第48話 ブラックダイヤモンド

 戦いは終わった。

宝箱の番人トレントを倒したが、

ブラックダイヤモンドはブロッケンの手に中にあった。


ブロッケンは宝箱からブラックダイヤモンドを、取り出し、まるで鑑定するように眺めると、一言つぶやいた。


「あたくしのものよ」


「きれいな石ですねぇ」


「間抜けなこと言わないでちょうだい、ハチ王子。

これは単なる石じゃありませんわ。宝石ですの」


ブロッケンはそう応え、ユズリハのところへ近づいていて行く。

そして、もう一度ブラックダイヤモンドを眺める。


「御覧なさい。この美しいブラックダイヤモンドを。

この美しい宝石を手にするのは美しいあたくし以外にいるかしら。

これで、あらゆる魔法の力を手に入れることができるのよ。

素晴らしい! なんて人生は素晴らしいのかしら」


「ブロッケン、あなたのその素晴らしい人生とやらのために、

わたしとハチ王子を利用したのね。

配信を利用して宝箱の番人トレントをやっつける派手なシーンを撮影させておいて、

おいしいところだけ持っていく。

はじめからそのつもりだったのね」


「なーに怒ってるのよん。

あなただってアクセス数が10万は行ったんじゃないの?

お互いよかったじゃない。ウィンウィンの関係だわ」


そう言いながらブロッケンはブラックダイヤモンドをベストのポケットにしまいこんだ。


「さぁ、戻りましょう。配信はここまでよ」


俺は茫然としたまま動けない。

信用していた先輩に利用されたことに、さすがに心が折れた。


「ハチ王子、あなたもう帰っていいのよ。

外でお友達とマネージャーが待っているんでしょ。

ユズリハもいい加減に配信を切りなさい」


「いいえ、このまま配信を切るわけにはいかないわ。

コメント欄が荒れているので」


「何よ。もうお見せするシーンはなくってよ」


俺はブロッケンに言う。


「そうだろうか。俺はそうは思わないな」


「は? まさか、あたくしと戦う気? 

武器を使える3年生に、2年生が素手で勝てるとでも? 

もっと先輩を怖がった方がいいわ。

君のために言ってるのよ」

 

「別にあんたは怖くない。

手ぶらで帰ってうちのマネージャーに怒られる方がもっと怖い」


「ハハハ!言うわね。

じゃあ、トレントが倒れた跡に転がってる魔石があるじゃない。

あれは君にあげるわ」


「魔石か。

あれはどうせダン技研に提出しなきゃいけないんだよな」


「ハチ王子、魔石だけでも貰っちゃいなさいよ」


いや、そういう問題じゃないんだ。

魔石をもらえば解決するってものじゃない。

俺の折れた心は魔石じゃ晴れやしない。

このブロッケンというあざとい男に利用されて帰るのが悔しいのだ。


とはいえ、確かにブロッケンは強敵だ。

ここはひとつ深呼吸をして、自分を落ち着かせてからユズリハに確認を取った。


「先輩、一発こいつを殴ってもいいですか」


「先輩って? 誰? わたし?あ、そうね。こいつをボコボコにしてちょうだい」


「じゃ、遠慮なく」


ブロッケンの顔面目掛けて右の拳を振り下ろす。

と、見せかけて、左手で脇腹を狙った。


「おっと、猫だましのつもり?」


左手のパンチはブロッケンの脇腹をかすっただけだった。


「もう下手なお遊戯はおしまいかしら」


「いえ、もう一つ」


俺は左足で地面を蹴り上げ、砂埃を舞い上げた。

一瞬だけ、ブロッケンがひるむ。

今度は軸にしていた右足を左足に変えて、

右足で回し蹴りをブロッケンの顔に向かって一発……

とっさに、後ろに身をそらしたブロッケン。

俺の右足は空を切った。


「惜しかったわね」


ブロッケンは無傷のままだ。

次に、すかさず右で渾身の手刀を振り下ろすと、ブロッケンはサーベルから剣を抜き、俺の咽で寸止めした。


「うっ……、」


「これ以上はやめましょう。あたくしと同じ高校の後輩の血を見るのは嫌ですわ」


かなわない。

武器を持った三年生には。


「ま、参りました。降参です」


「フフフ、ききわけのいいお利口さんだこと」


「よく言われます」


「じゃ、ユズリハ。あたくしはこれで失礼するわ。

あんたも配信を切って帰りなさいよ」


「あんたに言われなくたって……」


「あたくしは、この先、東京に戻ってやることがたくさんありますの。

じゃあね。バーイ」


ブロッケンは、そのままダンジョン出口に向かって歩き出し、見えなくなった。


俺は岩の壁に寄りかかったまま、しばらく動けないでいた。





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