第28話 猫がうろつく
「どうしてこうなった~。どうしてこうなった~」
明るいテンポで呪詛のように呟きながら、ミーミルは廊下を歩く。
目的地は南城――騎士団の駐屯地である。
破壊してしまった城壁の修理に何か手を出せないかと思っての行動である。
もちろん日曜大工くらいならできるが、城壁の修理などやった事はない。
しかし自分でやってしまった以上、何かしらの責任を取らないと気持ち悪かった。
会社で「お前の失敗はお前が責任を取れよ。俺は知らん」と上司に言われ続けていたせいもある。
しばらく歩くと、南城に到着した。
昨日は閉じていた門は全開にされており、外から中の様子が見える。
中庭では瓦礫の撤去作業が続いていた。
何百人もの兵士達が転がっている岩を荷車に積み込んだり、壊れた練習器具の廃材を捨てている。
綺麗に穴の空いた城壁には木材の足場が、少しずつ組まれつつあった。
「よいしょー」「おらー力入れろー」「よいしょー」
思っていたより工事の規模が大きく、門の前で立ち竦んだまま、中に入れないミーミル。
すぐ横を兵士達が荷車を押しながら通り過ぎ去っていく。
兵士達のうなじには玉の汗が浮かんでいた。
心臓が痛い。
「やっぱ帰ろう」
「剣皇――様?」
背中を向けたミーミルに兵士の一人が声をかけてきた。
「!」
驚きながら振り向くと昨日、闘技場で戦った兵士――アベル隊長が立っていた。
「どうされたのです?」
「あわわ」
「もしかして視察でしょうか? 兵達も喜びます」
「し、しさつ?」
「皇帝が見に来られる予定は無かったので、準備も何もできておりませんが――オルデミア団長は不在ですので、僭越ながら私が案内させて頂きます。どうぞ」
「どうも」
頭が真っ白になっていた為に、逃げる口実が何一つ思いつかなかったミーミルは、借りてきた猫のように、大人しくアベルの後について行った。
「っと――少し失礼します」
アベルは一人の兵士を見つけると、近くへと走って行った。
「あんまり一度に運ぼうとするなよ! 後でバテるぞ!」
「すまん、ヴァラク」
「ん? なんだ?」
部下に命令を飛ばしていたヴァラクは、額の汗を拭きながらアベルに向き直った。
「少し席を外す。東の方も見てくれ」
「何か用事――」
ヴァラクはミーミルの姿を見つける。
「あー、分かった。あんまり長く離れられると大変だから……って無理か。なるべく早くな?」
「善処するよ」
「剣皇様がお待ちだ。首を刎ねられる前に行ってこい」
「すまない。後は頼む」
そう言ってアベルはミーミルの元へと走って戻って来た。
「お待たせしました。行きましょう」
「視察――止めた方がいいかな。忙しそうだし」
俺のせいで、とミーミルは小声でぼそぼそと呟く。
ヴァラクとアベルの会話は、普通では絶対聞こえないような距離での囁き声だったが、ミーミルにはばっちり聞こえていた。
「そんな事はありません。剣皇様が復活されて、兵士達の士気も大幅に向上しております。視察して頂ければ、更なる励みになるでしょう」
「そ、そうか……な」
「では、どこから視察されますか?」
「とりあえず壊れた壁の辺りを……」
「分かりました。ではこちらへ」
ミーミルとアベルは破壊された城壁の近くまで行く。
「城壁の周囲は脆くなっておりますので、余り近くには行かないで下さい」
「うん……」
ミーミルは城壁を見上げる。
八~十メートルくらいの高さだろうか。
幅20メートル程に抉られており、残った城壁も亀裂が入っている。
修理にはかなり時間がかかりそうだった。
「形はすぐに修復されると思います。ただ、魔力経路を回復させるのに時間がかかるかもしれません」
「魔力経路って?」
「え?」
「う! ――あー、魔力経路ね。はいはい」
危うく気を抜く所であった。
この城は自分が作ったらしいのだから、構造を知らないのはおかしい。
「魔導技師の話によると、地下の霊石から分岐している魔力経路から魔力を引いてこないといけないようです。剣皇様の一撃で、結線するのが不可能になっているとか……」
「た、大変申し訳ない」
「いえ、こちらの方こそ、剣皇様のお力をお試しするような事をしてしまい、申し訳なく思っております。しかも剣皇様の体に刃を――」
アベルはミーミルに頭を深々と下げる。
「本当に申し訳ありませんでした。命とあらばこの首も捧げるつもりであります」
「いや、そういうのは大丈夫! むしろこっちが壊して申し訳ないので!」
ミーミルも慌てて頭を下げた。
「お、お待ち下さい。頭を下げるなど困りますので!」
アベルはそう言ってミーミルより頭を下げる。
「本当に申し訳ない。本当に! 許して!」
ミーミルは土下座した。
「お顔を! お顔をお上げ下さい! 困ります! 困りますので! そのポーズは何ですか? 見ているだけで大変心苦しいです! お止め下さい!」
二人のやり取りは当然、周囲の兵士達に見られている。
傍目にはアベル隊長が皇帝を地に伏せさせているように見えた。
「とにかく立って下さい! 皇帝が自分の国の物をどうしようが問題はありません! 罪に問われる事はありません! むしろ貴女は法を作る立場の存在なのですから!」
「え? そんなに凄いんだ皇帝って」
ミーミルは土下座したまま、顔だけ上げて返事する。
「剣皇様が存命だった当時の法がどうだったのかまでは伝わっておりませんが、前皇帝はよく法律を作っておりましたよ」
「ああ、例の暴君の事?」
「そっ、その問いには答えられません。とりあえずお立ち下さい。その状態での会話は私には無理です」
ミーミルは土下座をやめると立ち上がった。
「冷や汗が出ました。部下に何と言い訳をすればいいのか」
「そっかぁ……怒られないかぁ」
「怒る者などいませんよ。貴女は伝説の英雄であり、皇帝なのですから」
そう言われても、実際には偽物である。
当のミーミルは心苦しいままであった。
「せめて何か手伝いだけでもしたい」
「手伝い――と言われましても……ううむ」
ミーミルは辺りを見渡すと、一つの岩を見つけた。
巨大な岩で周囲にロープが張り巡らされている。
「あれだけ何でロープで囲ってるんだ?」
「あれは巨大すぎるので、後で粉砕して運ぶのです。術士に破壊して貰う予定ですが、それまで危険なので近づく者がいないようにしています」
「よし……」
ミーミルは岩へと近づく。
インベントリから武器を取り出すイメージを頭に描く。
ミーミルの目の前に薄い緑色の刀身を持つ長剣が、燐光と共に浮かび上がる。
どうなっているのか分からないが便利なものだ。
取り出したのは『レ・ザネ・フォルの枝』という中級者向けの剣である。
リ・バースではレベル50前後でお世話になる。
強化しておけばレベル60――三次転職まで粘れる優秀な武器だ。
ミーミルの場合、転職後も使い続けていた思い出深い武器であった。
ドゥームスレイヤーに転職すると、魔人刀という専用武器を使うようになる。
そして魔人刀でしか、ドゥームスレイヤーの主要スキルは使えない。
ミーミルは転職してすぐの時は、お金が無くて二次職のスキルと、この長剣を使って、戦い続けていたのだ。
少しして魔人刀を手に入れた時の喜びはひとしおであった。
ちなみに先日、闘技場で使ったのは魔人刀でなくても使えるスキルである。
ドゥームスレイヤー実装後に、しばらくしてアップデートで追加されたスキルだ。
『転職しても魔人刀を用意する金がないと使えない新スキルばっかりで悲しい』というユーザー要望が通り、実装された。
「じゃあその粉砕を私がやるよ」
ミーミルはそう言って剣を構える。
「ほ、本当ですか?」
高さ二メートル、直径四メートルくらいはある岩だ。
破壊するには土属性の法術を使った上で、それなりの手間がかかる予定であった。
だが剣皇の力ならばあるいは――。
期待しながらアベルはミーミルの動きに注目する。
ミーミルは剣を構えると、スキルを発動させた。
「クロスブレード」
二次転職でナイトが覚える基本攻撃スキル。
射程10・消費MP21・威力514。
敵単体を十字に斬り裂く連撃である。
巨大な岩は一瞬で四つに分割されていた。
「うん……これくらいのスキルなら常識の範囲内だな……」
「お、お見事です」
アベルは驚くべき剣術に思わず拍手をしていた。
――――――――――――
『クロスブレード』
スキル分類 騎士スキル
消費MP 21
効果範囲 10
威力 514
クールタイム 6
効果 敵単体を十字に斬り裂く連撃。
備考 十字型に剣気が炸裂する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます