第59話 バイトの子

 ダンジョンからペンションに帰ってくると来客用駐車場が満杯になっていた。

繁忙期に入ったペンションは、お客様で賑わっている。

今日も満員御礼だ。


俺は目立たないように裏の勝手口から家に入る。

すると、母さんがお煎餅をかじりながらテレビを観て笑っていた。


「ただいまー」


「あら、早いじゃないの。ダンジョン探索お疲れ様」


「母さんこそ、ゆっくりお茶しちゃって、どうしたの」


「今日から新しくバイトさんが来てくれたのよ。

おかげさまで、交代で働けるから今は母さんの休憩時間」


「ふぅん、そうなんだ。よかったね、婆ちゃんは有言実行だなぁ」


母さんがテレビを観ながらくつろいでいる姿は、久しぶりに見る。

いつもこんな風に穏やかならいいのに。


「バイトの子、お客様に評判いいわよ、愛想が良くて。

あんたもあの子みたいに愛想がいいと助かるんだけど。」


「へぇー、いいバイトさんが入ってよかったね」


母さんの言葉の後半部分はスルーした。

人には個性ってものがあるのだ。

そう言いながらテーブルにあったお菓子伸ばした手を、母さんはぺしっと叩く。


「手を洗って! ついでに埃まみれの顔も洗ってらっしゃい。

それから、バイトさんに挨拶してきなさい」


「はーい」


洗面台で顔と手を洗ってさっぱりしてから、ペンション棟まで歩いて新しいバイトさんに挨拶しに行く。


一言、よろしくと言えば済む。

それだけやったら、母さんに言われたことをやりましたという証拠づくりになる。

さっさと挨拶して、お菓子でも食べよう。


受付に座って電話をとっている新しいバイトさんの後ろ姿が見えた。


「あ、・・・・はい、お待ちしております」


ん?

聞いたことのある声だ。

そして、この後ろ姿も見覚えがある。


新しいバイトの子がこちら側を振り向いた。

こいつは……


「桜庭、こんなところで何やってんの?」


電話を置いてから、桜庭は俺を見つけてにっこりと笑う。


「最上君のお爺ちゃんにスカウトされちゃったの。

今日からここに住み込みでアルバイトすることになりました。

よ・ろ・し・く!」


気のせいかな。

今住み込みと聞こえたが、たぶん空耳だ。

空いている部屋なんかないはずだもの。


「荷物は最上君の部屋に置かせてもらってるから」


「はぁ?」


「ふふふふ、キャッ、どうしましょ。

最上君と同じ部屋だなんて……恥ずかしいわ。襲わないでね」


母さんはそんなこと一言も言っていなかった。

嘘だ。

そんなことをしたら、ハヤブサに睨まれるじゃないか。

そしたら、また俺はイタドリになってしまう……


「うっそぴょーん!! 冗談に決まっているじゃない。

とりあえず、荷物だけ置かせてもらっているだけよ。お母さまと一緒の部屋だから安心して。

あれぇ? ひょっとして・・・ドキッとしなかった?最上君」


慌てる俺を見て、笑ったな桜庭。

俺を笑うのはかまわないが、ハヤブサはこのことを知っているのか。

あとで、睨まれるのだけは勘弁願いたい。


「ハヤブサさんに、許可はもらったのか」


「お兄ちゃんには、事後報告で大丈夫。

わたしが決めたと言えば問題ないから」


「本当に、問題ないんだろうな」


「最上君はお兄ちゃんが怖いの?」


「桜庭のことになると、ハヤブサさんは他が見えなくなるから。

ハヤブサさんの許可なく事を進めるのは怖い」


「そんなに、お兄ちゃんを怖がらなくてもいいじゃない。

最上君は、お兄ちゃんのことが嫌いなの」


あ、泣く。

ヤバい、泣くな、泣くな。

頼むからここでは泣かないでくれ。

泣くならトイレで、一人で泣いてくれー。


「忍、お友達がバイトに来てくれたぞ。えがったな、お前たち、仲良くやってるか?」


まずい、爺ちゃんが来た。

俺が泣かせたと勘違いされてしまう。


「はい、俺たち仲良くやってまーす! なあ、桜庭?」


俺は桜庭の手を両手で握って、仲良しアピールをしてみせた。

桜庭、お願いだから笑ってくれ。

俺は必死に目で訴える。


「は、はい、仲良しでーす」


桜庭は頬を赤く染めながら、笑顔で応えた。


「ほう、んだが、爺ちゃんのスカウトは間違っていなかったな。

えがった、えがった。あずさちゃんを選んで正解だった」


爺ちゃんが桜庭をスカウトしたとか、アイドル募集じゃあるまいし。

何回か寮まで軽トラで行ったり来たりしていたから、桜庭のところへ行くにも抵抗がなかったのだろう。

とにかく、早急にハヤブサからの許可をもらわないと、俺の探索者生命に関わる。


「あ、あのぅ、もう手を離してくれる?」


はっ! いけない。

俺は桜庭の手を握り締めたままで考え事をしていた。


「ごめん。あとで、必ずハヤブサさんに報告してくれれば、それでいいから」


慌てて手を離す俺。


「うん、最上君からする? 報告」


「ダメダメダメダメ。絶対、桜庭から報告しろ・・・いや、してください。お願いします」


爺ちゃんが携帯のカメラで、この様子を撮っている。


「何を撮っているの。爺ちゃん」


「おう、ペンションのホームページ用にだ。ブログに載せるべ」


「やめてよ」


「いいべ、若い二人がお客様をお迎えします。

このキャッチフレーズでいぐべ。いいかんじだ。ほら、こっち向いて笑え」


爺ちゃんのリクエストで、にっこりしながらカメラ目線で写真撮影に応じた。

不本意だ。

不本意だ。

不本意だ。

クラスメイトに知られたらからかわれるに決まっている。

高専の生徒の目に留まらないことを祈るしかない。


後日。

この写真がホームページのトップ画像に使われたことを知って、俺は頭を抱えた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る