第29話 無事生還したのに

 なんとかスポーツセンターまで帰って来た。

二年生クラスは全員広場に集まって、先生の説明を聞いているところだった。


「あ、最上が戻って来た!」


「最上が帰ってきました、先生!」


「きゃー、生きて戻って来た。よかったわ」


そんなに歓迎してくれるのか。


「最上、どこに行ってたんだよぅ!」


狩野が泣きながら抱き着いてくる。

いや、おれはそういう趣味はないって断ったはずだ。

それにしても、みんな大騒ぎしすぎじゃないか?


「最上君・・・・よく無事で・・・」


桜庭まで泣いている。

君のお兄さんに助けてもらったんだよと言いかけたところに、

先生が遮るような形で俺の前に立ちはだかった。


「計画書通りに行動しない奴は失格だ。今まで何をしていた!」


「え、野営してましたが」


「計画書には、テント設営が終了したら

スポーツセンターに戻ってきて報告すると書いていなかったか」


「そうでしたっけ」


「テントはそのままにし、センターで夕食、宿泊。

朝に説明もしたはずだ。最上、お前まさか聞いていなかったのか」


「そうなんですか。

野営だから、てっきりテントで野営して過ごすものだと思ってました」


狩野が俺の発言に驚いて言う。


「煮炊きが出来ないからと先生はおっしゃってたじゃないか。

僕たちはスポーツセンターで夕飯を食べて、温泉に入ってセンターに宿泊したんだ」


何だって? 俺だけずっと野営していたのか。

みんなはスポーツセンターに戻って夕食と温泉だっただと?

でも、俺もダンジョンで温泉に入ったが。


「夕飯はうまかったぞ」


俺のジャガイモのスープだってうまかった。


「デザートにプリンが出たし」


何?プリンだと。

さすがにダンジョンにデザートは無かった。

プリンが出ると知っていたなら、急いで戻って来たのに、

なんで教えてくれないのだ。


「すべては、行動計画書に書いてある通りだ。

読んでいなかったのか、最上」


先生の鋭い指摘に、俺はドキッとした。

行動計画書なんてリュックにしまい込んだままで、ムーミン谷ダンジョンに置きっぱなし。そして転移していましたなんて言えない。


詰んだ。


「お前は本当に落第生だな。

とにかく、学校の備品をここに出しなさい。

ちょうど備品の数を確認していたところだ」


備品? ああテントか。

使わなかったけど、それは内緒にしておこう。

俺は、皆が種類ごとにまとめて置いてある場所に、テントを置いた。


飯盒。

これも未使用だ。


ランタン。

これも未使用。


寝袋。

これは使った。使ったけれどもどこだ。

あ! しまった、第5層界の小屋に忘れてきてしまった。


「最上、寝袋を出しなさい」


「すみません、忘れました。すぐ取りに戻ります」


「お前バカか! 今から取りに行ったらここに戻るまで日が暮れてしまう」


「いえ、たぶん、大丈夫だと思います」


「お前はどこまで能天気なのだ。

じゃあ、やってみろ。先生は責任とらないからな」


「はい」


俺はダッシュで駆け出して行った。

ムーミン谷と反対の方向へ。


「最上! 家に帰る気かお前。逃げるんじゃない!」


先生が叫ぶ声が聞こえたけど、俺には俺の考えがあった。

いつもの秘密のダンジョンから第5層界に行けば早い。

なにも山登りしなくても寝袋は取りにいけるのだ。


ダッシュで第5層界の小屋にたどり着く。

馬たちが喜んですり寄ってきたが、今はそれにかまってやれる余裕はない。

寝袋を急いで丸めて小屋を飛び出し、

猛スピードでスポーツセンターまで戻って来た。

秘密のダンジョンが近くで助かった。


肩で息をしながら、先生に寝袋を差し出す。


「はぁ、はぁ、はぁ・・・・お待たせしました。これです」


「お前、家に取りに戻ったのか?」


「違います」


先生は、寝袋に『迷宮探索高専 東北』の文字をみつけて愕然とした。


「確かに、うちの学校の備品だ。

怪しい・・・・お前はムーミン谷で野営しなかった。

家に帰っていたんだな。

全く! 野営訓練をなめるんじゃない!」


「ムーミン谷に行きました」


「嘘をつくんじゃない」


「本当です。写真だって撮ってます」


俺は、携帯で撮ったムーミン谷の写真を見せる。


「これはいつの写真だ」


先生はまだ疑っている。

野営したのはムーミン谷ではないダンジョンで、家には帰っていない。

それを説明したところで、どこまで信用してくれるのか。

無理がある。

俺だってそう思う。

だが、本当に俺は一人でムーミン谷に行ったんだ。

誰か俺の無実を証明してくれ。


「確かに彼は、ムーミン谷にいましたよ」





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