第74話 遅れ過ぎた男
「初めまして」
羽の生えた亜人種がオルデミアに挨拶する。
「私はネーネ族のイカルガという。先日からパークス殿の家に厄介になっている」
「……」
「団長とお聞きした。帝国兵の方々には大変に世話になった。改めて礼を――」
「すまん」
「?」
「少々急ぎの用があって、挨拶はまた次回改めてお願いしたい。アヤメとミーミルはどこにいる?」
「アヤメ様とミーミル様なら、屋敷の中にいるはずだが」
「いったん失礼する」
本当に挨拶どころではない。
オルデミアは屋敷へ向き直った。
一刻も早く、あの二人を見つけて問いたださねばならない。
「どうぞ」
「ご苦労」
そして声が聞こえてきたのはオルデミアが屋敷に向き直るのとほぼ同時だった。
門番が誰かに敬礼をする。
門がぎぎっと、音を立てて開く。
誰かが家に入ってきたようだった。
「おお、オルデミア殿!」
門を通って入ってきた人物――小走りで駆け寄って来たのはレガリアだった。
「戻って来たのか。予定より少し遅かったな」
「ええ……」
「そうだ。時間が無いので簡単にお伝えしておこう」
「何でしょうか」
「ジェイド家はアヤメ様とミーミル様を全力でサポートする。安心してくれ」
「……」
「つまりは、そういう事だ。――おっと。すまんが、少々たてこんでいてな。親父の引継ぎで忙しいのだ。これで失礼する」
「引継ぎ?」
レガリアはそう言うとイカルガへ近づく。
「イカルガ、ちょっと手を貸してくれ」
「手ではなく羽だろう」
「話が早い。急ぎで頼む。会合まで時間が無い」
「私は運搬業者ではないのだがな」
「後で食事を奢ろう」
「酒にも付き合え」
「酒か……ネーネ族は底なしだからな。まあ仕方ない。少しならいいぞ」
「よし」
イカルガはばさり、と羽を広げる。
レガリアはイカルガの手に掴まった。
『木霊触』
イカルガの身体とレガリアの身体に木霊触が巻き付き、固定される。
「すまんな。また訓練は次回だ」
そう言ってイカルガは羽をはためかせる。
イカルガとレガリアの二人はふわりと、空へと舞い上がった。
一気に屋敷の屋根より高い位置に到達する。
「東へ!」
「分かった」
そのまま二人は東の空へと消えていった。
「レガリア様だけいいなぁ」
「俺も乗せてもらいてぇー」
残された兵士達は不満を漏らす。
航空機など存在しないこの世界で『空を飛ぶ』というのは一つの浪漫であった。
だがイカルガに乗せて貰えるのは一部の人間だけの特権である。
イカルガに勝負で勝った人間か、アヤメとミーミルだけだ。
一方、オルデミアは目の前で起きた現象が受け入れられず茫然としていた。
レガリアが空を飛んで行った。
亜人種の背に乗って。
当たり前のように。
「あの、オルデミア団長、アヤメ様とミーミル様に会わなくてよろしいのですか?」
「……はっ!?」
完全に動かなくなっていたオルデミアだが、兵士の言葉でやっと我に返った。
「会ってくる!」
オルデミアはそう言い残すと、屋敷へと戻る。
とにかく二人に会わねば。
何が起きたか把握するのは、まずあの二人にあってからだ。
オルデミアは屋敷の玄関へ飛び込む。
玄関には、まだ巨大な亜人種がいた。
「あっ、こんにちは?」
「こんにちは! アヤメ様とミーミル様を知らないか!?」
「えっと……テトーラ」
「何?」
奥の部屋からテトーラが顔を出す。
「アヤメ様と、ミーミル様ってどこ?」
「二人とも二階だよ。ていうかニニャ、早く行かないと。ジオ様が待ってるだろう」
「準備がまだ……アヤメ様から貰った金属をジオ様に見せたくって」
「ジェイド家の宝剣を打ち直すって話か……本当にできるのか?」
「頑張る!」
そう言ってニニャは笑顔を浮かべる。
ジェイド家の宝剣を打ち直す?
あれはジェイド家に代々伝わる剣で、非常に価値のあるものだ。
それが失われたというのか?
そして、それを亜人種が打ち直す?
いや、そんな事よりジオも亜人種と関りがあるのだろうか。
マキシウスと謁見した時は、亜人種に露骨に嫌悪感を示していたような気がしたのだが。
いない間に、亜人種への嫌悪感が無くなったというのか?
一週間しか経っていないはずだ。
ほんの一週間で、この南部領に何が起きた。
世界についていけない。
オルデミアを世界が置き去りにしている。
どうしてこうなった。
「あの、お二人は二階にいるそうですけど……?」
「……はっ! 感謝する!」
危うくまた意識が彼方に行きそうだったオルデミアだったが、どうにか自分を取り戻す。
オルデミアは屋敷の二階に上がり、アヤメとミーミルの部屋に走る。
その途中また別の亜人種にすれ違った。
メイド服を着て廊下を掃除している。
兵士と亜人種が話をしている。
今度の休み、どこ遊びに行く? みたいな会話が聞こえる。
商人らしき男が亜人種の持っている金属を品定めしていた。
そして商人は笑みを浮かべながら頷くと、亜人種と強く握手をする。
――もはやこの屋敷は亜人種の巣窟と化していた。
だが構ってはいられない。
オルデミアは二人の部屋のドアを開く。
「アヤメ! ミーミル!」
オルデミアは部屋に入るなり叫ぶ。
「おわぁ! びっくりした! 何だ、オルデミアか」
ベッドに寝転がっていたミーミルは跳ね起きる。
「何があった! 何があった!? 何があった!!」
一歩ごとに何があったと言いながら、ミーミルに詰め寄るオルデミア。
いきなり鬼の形相である。
ミーミルには帰ってくるなりオルデミアが、どうしてこんなにキレているのかサッパリ分からなかった。
「ああ、まあ色々と。お前がいない間、滅茶苦茶大変だったんだぞ。パークスが」
「それは後だ」
「どうしたんだよ? 顔が怖いぞオルデミア」
「大人しくしろと言った。大人しくしろといったはずだぞ、私は!」
「あー……そうだっけ?」
「ミィイイイイイミルウウウウウウウ!!!!」
「ちょっと静かにして。二人が起きちゃう」
ベランダからアヤメの声が聞こえる。
「アヤメ! お前もいながらどうして!」
「しー」
オルデミアは怒りながらベランダに向かう。
アヤメがいるベランダにはロッキングチェアが置かれていた。
前にきた時にはなかったはずだ。
そして椅子の上で寝る二人の幼女もいなかったはずだ。
亜人種の幼女など、いなかったはずなのだ。
「誰だ、この二人は」
「二人ともこいつの嫁だよ。双子の嫁なんて業が深いよなぁ」
ミーミルが笑いながら答える。
「お前の冗談には付き合ってられん。アヤメ、何があったか説明してくれ」
「ほんとなのに……」
オルデミアは不貞腐れるミーミルを無視して、ベランダに出る。
椅子の上で折り重なるように、丸まって寝る二人の子供。
その二人を撫でながら、アヤメはオルデミアの方へ向いた。
「――静かにね」
アヤメはそう言って口に指を当てる。
その表情は、とても穏やかだ。
「……」
何かが変わっている。
実の所、今までオルデミアはアヤメやミーミルに対して、僅かな違和感を覚えていた。
外見と中身が一致していないような気配を感じていたのだ。
もちろん皇帝の魂ではなく別人の魂が入っている、という事ではない。
もっと根本的な何かがズレているような感覚があった。
それが今は曖昧、というか希薄になっていた。
アヤメから違和感を感じない。
外見と中身が、この僅かな間に融合してきているような――。
「いや……そんな事より何があったんだ。アヤメ」
「えっと……」
アヤメは困った顔をする。
何から説明すればいいのか。
余りに多くの事がありすぎた。
とりあえずアヤメは重要な事だけを、簡単に話していく事にした。
「マキシウスはもう大丈夫。パークスがジェイド家当主になりました。マキシウスさんは、今は牢屋に入ってます」
「なん……何!?」
「しー、静かに」
最大の懸念材料が、いきなり解決している。
この一週間が、ほぼ意味を失った。
しかもパークスが当主に収まっている。
「それから南部領は亜人種と同盟を結びました。まずは交易や文化交流から始めていくみたい」
南部領は最も亜人種と敵対していたはずだ。
それがいきなり同盟?
「悪い亜人種――現神触『神護者』っていうのがいて、それを倒して、誤解が解けたの」
また現神触を倒したのか。
そんな気軽に倒せるものではないのだが。
「それから木神に出会ってお話して……」
何?
何と会ったって?
神?
「現神触で、現神の子でもあるセツカとリッカが、この二人で」
現神触?
現神の子?
このロッキングチェアで、すやすや眠っている幼女二人が?
「えっと、それで……。わたしたち結婚しました」
け
は?
「なー? だから言ったろ? 双子の嫁だって」
ミーミルはベッドでゴロゴロしながら言う。
そして尻尾を毛づくろいしながら、にゃあ-、と欠伸した。
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