第42話 小安峡ダンジョン
皆瀬川の急流が長年にわたって両岸を深く浸食してできた谷だ。
岩づたいの階段を降りると、熱湯と蒸気が激しく吹き出している『大噴湯』。
シューッ、シューッ、と間欠泉が発射しまくる大迫力だった。
その『大噴湯』がある遊歩道を抜けると谷川の向こう岸に、ぽっかりと開いた横穴がある。
そこが、小安峡ダンジョンだ。
ダンジョンの前に着くなり、ブロッケンとユズリハが揉め始めた。
狭い入り口から、配信用のカメラを搭載したドローンを二基入れるのは事故につながりかねないことがわかったのだ。
「あたくしの撮影用ドローンが優先ですわ」
「はあ?わたしは配信するために来たのよ。あなたは競技に専念しなさいよ」
ブロッケン、ユズリハ、双方とも自分のチャンネルで配信すると言って譲らない。
桜庭と狩野はダンジョンには入らないで、タブレットで配信を見て、俺の帰りを待つことになっていた。
狩野は遠慮がちに希望を伝えた。
「あのう、僕、ユズリハ・チャンネル登録してるので、
ユズリハさんの配信の方がいいんですけど」
「ほうら、ごらんなさい。登録者数は私の方が多いのよ。
ここは私のドローンを飛ばしたほうが、多くの人に見てもらえるわ」
「ふん、まあ悔しいけどしょうがないわね。
そのかわり、ユズリハ、あなたがあたくし達について近れない場合は、
ブロッケン対ハチ王子がカメラに映らないんだからね。
わかっている? あたくしに遅れないで付いてこれるんでしょうね」
「もちのろんよ」
自分のチャンネルを持っていない俺にはどうでもいい話で、二人の人気配信者の言い合いを暇そうにぼーっと眺めているしかない。
結局、狩野の提案によりユズリハ・チャンネルで配信することに決まったようだ。
ユズリハが自分のリスナーに向けて挨拶を始めた。
ブロッケンはしっかりカメラ目線で自分をアピールしている。
狩野と桜庭はカメラに入らないように、少し下がってタブレットで映像を確認していた。
挨拶が長いな。まだ始まらないのか。
俺にはちゃんと秋田犬のアバターが付いているのか心配になったけど、そこは桜庭がちゃんと映像チェックしているから大丈夫なのだろう。
またハチ王子と呼ばれるのが気にいらないが、
それもブラックダイヤモンドを手に入れるまでのことだ。
それまでは、我慢、我慢。
この配信が終わったら、第5層界の発電方法を考えよう。
それが俺の優先課題だ。
「では、今日のゲスト二人目は、今人気急上昇中のハチ王子でーす。
みなさん、拍手―!パチパチパチパチ……」
「……」
「あいさつをどうぞ!」
「……」
「ちょっと、ハチ王子、何ぼーっと突っ立ってんのよ。
何かリスナーさんに挨拶してよ」
まずい、ボーっとしすぎていた。俺の番だったらしい。
「あ、ああ、ハチ王子です。ども」
「今日の意気込みは?」
「意気込み? あ、ああ意気込みね、意気込み。
そ、そうですね、ブラックダイヤモンドは俺がいただきます」
(ハチ王子だ。ハヤブサ・チャンネルで見たやつ)
(相変わらず無愛想だな)
(秋田犬のアバターになっていて、不愛想かどうかわかるかよ)
(わかる、ぶっきらぼうなしゃべり方)
(でもイケボじゃない?)
(声はよくても、顔がイケてない可能性もあるからな)
コメント欄がハチ王子に対してのコメントで埋まっていくのが、左手で出した画面で確認できた。
「オホホホホ…、ごめんなさーい。
ブラックダイヤモンドはあたくしがいただくわ」
自分をアピールすることを忘れないブロッケン。
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