!


 鈍い音がしてシドの身体がひしゃげ、バラバラに吹き飛ぶ。


 ニニャの種族は、亜人種の中で最も力強い種族であった。

 さらに男性より女性の方が、体格は大きくなる傾向にある。


 その筋力は金属製の剣を、爪楊枝の如くへし折れる程であった。

 そんな筋力の持ち主が金属製の手甲をつけて攻撃するのだ。

 

 小細工は要らなかった。


 ――ただ殴る。


 それだけで、シドは粉々になった。


「つ……強すぎる」


 アベルは三人の戦いに唖然としていた。

 このシドという魔物は、通常ならば数人がかりでやっと倒せるような魔物だ。

 それを、たった三人で次々と倒していく。


「アベル様、パークス様、援護をしましょう!」


 パークスの部下達が二人に声をかける。

 確かに三人はとても強いが、あの数を相手にするのは骨だろう。

 出来る限りサポートしなければ。


「全員、火系法術の準備を! 群れから浮いたシドを各個撃破する!」


 所詮、相手は虫だ。

 攪乱すれば撹乱する程に、群れはバラバラになっていく。

 事実、三人が戦ってくれたおかげで、群れの動きは統制が取れたものではなくなっていた。


 アベルとパークス、三人の部下は剣を抜き、法術を発動させる。


雷霊障壁トーニト・リフレクト雷霊瞬光トーニト・ラッシュ火王剣フラーム・ブレード!」


 アベルは三種の法術を多重発動させた。

 アベルの剣は赤く光り輝き、体を紫電が迸る。


 アベルは群れから浮いたシドに向かって疾走する。

 法術で強化されたアベルの動きは人の限界を遥かに超えていた。


 シドの腹に向かって剣を振り下ろす。


 火王剣でブーストされた刀身は、シドの甲殻を斬り裂き、さらに追加発動した爆発が、甲殻で護られていた内部を吹き飛ばす。


『ギィッ』


 だが、そう簡単にシドは倒れない。

 腹部を吹き飛ばした所で、すぐに死ぬような生物ではないのだ。


 シドはアベルに向かって向き直る。


「うおおおお! 火霊剣フゥ・ブレード!」


 仕留めそこなっている、と直感したパークスの部下の一人が、さらにシドに追撃をかける。

 狙ったのは、ミョルドがやっていたように足であった。

 

 だが――。


 硬い音がして、剣が弾かれる。

 炎を纏った部下の剣は、シドの足を傷つけはしたものの、切断までには至らなかった。


「くそっ! 硬い!」


 やはり関節を狙わなければ。

 そう思ったパークスの部下へ、別のシドの顔が向いた。


 口を開く。

 牙が届くような距離ではない。



 つまり――。


 

「まずい!」


 それに気づいたミーミルが、狙われている兵士に向かって走った。

 シドの口から酸が放出されたのは、それとほぼ同時。

 だがミーミルの足はシドの酸より速かった。


 兵士をどん、と突き飛ばすミーミル。


 そのミーミルに、シドの酸が直撃した。


 じゅおっと、厭な音がして白煙が上がる。


「ぎにゃっ!」

「ミーミル!!!!」


 酸を浴びたミーミルを見てアヤメが叫ぶ。

 

「貴様! よくも――!」


 激高した兵士の一人が、酸を吐いたシドに向かって剣を振り下ろす。

 だが怒りで狙いが定まっていない。


「駄目だ! 関節や隙間を狙わなくては!」


 パークスの制止も空しく、兵士はシドの分厚い甲殻部分に剣を振り下ろす。




 シドは真っ二つになった。




「えっ?」


 斬り付けた本人が一番、驚いていた。

 何の抵抗もなく、刀身がシドの身体を「するり」と抜けたのだ。


 胴を寸断され上半身と下半身に断たれたシドは、地面に転がり、もがいていた。


「な、何だ。何が起きた」


 法術のせいではない。

 さっき同じ法術で斬りかかった兵士が、細い足を切断できなかったのである。


 そしてアベルが使った上位法術の火王剣ですら、胴を分断するには至らなかった。

 さらにパークスの部下が、アベルより剣技に秀でている訳でも無い。


 それなのに、この現象。


 考えられる事は一つだけだった。


「こ、これはきっと神器の力! アヤメ様のご加護!」


 そう言って兵士はブラストソードを掲げる。

 


 

 アヤメとミーミルはステータスについて無頓着であった。

 もちろんゲームをしていた時は気にしていたのだが、この世界に来てからは余り気にしていなかったのだ。


 何故なら二人にとって、この世界は紛れもなく現実であり、ゲームではなかったから。


 だがもし、アヤメとミーミルがもう少しステータスについて気にしていれば、アヤメがあの時――。

 あのランプ屋で何をしでかたのか、正しく把握していたであろう。

 

 この世界で一般的に使用されている軍用剣のレフナイトソード。

 その攻撃値は数値にした場合、精度のバラツキを加味すると87~102前後であった。

 

 それに対しアヤメが何となく配ったブラストソード。

 ゲーム世界では、ただの分解素材であり、アヤメのレベルでは何の役に立たない武器。

 

 だがそのゲーム内攻撃値は、実に850。


 レフナイト製装備の十倍近い性能を誇っていたのだ。

 正しく神器と呼ぶに相応しい装備だったのである。


 

 通常ならば国宝として扱われてもおかしくない奇跡の武器。

 それをアヤメは適当に、その辺の一般兵に四本もバラ撒いたのだった。

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