第56話 新たな村人発見

 夏休みになったら、みんなで第5層界にお泊り会しないかと提案した。


しかし、狩野は仙台に帰省するし、桜庭兄妹は岩手の花巻に帰省するという。

普通、寮生は夏休みに入ると実家に帰る者が多いことを、俺は完全に忘れて浮かれていた。

浮かれていた分、仲間に断られたことで、心は深い湖の底に沈んでしまった。


深い湖。

まるで田沢湖だ。


さらに、沈んだ俺にもう二度と浮上出来ないよう重りを付けられるような事があった。

俺は実家が東京だから、母さんがここ田沢湖高原に帰省してくるという。

去年の夏休みもそうだった。

ペンションが忙しくなる時期だから、俺も母さんもペンションの手伝いをすることになる。

つまり、過干渉な母さんに監視される夏休みを送らなければならない。


夏休みのどこか数日だけでも、皆とお泊り会できたら楽しいはずなのに。

そんなことを考えているうちに夏休みに入ってしまった。



「忍、朝ごはんを食べたら、お風呂掃除お願いね」


「はーい。わかったよ母さん」


お婆ちゃんが見かねて助け船を出してくれた。


「そんなに忍に用事を言いつけなくても、

自分からするからほっといたらええなだ」


「お婆ちゃんは忍に甘すぎるわ。

夏休みこそしっかり働いてもらわないと。

どうせ、閑散期は遊びまわってるんだから」


「遊びまわってると言っても、

ここさは東京と違って遊ぶ場所なんかねえべ。

自然の中で遊びまわるしかねえんだから、

それでいいんでねーが」


そうだ、婆ちゃんの言う通り。


「東京校じゃなくて東北分校に入学させたんだのは、

忍をこき使うためだったんでねぇべ」


「それはそうだけど……」


「働き手だったら、バイトを雇えばええ話だ」


「うちにそんな余裕あるの?」


「ある。心配すな。忍、ダンジョンさ行って来い」


母さんは、実の母親に言われればしかたがないと諦めたようだ。


「ありがとう、婆ちゃん。行ってきます」





 第5層界

今日のミッション通知も、『開拓』。

この一週間ほどミッションは『開拓』が続いている。

けれども、それはちっとも苦ではない。

魔物と争うよりも、ここを開拓している方が俺の性分に合っている。


厩から、シロとブチを出してやり、丁寧にブラッシングしてやる。

爺ちゃんが良く歌っている「ルージュのなんとか」という曲が、俺の脳にすっかり刷り込まれ、無意識に俺も歌ってしまう。


シロが何かに警戒して逃げようと暴れだす。

どうしたんだ。

何を警戒しているのか。


「ねえ、ここ最上(さいじょう)の館っていうの?」


背後から声をかけられたが、俺はシロを落ち着かせるため振り向かずに答える。


「あ、それね。友達がふざけて書いた看板なんだ。そのうちそれ捨てるから」


「ふうん、そう」


あれ? 今誰かが話しかけてきた。

不思議に思い改めて振り向くと、そこには美しい女性が立っていた。


女性はすらりとした体形で、ブロンドの長い髪。

緩いパーマをかけたような癖毛が邪魔にならないよう一本にまとめていた。

白い肌に青い瞳、まるでハリウッド女優のような美しい女性だ。

冒険映画に出てくるような西部劇スタイルのシャツとスラックスを履いている。


「あれ? どこから来たんですか」


「あっちからよ。少年はここに住んでいるの?」


「あっちって……、

いや、俺はここに住んではいないけど、

別荘みたいなもので…、」


「最上(さいじょう)の館って。

最高ランクのホテルという意味かしら」


「いや、これは(さいじょう)とは読まなくて

(もがみ)と読みます。

俺の苗字です。

漢字…、読めるんですか?」


「まあね。わたしの母が日本人で7歳までは日本にいたから」


「じゃ、今はどこに」


「アメリカ西海岸、ロサンゼルス。

ダンジョン探索したらここに行きついたの。

散策していたら、小屋が見えたので来てみたんだけど、

少年は日本人ね」


女性が言う少年とは、どうやら俺の事らしい。



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