第60話 ペンションのアイドルあずさ

 爺ちゃんが俺と桜庭の写真をネットに公開してから、「ホームページ見て来ました」という宿泊客が増えた。


桜庭あずさの人気は急上昇中で、予約の電話が鳴りっぱなし。

しかし、小さなペンションのため満室でお断りすることが心苦しい。

それがまたSNS上で噂になり、「なかなか予約が取れない人気の宿」としてトレンドになってしまった。

今や桜庭あずさは、ペンション白鷺のアイドル的存在になっている。


「あずさちゃんと一緒に写っていた男の子の姿を、

なかなか見かけないけど、バイトを辞めちゃったんですか?」


お客様から質問があることもしばしば。

そのたびに俺は爺ちゃんに呼び出され、お客様に紹介されるハメに会う。


「これ、うちの孫だんし。どうぞよろしくお願いいたします」


「お孫さん?いたんですか。

マスターは若いからお孫さんがいるようにとても見えないですね。

お孫さんもお手伝いされてて、いいですね」


「いやいやいやいや、孫はたまに厨房で洗い物したり、

風呂掃除したりで、たいした手伝いはやってないんですよ」


俺は事実を暴露され、頭を掻きながら苦笑いする。


「あずさちゃんと一緒に写真を撮ってもらっていいですか?」


俺はお客様からスマホを手渡され、お願いされた。

すっかりペンションのアイドルになった桜庭も悪い気はしないようだ。

にこやかにファンサしている。


「はーい、笑って下さーい。

はい、チーズ……と言ったら撮りますからね」


既にポーズを決めて待っていたお客様は、ガクッとズッコケて笑い出す。


「なんだぁ、まだだったー。やるねえ、お孫さん」


ペンションは明るい笑い声に包まれた。

これは俺なりのファンサだった。



数日後、桜庭のバイトが休みの日が来た。


「休みなら、寮に戻れば?」


「冷たいこと言うのね」


桜庭は俺の部屋のソファーに寝転がりながらスマホをいじっている。

あずさファンが見たら卒倒するようなシーンだ。


「別にここで休んでなくてもいいんだぞ。母さんの部屋に行けば?」


「だって、ここのほうが窓から見える景色がきれいなんだもん」


「寝転がってばかりで、全然景色なんか見ていないくせに」


「今は見てない。でも、これからお兄ちゃんにスマホで見せる」


「へ?」


桜庭はソファーからスマホを持ったまま立ち上がり、ハヤブサとテレビ電話を始めた。


「お兄ちゃん、元気ぃ?」


おいおい、いきなり俺の部屋からテレビ電話を始めるなよ。


「ここ? 寮じゃないのよ。……そう、バイトに来ているペンション。

しかも、田沢湖ビューの部屋よ。ほらね、見える? いいでしょう」


スマホの画面を窓側に向けて中継している。


「こんな素敵な部屋に住み込みバイトってうらやましいでしょ?」


「違う! ここは俺の部屋だから」


思わずしゃべってしまった。

テレビ電話にしていたから、俺の声もハヤブサの声もダダ漏れだ。


「おや、最上君の声。妹と一緒にいるのかい? 

そこは二人の部屋なのか……まさかと思うが、あずさと最上君は同じ部屋で寝泊りしていないよね!」


「してません! してません!」


「あずさはその部屋にいて安全なんだろうな」


「安全ってなんですか? 誤解ですよ。

そもそも、桜庭とは部屋が違いますから」


「あずさ、お兄ちゃんを驚かしたんだなぁ!

ああ、びっくりした。まったくいたずらっ子だなぁ。

あずさが楽しいのなら、お兄ちゃんはそれで幸せだよ」


桜庭が横からカメラに入り込んできた。


「お兄ちゃん、わたし楽しいよー。

これから、最上君と秘密のダンジョン第5層界に行くの」


そんな約束、したっけかな。

一緒にダンジョンに行く約束なんかした覚えはないのだが。

俺の物忘れか。

いや、それはない。


「そうか、それはよかったね。最上君、あずさをよろしく頼む」


よろしく頼むと言われても、困るのだが。


「その後、快適化計画は進んでいるかい?」


「それが、ハヤブサさんの助けがないと出来ない事ばかりで…

ブラックダイヤモンドを持っていても、魔法の使いかたがわかりません。

やっぱり、ハヤブサさんに習わないとうまく出来ないんです」


「そうか。鉱石や岩塩は第5層界にあるかい?」


「はい、鉱石が採れそうなエリアはだいたいわかっています。

あと、岩塩は採掘してきました」


「じゃ、鉱石を集めたらまた電話してくれ。

やり方をテレビ電話で教えてあげよう」


「ありがとうございます。よろしくお願いします」


「あずさに代わってくれ」


そう言われてスマホを桜庭に返した。


「ハヤブサさんが、代わってだって」


「あずさ、最上君にお兄ちゃんの電話番号を教えてくれないか」


「うん、わかったわ」


「じゃ、気を付けて行っておいで」


「ありがとう」


電話を切ってから、結局桜庭の思い通りに事が進んだことに俺は気が付いた。


「お兄ちゃんの協力があれば、ダンジョン快適化計画も進むでしょ。

最上君ひとりで第5層界に行っても、非効率だわ」


確かに桜庭の言う通りだった。

俺一人で行ったとしても、最近は行き詰まっていた。

桜庭が勝手にダンジョンに一緒に行くなんて言い出して、最初は腹が立ったが結果オーライになった。

ハヤブサさんのアドバイスがもらえるのは嬉しい。


「行くでしょ、ダンジョン」


「君と?」


「え? わたしがいるからお兄ちゃんの協力をもらえるのに。わたしを置いていくつもり?」


「ない、ない、ない、ない! 君と一緒に行く。いいえ、是非一緒に行かせてください」


「嬉しい!」


桜庭はニコッとして、両手でハートマークを作りウィンクしてきた。

どういう意味?

これは、もしかして、萌え萌えキュンってやつ?


桜庭は、急に泣いたり怒ったり忙しいやつだけど、笑うと意外に可愛いことに俺は気が付いてしまった。

お客様が、彼女をアイドル化して崇め奉る理由が、少しだけわかったような気もするが・・・


やっぱり、桜庭の行動はよくわからない。

というか、女の子って謎の生物だ。

俺にとっては魔物より読めない。

何か間違っていますか?



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