第37話 ハンドルネームって何ですか?

「え? 全部本名で? なんだってそんなことを……」


「だって、ハンドルネームって意味が分からなかったんだもん。

誰も説明してくれなかったし」


「説明してくれなかったって…

お前、わからないなら誰かに質問すればいいじゃないか。

質問したのか?」


「してなーい。知らない人に聞くの恥ずかしいし」


「……そうか、わかった。本名なんだな。わかった」


父さんは電話の向こうで動揺している様子だった。

顔は見えなくても、声でその動揺が手に取るように俺には伝わって来た。


「なんか、本名でまずいことでもあるの?」


「忍は知らないと思うが、これから世界情勢の話をする。

世界中がダンジョンの魔石を採掘するのに躍起になっている。

国際的に軋轢が生まれないように、

平和的に推進しようと父さんたちは動いている。

だが、中には悪いことをするやつもいるんだ。

最近は犯罪組織に上級探索者が拉致される事件も相次いでいる。

プライベートが暴かれると、

探索者の身が危険にさらされることもあるんだよ」


「怖いよ、父さん。もうやめてよ」


「父さんはがんばるからな。大丈夫だ、忍には父さんがついている」


「もうトップ10入りなんかしたくない」


そもそも俺は、最近までダンジョン探索はポイ活だと思っていたんだ。

ランキングなんて全く意識していないで、自己流で魔石を取っていただけだ。


それが、トップ10入りしたことで父さんに迷惑がかかるのなら、トップ1になったらどうなってしまうのだろう。


拉致されるのは怖いが、


だけど、家族に迷惑をかけるのだけは嫌だ。

ランキングなんて知らなければよかった。

俺は、ただのんびりとダンジョンで畑仕事をしながら、新しい世界を楽しみたいだけなのに。



「母さんに代わる」


「忍? 元気にやってる? ちゃんとご飯は食べてるの?」


「ああ、元気だよ」


「なんか父さんと大変な話をしていたみたいだけど、大丈夫? 

困ったことがあったら、いつでも爺ちゃんと婆ちゃんに言うのよ」


「うん」


「今、なにやってたの?」


「ペンションのキッチンで洗い物してた」


「あんた、手伝っているの? 家では何もしなかったくせに」


東京の家では、母さんがなんでも先回りしてやってたから、俺の仕事がなかった。

そんなことに、母さんは気が付いていない。


「夏休みシーズンはペンションが忙しくなるから、母さんもそっちに行くわ」


「ええ? いいよ、来なくて」


「何を言ってるのよ。忍のためを思って言ってるんじゃないから。

爺ちゃん婆ちゃんが大変だから手伝いにいくのよ」


「わかってるよ」


わかってるよ。

そうやって、親孝行を理由にここに羽を伸ばしにくることぐらい。

去年もそうだったし。

今年も母さんのパワーあふれる夏がやってくると俺は覚悟した。



五十嵐先生は、野営事件があってからずっと学校には来ていない。


代わりに臨時講師としてダン技研から派遣されてきた人が担任になった。

それは、俺のステイタス画面を読み込んだあの研究員だった。


「五十嵐先生の代わりにやってきました。小松といいます。

二年生の皆さん、よろしく」


あの時と同じ銀縁のメガネをかけているが、スーツを着て登場したので、一瞬誰だか分からなかった。


そういえば、父さんからの連絡で、俺を守る役目の者を学校に送るからと言っていた。


俺はSPとか付くのは目立つから嫌だと断ったが、まさか、ダン技研の研究員が臨時講師という形で学校に来るとは想像もしていなかった。

この人が俺のデータを取ったのだから、文字化けの探索者は俺だということを当然知っているということ。


第一印象、見た目優しそうなお兄さんで、とてもSPのように俺を守ってくれそうもない。

ひ弱で色白の優男という表現がしっくりくる。

この人で本当に大丈夫なのだろうか。





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