第20話 魔狼の森

 比較的安全だと思っていたダンジョンで悲劇は起きた。

姫は首に深手を負ったカリノに包帯を巻き、ポーションを飲ませている。

そして、カリノを襲った狼は森の方へと逃げこんだ。


「王子、魔狼を追うな。森に入るのは危険すぎる。

これ以上、けが人を出すわけにはいかない。

悔しいがここで引き返そう」


「まだ始まったばかりですよ」


「魔物には始まったばかりも何も関係ない。

深入りせずに引き返したほうがいい」


「俺、普段は聞き分けのいいほうなんだけど、

今日は聞き分けのない子になっていいですか?

俺の友達に傷をつけたお礼は、

きっちり熨斗(のし)つけてお返しさせていただきます」


カリノが笑う。


「バーカ、お前、任侠(にんきょう)かよ。

ハヤブサさん、こいつ止めても無駄ですよ。

僕も回復したら後から追いつきますから、

魔物を倒してください」


「カリノ………、俺は任侠(にんきょう)じゃない、カタギだ」


「おい待て、このダンジョンに誘ったのはわたしだ。

君たちを守る責任がわたしにはある」


「お兄ちゃん………お願い、もが………王子を守って」


「もちろんだ、安心しなさい。お兄ちゃんは王子を守るよ。

姫にはカリノを頼むからね」



俺は森の中を猛スピードで駆けて行く。

ハヤブサも遅れないように付いてくる。

同時に、ドローンもハヤブサと俺を捕えて配信は続いていた。


(もしかして、これは魔物を追っているの)

(ハチ公、足が速くね?)

(ハチ公、走るの速っ! それに追いついているハヤブサも凄い)

(ハヤブサさん、気を付けてください)

(ハチ公じゃない、ハチ王子だ)

(謎の秋田犬キャラww、面白いことになってきたw)


魔狼の遠吠えが聞こえた。

奴はいる、この森の奥だ。

今の遠吠えに答えるように別の方向からも遠吠えがした。

仲間がいるのか。

また、遠吠えだ。今度は西の方角から。

三匹もいるのか。

こっちは二人、敵は三匹。

数では狼の方が勝っている。

もしも、群れで来られたら勝ち目はない。

さあ、どうする。

ハヤブサが提案した。


「わたしが二匹相手にするから、王子は一匹を攻撃しろ」


「だめです。奴らは群れで襲ってきます」


「わたしにダメ出しする気か?」


ハヤブサは一瞬怒った顔を見せたが、俺は気にせずに自分の考えを伝える。


「魔狼がオオカミと同じ習性なら、手口は見えています。

森に逃げ込んだように見せて、実は人間を疲れさせるため、わざと走らせた。

その罠に真っ先に引っかかったのは、この俺。

奴らの獲物は俺ひとり。

一匹が獲物の前に回り込み、他の二頭が獲物を追い込んでくる。

これがオオカミの狩りの仕方です。

つまり、罠に引っかかった獲物、俺にむかって三匹で襲ってくるんです」


「なら、どうする」


「大事なのは一撃で倒す事。一匹を一撃で素早く、しとめる」


山にこもってダンジョン探索している俺の経験上、動物の習性を読むのは得意だ。

魔狼といってもオオカミなら習性は同じだろう。


「魔物になると、オオカミでも夜行性じゃないんですね」


「王子、危ない!」


ハヤブサが叫んで危険を知らせてくれる。


しかし、狼が飛び出してくる方向はだいたい予想がついていた。

やっぱりな。

獲物の中で狙われた一人は、俺だった。


俺は、一心不乱に狼に向かって駆け出していく。

駆けだしながら、ぐっと姿勢を低く落として、一匹の魔狼の体の下に滑り込む。

魔狼はすぐさま回避しようと上へ跳躍する。

やはり、動物の反射神経はあなどれない。

俺の不意打ちは失敗したかのように見えた。


「王子、逃げろ!」


上に跳躍した魔狼の四つの脚が視界に入る。

俺の狙いは四つのうちのどれでもない。

上空へ遠くなる魔狼を捕えようと伸ばした手は、狙い通りのモノをつかみ取った。

モフモフの尻尾だ。


「うりゃぁ! 背負い投げぇーーー!!!!」


魔狼の巨体は、弧を描いていとも簡単に投げ飛ばされ、岩に頭から落下する。

巨体であるがゆえに大きな遠心力となった一撃は、魔狼の頭部にショックを与えるには十分だった。


「一匹目、終了」





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