第一集 後編 この世の終わり

「きいゃああああ!!」

「アヤメ!?」


 ミーミルは慌てて茂みを探す。

 だが茂みの中にアヤメはいなかった。


 どこに――。


 と思ったミーミルの目に、驚くべき光景が映った。


 植物が動いている。

 おじぎそうのような生半可な動きではない。

 球根から長い蔦を何本も生やした植物が、アヤメの足を絡めとり、宙へ釣り上げていた。

 何だかネバネバする粘液を出している気持ちの悪い植物であった。


 幸いにもトイレする前だったようだ。

 あられもない姿でもないし、辺りを汚している悲惨な状況ではない。

 

「大変だ! アヤメが何だかよく分からない触手生物に襲われてる!」


 トトラクとカナビスに声をかけてから、即座に魔人剣を抜くミーミル。


「魔人衝撃波!」


 ミーミルは剣風でアヤメを捕まえていた触手生物をバラバラにする。


「ああああふぐっ」

 

 ミーミルが触手をバラバラにしたせいでアヤメは触手の粘液を全身に浴びる。

 地面に落下し、くぐもった声を漏らすアヤメ。

 2メートルくらいの高さに釣り上げられていたので、痛みは無かったがさすがに衝撃はあった。

 だがそれより問題だったのは触手の粘液だった。


「うえーネバネバで気持ち悪……生臭い!」

「大丈夫か……生臭い! 近寄るな!」


 悲鳴をあげるアヤメから引くミーミル。


「ミーミルが優しく助けてくれないからこんなことになってしまったのです」

「いやー、触るのがキモくて」


「大丈夫ですか閃皇様! 生臭い!」

「何だこの生臭い触手は!」


 トトラクとカナビスが遅れながら助けに来た。


「どうにかして水浴びをしたいのですが何とかなりませんか。それが出来るなら私は剣皇を奴隷市場に売り渡してても水浴びをします」

「水浴びなら、近場に丁度いい湖があります」

「そこがお勧めです。多分、変な生き物もいませんし」

「行ってきます」


 アヤメは粘液の道を作りながら、湖へと走って行った。


「うわー、まだ動いてる」


 触手生物は粘液をまき散らしながら、ぐねぐねと動いていた。


「これさー、何かに利用できそうじゃない? この動きの激しさは――駄目だ、エロイ事しか思いつかんわ」


 そう言ってトトラクとカナビスに触手を見せる。

 二人はすでにいなかった。




「ううー、気持ち悪い気持ち悪い」


 アヤメは服のまま、湖の中に入る。

 その様子をトトラクとカナビスは見ていた。


「気づいたか?」

「ああ」


 アヤメを襲った触手生物は、実は恐るべき触手生物であった。

 女性を襲うと媚薬効果のある粘液をぶちまける。

 それから女性に種を体内に放出し妊娠させるという、まるでエロい事の為に生まれたような危険生物であった。


「アヤメ様、あの粘液を大量に被ってたよな」

「間違いない。今、アヤメ様は発情中のはずだ」


 あの粘液はどんな女性――たとえ幼女でも陥落させるという恐ろしいものだ。

 地下市場では恐るべき価値がつく、危険薬物として取引されている。


「例えば」

「例える必要あるか?」


 そう、チャンスだ。


 あの触手が与えてくれた、千載一遇のチャンスである。

 いわば神が与えてくれた触手。


 現神触手だ。


 この素晴らしいチャンスを逃す事など出来ない。


「アヤメ様! 大丈夫ですか!」

「お背中をお流しします!」


 二人は粘液を流していたアヤメに近づく。


「んー、大丈夫」

「大丈夫ではないでしょう。変な気分になっているはずです」

「体の芯が火照って仕方ないという事は?」


「ないです」

「馬鹿な」

「あり得ん」


「二人ともどうしたの?」

「効きが悪いのかもしれない」

「アヤメ様、お背中をお流しします」


「大丈夫だよー」

「大丈夫のはずはないのです!」


 二人は血走った目で湖に入って来る。


「ええ……じゃあ背中部分を……」


 二人の異様な気迫に押され、とりあえず洗いにくい背中を洗ってもらう事にした。


「お任せ下さい!」


 トトラクとカナビスは、アヤメの背に回る。


 アヤメの服は水で透けていた。

 アヤメの日焼けしたような小麦色の肌が、透けて見える。

 

 そして下に目をやると――。


 ――下着のラインが薄っすらと浮かび上がっている。


 神が無防備に背中を晒し。

 柔肌に触れるのを待ってくれている。

 この状況。


 その光景は二人が歩んできた人生において、最も扇情的な光景であった。

 うっかりすると理性を無くしそうだ。

 だが神に理性を無くして襲い掛かるなど、獣と変わらない。

 それだけは信者としての矜持が許さない。

 何より恐らく殺される。

 二人は何とか理性で自分を押しとどめる。


「では――いきますよ」


 二人は緊張すらしながら、アヤメの背を水で優しく撫でる。

 恋人にするように、優しく、優しく。

 それでいて、しっかりと肌に触れ、粘液を擦り込むように。

 そんな二人の手には、アヤメの体温がジワリと伝わっていた。


「どうですか?」

「うん……流れてるかな」


「どうですか?」

「うん、ありがとう……」


「どうですか?」

「どうですかって聞きすぎじゃない?」


「何か、こう――湧き上がる熱い気持ちはありませんか」

「感謝の念しか沸かないけど……」


 カナビスは真剣な顔で呟く。


「下の方も洗った方がいいかもしれない」

「下の方か」

「どこまで下だ? 直か?」

「直はさすがに問題なので、周りだな」


「二人とも目がなんかヤバくない?」

「そんな事より太ももに疲れは溜まっていませんか?」

「腰が痛いとかありませんか」

「全然ないです……」


 この体になってから、常に絶好調だ。


「そんなはずはありません。今日はもう20キロを歩いているのです。疲れないはずがありません」

「疲れてないんだけど」

「失礼しますね!」


 カナビスはアヤメの太ももをぐにぐにと揉み始める。


「腰を押します!」


 トトラクはアヤメの腰回りを揉み始めた。


「これ水中でやらないと駄目なの?」


 二人に素朴な疑問を投げかけた時だった。 


「アヤメー! この触手! 何かに使えそうじゃねー!」


 一人放置されていたミーミルが走って来た。

 手にはさっきの触手を握りしめている。


「うへぇ、気持ち悪い」


 ぐねぐね動く触手を持って走るミーミルは素直な気持ちで気持ち悪かった。


「何か考えてくれ! 頼むわ!」


 ミーミルは何故か触手をアヤメに投げる。


「汚い! あいつ頭おかしい!」


 アヤメは飛んで来た触手を叩いた。


 その一撃で、触手は砕け散る。

 触手の粘液が、アヤメだけでなくカナビスとトトラクにも降り注ぐ。


「うぇえ、思ったより柔らかかった」

「本当に柔らかい」




 いきなりカナビスがアヤメの太ももを舐める。




「それにいい香りだ」




 アヤメのお腹に顔を押し付け、臭いをかぐトトラク。




「ひぅ!?」


 二人の目は濁っていた。

 さっきかぶった触手の粘液のせいである。

 実は粘液は男女関係なく効く。


 というか少し前からアヤメの身体から水に溶け出していた粘液にやられていたのだ。


「もう我慢できません」

「不可能です」


 いきなりカナビスとトトラクはズボンを脱ぐ。


 ぶるんっと、飛び出した二人の二人は完全に天を仰いでいた。


 そして二人はアヤメに抱きつく。

 アヤメの胸と背に固く熱いモノがダブルで押し付けられる。


「ぎゃー! ぎぃやー! ぎゃあー! ぎぃやぁーー!」


 アヤメがこの世の終わりかのように叫ぶ。

 いや、この世の終わりであった。


「今だ! 口に! 口にねじこめ!」

「いいのか! ねじこんで! まあいいか!」

「アヤメがかなり危ない! 多分、現神触に襲われた時より! これはシールドラッシュ!」


 三人は吹っ飛んだ。





 

「正気ではなかったと」

「はい」

「はい」


 アヤメはカナビスとトトラクをロープで縛り、吊り下げながら尋問する。


「触手には媚薬効果がありまして」

「すべてそのせいです。触手が全ての原因です」

「まあ、何か様子がおかしいと思ったけど……」


「全てその気持ちの悪い触手のせいです。本当に気持ち悪い。ほんッとうに気持ち悪い」

「まさに世界の悪です。邪神が遣わせたのでしょう。国を挙げて滅ぼすべきです」

「そこまで言わなくても」


「所でお手洗いは大丈夫なのですか」

「もう終わりましたか?」

「引っ込んだ……もう帰ってからやります」


 カナビスとトトラクはこの世の終わりのような悲しい表情を浮かべていた。

 


「もがーもがー」


 ミーミルもロープで釣られている。

 口には触手が突っ込まれていた。


 尋問に使えそうだなぁ。



 アヤメは涙目のミーミルを見ながら、そう思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る