第127話 緊急配備お疲れ様です
―転移!
転移石の力を使うと、パトカーの後部座席にいた。
おにぎりが入っているリュックがすぐ目の前にある。
やった! 転移成功。
(忍、ここはさっきのパトカーの中じゃん)
「アンツァ、お疲れ、飯にしよう」
(おら用の食べ物もあるのかな)
「あった、ドックフードのビーフジャーキーが入っているぞ」
(くれ、くれ、早くくれ)
アンツァはせわしくしっぽを振りながら、俺に抱き着いて来た。
「待て、待て、落ち着け。『待て』の姿勢で待たないと、ビーフジャーキーをあげないぞ」
(かしこまりました。お待ち申し上げます)
「いい子だ。じゃ、これはアンツァのぶんね。………よし!」
よし!の掛け声とともに、アンツァはビーフジャーキーにかぶりつく。
俺はおにぎりを頬張った。
パトカーの中で食うおにぎりは、張り込み中の刑事になった気分で格別だ。
「最高に、うんめ~!」
食べながら、何気なく窓の外の様子を眺めてみる。
黄色いジャケットをきた大人や、オレンジ色の作業着を着た人たちがたくさんいた。
なにが起きたんだろう。
大勢の大人が集まって、何やら物々しい雰囲気だ。大人って大変だなぁ。
ふとオレンジ色の作業服のお兄さんと目が合った。
とりあえず、ぺこりとお辞儀しておいた。
向こうも、帽子を取って頭を下げてくれた。
それから、パトカーに近づいてきて話しかけてきた。
「こんにちはー、警察の方ですか?」
「いいえ、パトカーに乗せられてここに来た者です。お疲れ様です」
「お疲れ様です。関係者さんでしたか」
「何かあったんですか? みなさん集まって」
「警察から連絡を受けて、緊急配備についているんですよ。うちら消防と猟友会が」
「へぇ、大変ですねぇ」
「危険だから、車から降りない方がいいですよ。この辺一帯、規制線を張って、立ち入り禁止になってますから」
「そりゃ、大変だ。じゃあ、ここでおとなしくしてます。お兄さんたちも気を付けてくださいね」
「ありがとう。君も車から降りたらダメだからね」
「……あのぅ……」
「何だい?」
「トイレに行きたくなったらどうすればいいですか? その辺の、笹藪に入って用を足すんでしょうか」
「ダメダメ! 笹藪なんか、危険だから絶対に入っちゃダメだよ」
「えー、ずっと我慢するのは無理ゲーです」
「じゃあ、お兄さんが付いてあげるから、あそこの売店のトイレを借りましょう」
「すんません。あの、犬も一緒にいいですか?」
「警察犬かい? しょうがないな。じゃ、早くおいで」
「ありがとうございます」
消防士のお兄さんに付き添われて、売店のトイレまでアンツァと歩いた。
トイレを済ませて売店の外に出ると、自然研究路から先へは立ち入り禁止の黄色いテープが張られていた。
何人かの観光客や湯治客が、黄色いテープの前で立ち話をしている。
「また出たらしいですよ」
「またですか? 例のやつ」
警察官が無線機で、だれかと話している。
「はい、はい。規制線を張っております。安全第一ですから。あ、そうですね。了解」
あの警察官は、俺と一緒に林の中に入ったのに真っ先に逃げていったやつだ。
ここで何しているんだろう。
無線を切って、周囲の野次馬に気が付いた警察官は、両手を広げて人々を制した。
「あー、市民の皆さんは、危険ですから、建物の中に入ってください。ここで立ち話はしないように」
「何やってるんですか?」
観光客を建物へと誘導しはじめた警察官の後ろから、俺は声をかけた。
「有毒ガスの発生と魔物の出現がありました。市民の皆さんの安全確保が最優先です」
「大変ですね。時間かかりそうですか」
「今日一日で終わればいいですが、数日かかるかもしれません」
「そうなんですか。ご苦労様です」
「君も建物の中に入って、身の安全を確保してくだ……」
そう言いながら、後ろを振り向いて俺を見た警察官は、固まった。
「忍くん?」
「お疲れ様です。何かお手伝いしましょうか」
「君……、なんでここに居るんだ?」
「あれ? なんでだろ。あ、そうだった。山の中からパトカーに転移してきちゃいました」
「魔物、出たよね」
「出ましたねぇ」
「魔物、どうしたんですか?」
「ボコった。そしたら、泣かれちゃって。
『戻れないんだよぉ』っていうもんだから、もと居たダンジョンに帰してやりました」
「待て、待て、……ちょっと順番に話してくれないか。上に報告しなきゃならないんで。
それに、消防や猟友会の応援まで頼んでおいて、今さら、行方不明者は無事に下山してましたって言えないじゃないか」
「そうなんですか」
「そうなんですかじゃないよ」
大人の世界って、報告とか応援とか、面倒くさいことがいっぱいなんだな。
で? 俺はまた警察から取り調べを受けるのかな。
取り調べときたら、カツ丼だよね。
やった! カツ丼食えるぞ。
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