第69話 これからの事

 それから数十分後。

 

 パークスへの賛辞が落ち着いてきた所で、今後の事を話し合う事となった。

 

「ネーネ族の人達は、どうするの?」


 アヤメはミョルドに聞く。

 それが一番の問題だった。

 

 神護者の攻撃によって村は跡形もなく吹き飛んでしまった。

 家財道具も何もかもが失ってしまっている。

 今日、寝る場所にも事欠く状況だ。

 

「そうですね……とりあえず簡単に家を作ります。枝と葉で作る家ですが、今日は過ごせるでしょう」

「ごめんね……残っていたものがあったのに、全部こわしちゃって」


 仕方ないとはいえ、アヤメの転瞬楽土がトドメだったのは間違いない。

 あれで使えそうな瓦礫すら消滅した。

 

「私達の部隊を家の制作に当たらせましょう。ネーネ族の方が指揮をとって下さい。家の制作は、兵士の得意分野ではありませんから」

「ありがとうございます」


 ミョルドはレガリアに礼を言う。


「食料も必要だが……」


 そう呟くイカルガは、難しそうな表情をしている。


「イカルガさん、何か問題でも?」

「大きな音を立て過ぎた。恐らく獲物は遠く離れてしまっているか、隠れているだろう。今からの狩りは非常に難しい」

「なるほど……」


 食料も丸ごと吹き飛んでいるので、今から集めるしかない。

 兵士が持っている携帯食料だけでは、ネーネ族の分には足りないだろう。


 時間が無かった為に、スピード重視で進軍してきたのが仇となった。

 装備は最低限の物しか無い。


「いっそ街から食料を運ぶか」


 ジェイドタウンから現神の森までは、馬で一時間から二時間ほどだ。

 日が暮れるまでには間に合うだろう。


 

「なあ」



 ミーミルが考え込むレガリアに話しかけた。


「何でしょう。ミーミル様」

「ネーネ族の人達をジェイドタウンに招待したらどうだ」


 ミーミルがとんでもない事を言いだした。


「そ――それ、は」


 レガリアは目の前に亜人種がいる故、言い淀む。


 亜人種は南部領では非常に嫌われている。

 ジェイドタウンに連れていけば、どんな騒ぎになるか。

 

「悪い亜人種はいなくなって、良い亜人種しかいなくなった。そう伝えればいいだろ」

 

 確かにその通りだ。


 しかしラライヤ調査隊捕食事件は、人々に色濃く影を落としている。

 そう簡単に意識を変えられるものではない。


「パークスが」

「私が!?」

 

 パークスが目を見開く。

 いきなりの無茶振りであった。

 

「新当主としての第一の仕事だな!」


 ミーミルはぽん、と軽くパークスの肩を叩く。


「いきなり荷が重すぎます!」

 

 ミーミルの軽くは、パークスにとっては恐るべき重さであった。


「ていうかよく考えたら、パークスが一番の適任じゃないか? パークスは小さい頃から亜人種との付き合いが長かったんだろ。だったらパークスが一番、亜人種の事を分かってるじゃないか」

 

 ド正論である。

 こういう所がミーミルの凄い所であり、恐ろしい所なのだ、とパークスは気づき始めた。

 

「しかしジェイドタウンに……ですか」


 さすがにレガリアも難色を示す。


 亜人種達を、いずれ街に招き入れようと計画はしていた。

 しかしそれは、今日明日の話ではない。

 まずは交易から始め、少しずつ民に慣れて貰うつもりだったのだが……。


「さすがに時期尚早かと」

「じゃあ、とりあえず変装してパークスの家に連れて行こう。あそこなら広いし、、周りの目も届き辛いから、大丈夫だろ」

「う、ううむ……」


 確かに表にさえ出さなければ大丈夫だと思うが――。

 

 レガリアはイカルガの羽を見る。


 隠せるのか?

 これが。


「いけるいける。だって私も亜人種だし」


 ミーミルは特に根拠なく言った。


「しかし……」

「皇帝が亜人種なら、文句いう奴もいないだろ」

 

 さっき皇帝ではない設定になったはずなのだが。

 いきなり設定を忘れているミーミルにレガリアは困った表情をする。


「これからが大変だよね……」


 困っているレガリアを見て、アヤメは可哀想に思った。


 このミーミルの『いきなり設定忘れ』はアヤメも何度か通った道である。

 しかも、よく言い聞かせた所で全く意味がない辺りが強烈だ。


「よし! という事でネーネ族の皆にフードを被せて、ジェイドタウンに連れて行こう!」

「あの、ミーミル様」


「パークス。頼んだぞ」

「ぎょ、御意」


 進言の暇すら無い。


 頼まれれば、パークスは頷くしか無かった。

 皇帝の剣となった自分には、皇帝の命は絶対――。


 いや、皇帝ではないのか。

 

 パークスはそう思い直す。

 そして思い直して気づいた。



 

 ――となると皇帝の剣である栄誉は?



 

 皇帝の剣という栄誉自体がひっくり返されて、消滅しているのではないか。

 あっても困るモノだったが、無くなってしまえば、それはそれで悲しい。


 この場合、一体どうなってしまうのだろう……。

 

 パークスは複雑な気分で一杯であった。

 

「ジェイドタウンに行けるなんて」

「ずっと憧れてました!」


 一方でミョルドとニニャはとても嬉しそうにしている。

 他のネーネ族の皆も、表情は明るい。


 パークスからジェイドタウンの事は聞いていただろう。

 だが実際に行くのは初めてのはずだ。

 そもそも森から出る事自体が、初めての事だろう。


「じゃあ今日は宴会だな! 疲れたのをフッ飛ばすくらい飲むぞー!」


 ミーミルの言葉にアヤメが眉間に皺を寄せる。

 嫌な予感しかしない。


「ミーミル、あんまりハメを外さないようにね?」

「レガリアの部隊も、ジオの部隊も、パークスの部隊も、全員でいこう!」


 アヤメの言葉は完全に無視された。



「全員――ですか!? それは……私は大丈夫ですが……」



 パークスはミーミルの提案に衝撃を受ける。



 レガリアが率いる第一ジェイド騎士団、そしてジオ率いる第二ジェイド騎士団。

 そしてパークスが率いる第三ジェイド騎士団。


 実は騎士団同士が共に親交を深めるイベント事をした事はない。

 合同訓練は何度もあったし、団員同士の個人的な付き合いはあったが、そこまでだ。



 パークスはマキシウスを見る。


 親交を必要以上に深めようとしないのは、父親の方針であった。

 第一、第二、第三騎士団は同じジェイド家が擁する騎士団だったが、同時にライバルなのだ。


 マキシウスは馴れ合う間柄になるのを良しとしなかったのである。

 お互いに絶えず研鑽する緊張感を持った軍を求めていた。


 

「……」



 マキシウスを見たのはパークスだけではない。

 レガリアとジオも。

 そして兵士達も、マキシウスを見る。


 パークスが受け入れようとしている提案は、完全にマキシウスの育成方針と異なる。

 この提案が通るとするならば、それは一つの時代が終わる事を意味した。


 パークスは固唾を飲んで、マキシウスの返事を待つ。


 

「――儂の事は気にせずともよい」



 マキシウスは少し寂しげな表情をしながらも、パークスに向かって頷く。


 それはジェイド騎士団が新たな体制に変わった事が、はっきりと示された瞬間であった。

 






「ジェイドタウンってどんな所?」

「どんな所?」

「うーん、私もあんまり回れてないんだよね」


 アヤメは右手をセツカ、左手をリッカに握られながら答えた。


 結局の所、ミーミルの案が採用された。

 今からネーネ族全員をジェイドタウンに連れていく事になる。


 全く、とんでもない話になったものだ。


 今はネーネ族につける護衛部隊を編成している所である。

 ミーミルとアヤメには関係ないので、二人は離れた場所で暇をしていた。 



「じゃあ一緒に見て回りたい!」

「わたしも!」

「じゃあ一緒に、また観光してみよっか」


 二人だけだと不安だが、一緒なら大丈夫だろう。

 どうせ自分が外に出るとなれば、兵士も大量についてくるだろうし。


「やったー!」


 セツカとリッカはアヤメの手を嬉しそうにブンブンと振り回した。

 アヤメも笑いながら手を一緒に振る。


 

「ヤベーな。こうして見ると幼女三人がじゃれてるようにしか見えん」



 ミーミルが顔をしかめながらアヤメに話しかけてくる。


 同時にセツカとリッカは、アヤメの後ろに隠れてしまう。

 まだ恐れられているのか……とミーミルは悲し気だった。


「アヤメ、何だか本当に幼女っぽいぞ」

「わたし幼女なので」


「……おい、大丈夫か」


 余りにさらっと答えたアヤメに不安を覚えるミーミル。


「うん。大丈夫だよ」

「何かちょっと、下に行ってから雰囲気が変わったぞ」


 上手く言えないが、幼女っぽさが進化している気がした。

 一言で言うと、遠慮が無くなった気がする。


 今まではどこか、幼女らしさを演じる事に男としての気恥ずかしさが入っていた。

 それが今は感じられない。



 

 一番、そう思ったのはさっきの「でも嫌だもん!」だった。



 

 あれはアヤメの心の底からの叫びだったと思う。

 いわば魂の叫びだ。

 

 それが完全に幼女仕様だった。

 

 つまり、それはアヤメの中で決定的な違いが生まれている事になる。



 アヤメはミーミルの問いに、少しの間だけ思案してから、ぽつりぽつりと答え始めた。



「現神に会った時にね」

「うむ」


「言われたんだ。今の自分をただ、受け入れていけばよいって」

「それは……見た目と同じになるつもりって事なのか」


「そうするつもりがなくても、自然とそうなると思う。だって見た目がそうなんだから」

「……」


「きっと同じなんだよ」

「何が?」


「子供の頃は自分の事を僕って言うし、大人になったら、俺って言う。お年寄りになったら、儂って言う。それと結局の所、同じなんだ」

「外見が変わったら、自分も変わるって言いたいのか」


「変わらないのも自分だし、変わっていくのも自分なんだと思う」

「俺は――そんなの分かんねーし」



 ミーミルはそう言って頬を膨らませ、口を尖らせる。


 そんな風に拗ねているミーミルを可愛い――。


 確かに可愛いとアヤメは思ったのだ。


 男だった時に、ミーミルはこんな風に可愛く口を尖らせるような事をした事があっただろうか?

 もちろん、した事などない。


 それはつまり――。


 

「うーん。ミーミルだって、自分で気づいていないだけだと思うけど」

「はー?」



「じゃあ、簡単に気づかせてあげる」


 

 アヤメは、そう言うとミーミルに一歩、近づく。




 

 そしていきなり、ミーミルの豊満な胸を指で突っついた。




 

 ぽよん、と揺れる胸。

 と同時にミーミルの顔が、ぼんっ、と赤くなった。



「――ッ!? な、何をする変態! 幼女だからって許される事と許されない事があるからな!」


 

 ミーミルはアヤメから後ずさりながら、胸を手で防御する。



 

「ほら」




 アヤメはそう言って笑う。


「――え?」

「男だったら絶対、しない反応だし」



「…………!? こ、こ、これは違う!」


 ミーミルは慌てて防御を解く。


「そのいきなり触るなんてびっくりして……いや、違う! 何を言ってるんだ俺は! 男なら胸をつつかれて、びっくりなんかしないはずだ! あれ? 男でもビックリするか?」


 男としての反応は何が正しかったのか。

 それが分からなくなった。


 その結果、ミーミルは胸を張り、こう言った。



「な、なら! さ、さ、触っても構わん。思う存分、揉めばよいだろう!」


 

 ミーミルは目を閉じながら胸を突き出す。


 アヤメはその様子に思わず吹き出してしまう。

 よりによって目を閉じながらなんて。


 アヤメにはミーミルが、『胸を触られる程度で恥ずかしがっているのを悟られたくない乙女』しか見えなかった。




(じゃあ、とりあえずオッパイ揉んでみるか?)

(なるほど。何かいい考えが思い浮かぶかもしれない)


 

 

 ここに来て間もない時は、そんな感じのやり取りをしていたはずだ。

 あれから、それほど時間は経っていない。



 なのに今では、まるで遠い昔のように思えた。





―――――――




いつの間にか連載一周年が過ぎていました。

これからもよろしくお願いします。

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