第32話 五十嵐先生屈する
迷宮探索政策室長である父さんは、また銀縁の眼鏡をクイッと上げた。
「しかし、彼は夜になっても帰ってこなかった。
この時点で捜索願を出そうとは思わなかったのですか」
「最上忍にとって、駒ケ岳は庭みたいなものですから、
大丈夫だろうと思ってました」
「ありえません! それってあなたの感想ですよね。
万が一遭難していたらと考えもしなかったとは……
教師としての監督責任が問われます」
「…………」
校長先生があたふたして、広い額から流れる冷や汗をハンカチで拭う。
監督責任と言われて、矛先を五十嵐先生に向けた。
「五十嵐君、わたしは聞いてなかったぞ。なぜ、報告しなかった」
父さんは冷静に、しかし鋭く、責任を追及する手を緩めない。
「校長、まことに残念ですが、
若い探索者を育てる学校としてあるまじき行為と言わざるを得ません。
これは、学校側に重大な瑕疵があったと言われてもしょうがないのではないでしょうか」
「そ、それは……ちょっと待ってください。わたしは知らなかったのです」
「校長、知らなかったで済むなら警察は要りませんよ。
もしも、生徒が遭難をし、あってはならないような事故になっていたら、
あなたの首も飛んだかもしれませんね」
父さん、怖い。
公務だとこんな顔して睨むんだ。
迷宮探索政策室長として、国会で答弁しているみたいだ。
銀縁の眼鏡がまたキラリと光った。
「計画どおりに行動しなかったと、五十嵐先生は最上忍を責めていますが、
水沢ルートをたった一人で行かせたというのは、どう見ても異常ですね。
個人的な恨みでもあるのでしょうか」
校長先生も五十嵐先生に聞いている。
「どうかね、何か理由があったのかね。正直に言ってくれ」
二人に聞かれて、五十嵐先生は堰を切ったように白状しはじめた。
「あなたですよ!個人的な恨みはあなたなんですよ!」
「五十嵐君、あなたってわたしじゃないよね」
と、校長先生。
「迷宮探索政策室長、最上さん、あなたです」
血迷ったか五十嵐先生。
俺の父さんに向かって個人的な恨みはあなたですと言い切った。
俺にはなんとなく、心当たりがないでもないが、父さんはわかってないと思う。
「どういうことかね」
ほら、やっぱりわかっていない。
「入学試験の面接で、面接官だったわたしに圧力をかけてきましたよね。
それからずっと、恨んでいます」
「はぁ?面接?」
「忘れたとは言わせない。
あれからわたしは一時もあの時のハラスメントを忘れたことはない。
最上をみるたびに思い出すのだ。あの忌々しい態度のあなたを」
校長先生が慌てて止めにかかる。
「五十嵐君落ち着き給え。今何を言っているのかわかっているのか」
「もちろんわかってますとも。こいつのハラスメントは死ぬまで忘れないからな」
五十嵐先生は興奮して、すっかり取り乱している。
これがあの五十嵐先生か。
俺の父さんを“こいつ”と呼んだ……
先生も人間なのだということを俺は初めて知った。
校長先生まできょどっている。
「五十嵐君、落ち着き給え。いや、落ち着くのはわたしか……
いや、ここは皆で落ち着きましょう。
最上政策室長、五十嵐の処分はわたしの方から追ってお知らせしますので、
今日はこれくらいにして…………」
「何をおっしゃっているんですか?」
「教育委員会で検討しますので、何卒、何卒……」
「いろいろと、問題点が浮き彫りになっているんですよ。
ひとつ、卒業生桜庭君と最上忍の喧嘩を仲裁しなかったこと。
ひとつ、野営訓練で危険なルートを指定し、
帰還しなくても捜索願すら出さなかったこと。
ひとつ、これらの事件はSNSで生徒たちによって拡散され、
東北分校がトレンド入りになっていること。
これらの問題を大手報道機関が騒ぎ始める前に
手を打つ必要があるでしょう」
「その手、とは」
「問題解決に向けて、早々に第三者委員会をたちあげましょう。
取材などは『全て調査中なので答えられません』とするためです。
もちろん、クラス全員と教員全員に聞き取り調査を行います。
そこで、さきほどの五十嵐先生の発言、
それもたっぷりと聞かせてもらいます」
「ああ、そうか。聞きたいならもっと聞かせてやるよ」
「五十嵐君、とにかくここは丸く、丸く収まるように、教育委員会にわたしが相談するから……な、そんな言い方しないで」
校長先生が聞き分けのない子供をなだめるように言っている。
そんな、校長先生にもトドメを刺す父さん。
「申し訳ないですが、処分は校長や教育委員会が決めるのではありませんよ。
第三者委員会の報告を待って、迷宮探索政策室から提案させていただきます。
ここは国が探索者を養成するために作った高校ですからね。
校長、それでよろしいでしょうか」
「はい、わかりました」
「わたくしからは以上です」
父さん、かっけー!
普段見る父さんと全然違うじゃないか。
父さんは校長先生に言い終わると、俺の方を見ていつもの柔和な表情に戻った。
「忍、帰ろうか」
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