第30話 大騒ぎが大炎上に

「確かに彼は、ムーミン谷にいましたよ」


おお、これは天の声?

俺を救ってくれる証言が聞こえる。

涼やかな声のする方を見ると、そこにはハヤブサが立っていた。

やっぱり、仏様じゃないか。


「桜庭、卒業生であるお前がこんなところに何しに来た。

今は学校の演習中だぞ。邪魔をするな」


先生は突然現れた、卒業生を苦々しく注意した。


「おや、お言葉ですねぇ。昨日の夜、妹から連絡を受けましてね、

最上君がムーミン谷から帰ってこないと心配してましたよ」


「桜庭・・・お前が兄を呼んだのか。まったく余計なことを」


「先生、わたし、お兄ちゃんに相談しただけです。

だって、変じゃありませんか、生徒が一人戻って来ないのに。

先生は心配にならなかったんですか?」


そうだった。

わが敬愛なる仏様はシスコンだった。


「わたしは、妹から連絡を受けて、朝になるのを待ち秋田駒ケ岳に向かいました。

そして、ムーミン谷を捜索していてやっと彼を見つけたのです。

どこにいたと思います? ムーミン谷の藪の中で穴に落ちていたんですよ。

もちろん、わたしは手を伸ばして救い上げましたけど」


「桜庭、捜索してくれたのはありがたいが、勝手に生徒を手助けされては困るな。

それでは訓練にならない」


「訓練? 命の危険があったのに、ですか?」


ハヤブサの言葉にみんなざわつく。


「命の危険だって………」


「穴に落ちていたのか、危なかったじゃん」


「だから、俺は先生に言ったんだよ、捜索願を出すべきだって」


「最上君がそんな大変な目にあっていたなんて…」


桜庭あずさが、兄の援護射撃をはじめた。


「先生、おかしいと思います。どうしてお兄ちゃんを責めるんですか?

それ違いますよ。お兄ちゃんは悪くないです。

わたしが勝手に連絡したんですから、責めるならわたしを責めてください」


「あずさ……君は何も悪くないよ。

大丈夫、お兄ちゃんが勝手にしたことだからね」


「ふん、兄妹で庇いあいか。美しいな」


苦笑した先生を、今度は狩野が言葉で射撃しはじめた


「最上を心配していたのは桜庭兄妹だけじゃありませんよ。

俺たち全員が最上を心配していました。

なあ、佐々木、そうだよな」


狩野、その言葉は嬉しいが、最後の佐々木という名前は辛らつだ。

佐々木は俺が水沢ルートを行くことになったときに、

「あいつ、死んだな」と笑っていたやつだ。

俺はそう記憶している。


「え…ああ、心配してた、心配してた。

どうして、先生は捜索願を出さないのか不思議に思っていたんだ」


本当にこいつは心配していたのか。

しかし、これがたとえ嘘だったとしても嬉しい。

ハヤブサはクラスの援護射撃を受けて、先生にとどめを刺しに出た。


「言っておきますが、前々から思ってたことなんですけどね。

五十嵐先生の指導は目に余るものがあります。

ご自分が気に入らない生徒には、異常なまでに厳しい指導をされますよね。

これ、問題だと思いますよ。教師の資質に欠けるんじゃないでしょうか。

県の教育委員会、ならびに、管轄であるダンジョン技術研究所に告発させていただきます」


「何をばかな。

ただの探索配信者からの告発を、まともに聞いてくれると思うか?

自信過剰だな。英雄気取りもたいがいにしたまえ」


ハヤブサを貶める発言でクラスのみんなの不満が一気に噴き出した。

クラス全員がそれぞれに思っていることを吐き出し始める。


「ハヤブサさんはただの配信者じゃないぞ。

人気も実力も伴っている一流の配信者だ」


「ハヤブサさんをバカにする大人を僕らは許さないぞ」


「そうだ!そうだ! 俺たちにも言わせてくれ。

先生のやり方はおかしい」


「そうだ!おかしい!」


「ハヤブサさんだけではありません。

俺たち、わたしたちがこの遭難事故の証人になります」


いや、遭難事故って言いきってるが、俺は今無事に戻って来てるわけだし、盛り上がり過ぎでは………


たじろぐ五十嵐先生。


「ああ、わかった、わかった。お前たちの言い分はわかったから黙れ。

ここで、なんやかんや言ってたってしょうがないだろう。

話の続きは学校に戻ってからだ。

おっと! バス時間だ。とりあえず、時間だから学校に戻るぞ」


俺があっけにとられている間に、なんだか大問題に発展しそうな予感がする。

いや、話の舞台を学校に戻しても大問題に変わりはないだろう。


ハヤブサさんは、颯爽とマイカーに乗った。


「では、ひとつ用事を済ませてから、学校に向かいます」


と言って車でハヤブサのように去って行った。

さっきから、こんな山奥にどんな用事があるというのだ。



移動中のバスの中、狩野がそっと俺に話しかけてきた。


「さっきさぁ、なんで寝袋取りにいったとき、

山と反対側に走っていったんだよ」


「話せば長い」


「何だよ、勿体つけちゃって。余計に気になるじゃんよ」


「別に勿体つけてないよ。マジで長くなっちまうんだ。

だけど、これだけは今言わせてくれ。

狩野からもらった石のおかげで助かった。ありがとうな。」


「あれか・・・使ってくれたんだ。よかった。

役に立ったということはなんとなく想像はつくけど。

詳しい話は、あとで絶対教えろよ」


「うん、わかった」




バスに揺られること約30分、学校に到着。

教頭先生が校庭で俺たちの帰りを待っていた。

俺たちがバスから降りるなり、教頭先生は五十嵐先生に駆け寄ってきて何か耳打ちをして俺の方をチラチラと見ている。

全員バスから降りると、ここでクラスは解散となったが、俺と五十嵐先生だけは校長室に呼ばれた。

なんだか魔女裁判でも受けるような気分だ。

被告人として、俺は裁かれるのか。



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