第17話 会食

 やっぱり先に逃げておけば良かった。


 と食堂についた二人は思った。

 食堂に到着した二人を待っていたのは皇帝ミゥン。

 そして四人の貴族頭首であった。


 食堂へのドアを開いた瞬間『これは面倒くさいイベント!』と思ったが後の祭りである。


「お初にお目にかかります。私はイゾルデ・パルパルです。北部帝国領を管理させて頂いております」


 そう言って首を垂れる中年男性は、白髪混じりの黒髪をオールバックにした、スマートな髭の紳士であった。

 パルパルとかいう可愛い苗字が余り似合っていない。


「ワシは南部帝国領を統括しているマキシウス・ジェイドです。以後、お見知りおきを。閃皇様、剣皇様」


 そう言って笑う中年男性はかなり太っていた。

 頭はツルツルに剃り上げられている。

 何気に四人の中で最も身長が高く、体も大きいので威圧感がかなりある。

 まげのないお相撲さん、といった風体だ。


「私は西を拝領しているシグルド・ミトネーブルです。剣皇様、会えて光栄です」


 先に挨拶してきた二人に比べると、かなり若い男性だった。

 少し長めの金髪、そして凛とした表情でミーミルを見据えている。

 かなりの美青年だ。

 身長はそう高くはないが、鍛えられ血管の浮いた二の腕に目が行く。

 顔に似合わず、体は相当に鍛えられているのだと一目で分かる。


「東部帝国領を管理しているノアトピア・ソルと申します。お二人とも伝承より可愛らしい方ですのね」


 紅一点、煌びやかなドレスに身を纏った女性がお辞儀をする。

 とても綺麗な女性だった。

 ピンク色のふわふわとした長い髪の毛が印象的だ。

 物腰も柔らかで、他の貴族とは少し毛色が違っている。

 四貴族の挨拶が終わったので、今度はアヤメとミーミルが挨拶する。


「閃皇デルフィオス・アルトナです。よろしくお願いします」


 とりあえずアヤメは深々と礼をした。


「貴女が閃皇様ですか。こんなに可愛らしい女性とは思いませんでした」


 イゾルデがアヤメに優しく微笑みかける。


「可愛いなんて、そんな」


 男に可愛いと言われると複雑だなぁ、と思いつつもアヤメは照れながら苦笑する。


「本当に可愛い……うちで飼いたい」


 ノアトピアが誰にも聞こえないような小声で呟いたのを、ミーミルだけは聞き逃さなかった。


「剣皇マグヌス・アルトナです。よろしくお願いします」


 ミーミルもアヤメと同じように礼をする。


「こちらが剣皇様ですか。すでに話は聞いております。不落の中央城壁を落としたとか」


 マキシウスが深々と頭を下げながら、


「あ、あああ、あれは何というか大失敗でして、手が滑ったというか、気合が入り過ぎたというか……」


 ミーミルが冷や汗を浮かべながら弁解になっていない弁解を繰り広げる。


「剣皇……やりたい」


 シグルドが誰にも聞こえないような小声で呟いたのを、アヤメだけは聞き逃さなかった。

 こりゃ一筋縄ではいかねぇ――という思いを二人が固めた辺りで、ミゥンが声を上げた。


「ではみなさん、挨拶も終わったようなのでお食事にしましょう」


 皇帝の言葉で、全員が同時に席につく。

 それにアヤメとミーミルも続いた。


 机の上にはナイフが二本、フォークが一本おいてある。

 そして濁った茶色い液体の入った椀。

 そして白い布と、青色の布。


 ――いかん。



 テーブルマナーのお出ましだ!



 ミーミルも気づいたようで、顔色がやや悪くなっていた。

 とりあえず誰かの真似をするしかない。

 右習えをしていればフィンガーボウルの水を飲む、なんて事態だけは防げるはずである。

 アヤメは横目で、ちらちらとノアトピアの様子を伺う。


 ノアトピアは一つの椀を持つと、椀の端を指でつま弾いた。

 すると椀の中がほんのりと光り、ゆったりと湯気を上げ始める。


「??????」


 ミーミルはシグルドの様子を伺っていた。


 シグルドも椀を持つと、椀の端を指でつま弾く。

 すると椀の中に、小さな氷がぷかぷかと浮かび始めた。


「??????」


 手品ではない。

 恐らくこの世界特有の魔法だ。

 この世界で魔法は一般的なのだ。

 器の中の液体を温めたり、冷やす程度の事など造作もない。


 だが――。


 アヤメはこっそり椀の端を指で弾く。

 だが何も起こらなかった。

 弾いた衝撃で何か起きるかと思ったが、そんな甘い事はないらしい。


 魔法が使えない伝説の英雄がいるだろうか?

 絶対にいない。


 いっそ『リ・バース』のスキルを使うべきか?

 アヤメはバード転職前のマジックユーザー時代に覚えたフリージングブラストを使うか悩む。

 だがあれは攻撃魔法で、お茶らしき液体を冷やす為には使うものではない。

 スキルレベル1で放っても、氷柱が出現して大騒ぎになりかねない。

 食事の時間に攻撃魔法をぶっ放す皇帝なんかいるはずがないし。


 アヤメはミーミルに視線を送る。

 するとミーミルは、かっと目を見開くと、そのまま中の液体を飲み干した。


「剣皇様は、はキンコウティーそのまま飲むのか」


 ミーミルの様子を見ていたシグルドが声をかける。


「常温が好きなので」


 アヤメはミーミルの見事な返しに感心した。


「そうなのか。常温だと苦すぎて、私はいつも冷やして飲むのだ。だが常温の苦さが好きな通人もいると聞く」

「この苦さがいい事もあるのです。大人の味なのです」


 ミーミルの眉間には物凄い皺が寄っていた。

 あの様子だと相当に苦いらしい。

 喋りも変だ。

 だがそれ以外に道は無い。

 アヤメも覚悟して、キンコウティーと呼ばれたお茶に口をつける。


「――!!」


 舌が痺れるような強い苦みであった。

 飲み込むと全身の毛が逆立ち、勝手に体が震える。


「にっ!」


 ノアトピアが微笑みながら、自分を見ているのに気づき、アヤメは言葉を飲み込む。

 危うく声が漏れる所だった。


「苦いですか?」

「にがっ……くない」

「ふふっ。強がらなくてもいいのですよ、閃皇様」


 ノアトピアはそう言って、柔らかな笑みを浮かべる。

 アヤメは強がりを見抜かれている事に、心の中で冷や汗を浮かべる。


「だ、大丈夫なので」


 そう言ってキンコウティーをもう一口、含んだ。


「――んぐ」


 激烈に苦い。

 何だこれは。

 こんなのお茶じゃない。

 ただの苦い汁だ。

 アヤメは涙目になりながら、口の中で猛威を振るうお茶を飲み込んだ。


「伝説の英雄様……と聞いて実は内心、緊張していたのですけれど」


 ノアトピアは机に置いてあった容器に手を伸ばし、蓋を開く。


「思っていたより、ずっと可愛らしい皇帝様だったのですね」


 容器の中には、白い粒が入っていた。

 それを一粒つまむと、アヤメのお茶に放り込む。


「?」

「それで飲んでみて下さいな」


 アヤメは首を傾げなら、恐る恐る一口、キンコウティーを口に含む。

 甘い。

 さっきまでの苦さは驚く程に弱まり、代わりにさっきは感じなかった花の香りが口一杯に広がった。

 甘味を足しただけで、ここまで風味が変わるなんて。


「おいしい」


 思わず言葉が口を突いて出る。


「それは良かったですわ。お茶は我慢して飲むものではなく、楽しんで飲むものですから」


 ノアトピアはアヤメが苦いお茶を背伸びして、我慢して飲んだように思っていたのだ。

 実際は魔法が使えないからなのだが。


「えへへ」

 アヤメはノアトピアに向かって、照れ隠しではにかんだ笑みを浮かべる。

 ノアトピアも笑顔を返す。


 だがその目が一切、笑っていないのに気付いているのはミーミルだけであった。



――――――――――――



イゾルデ・パルパル=北部領領主

マキシウス・ジェイド=南部領領主

ノアトピア・ソル=東部領領主

シグルド・ミトネーブル=西部領領主


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