第28話 「転移、発動」
やわらかい朝の光で目が覚めた。
「もう、朝か。いつものルーティンをこなすか」
俺はベッドではなく寝袋で寝ていたことに気が付いた。
目の前の景色が自分の部屋とは違う。
ここは小屋だ。ダンジョン第5層界の。
思い出した。
野営訓練の途中でムーミン谷ダンジョンに迷い込んでしまったのだ。
で、どうやって帰ろうかと考えているうちに寝ちゃったってことだ。
とりあえず、ルーティン通りに行動する。
この小屋に作ってある流し台で顔を洗って、家から持ってきて置いてあった歯ブラシで歯を磨く。
水は井戸を掘ってあるから、自由に使える。
身支度をととのえたら、右手を振ってステイタス画面を出す。
『新しいダンジョンを見つけました。おめでとうございます。
ボーナスポイント、300ptが付与されました』
よっしゃ! 朝からガッツポーズできて、幸先がいい。
『デイリーミッション:転移石でスタート地点に移動、協力者をみつける』
協力者? 協力者ってなんの事だ。
まあ、たいてい朝の時点ではミッションの意味がよくわからない。
帰ればなんとかなるだろう。
こんな風に、いつも楽観主義で俺は今までなんとかやってきた。
それで? 転移石というのは、狩野からもらった石の事かな。
まさか、あんな石っころでムーミン谷ダンジョンまで戻れるとか?
ご冗談はよしこさん。
俺は、ポケットから狩野からもらった石を光に透かせてよーく見てみた。
吸い込まれそうな瑠璃色をしている。
この石は2個もらっていて、もう1個はムーミン谷ダンジョンに忘れてきたリュックの中に置いてきた。
もしかして、転移発動とか言えば転移出来たりして。
「転移、発動」
突然、俺の身体は小屋から別の世界に引っ張られていく。
マジか。
気が付いたときには、俺はムーミン谷ダンジョンに置き忘れたリュックの側にいた。
ここまで戻っていた。
すごい、やってくれるじゃん狩野。
この2個の転移石が、スタート地点と転移先になっているのだ。
「狩野の言う通り、何かの役に立ったよ」
あとはこの穴から脱出すればいいのだけれど。
しかし、そんなに深くないと思っていた穴が意外とそうではないことに気が付く。
手を伸ばしても穴の入り口には届かない。
ジャンプして穴の淵までなんとか届いたが、指先だけで体を支えるのはつらい。
落ちそうになるところをなんとか頑張ってぶら下がる。
指先が限界だ。
頑張れ、俺。
すると、誰かが俺の手を取って引き上げてくれた。
どなたか存じませぬが、仏様のような方、ありがとう。
「最上君、大丈夫か」
地上に引き上げてもらって、仏様の顔を拝んだらハヤブサだった。
「ハヤブサさん、どうもありがとう。
それにしても、どうしてここに俺がいるってわかったの?」
「妹から連絡があった。最上君がムーミン谷から戻ってこないと」
戻ってこない?
野営訓練だから野営してたのに、何故心配されるのだろう。
「とにかく、無事でよかった。
ここからスポーツセンターまで戻るんだろ。一緒に戻ろう」
「すみません」
「君の為じゃない。わたしは妹のためにやったんだ」
あ、そうですか。
てっきり仏様かと思ったけど、この人、シスコンだった。
登りにあれほど苦戦した水沢ルートだったが、帰りは下りなので笹さえよければ楽に下山できた。
「こんな道を、君はよく登れたなあ。誰も登山している人はいなかっただろ」
「はい、誰も」
「このルートを決めたのは先生か?
無茶なことをしやがる。高校生が一人で登るルートじゃないだろ」
「はあ、そうかもです」
登山口まで戻ってくると、ハヤブサさんはちょっと用事があるからと言って、俺と別れた。
こんなところに何の用事があるのかわからないが。
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