第67話 完璧執事トレスチャン

 秘密のダンジョン第5層界に着いてから小屋までの道のりは、長い距離ではないが、ちらほらと人を見かけるようになった。


ロサンゼルスから来たジュリアではない。

彼女から話を聞いてロンドンからやって来たというエバンスとブラウンでもない。

俺の知らない人物がここに探索に来るようになっている。


もう秘密のダンジョンという名を改名しなければならないかも。



***



朝起きると、桜庭はもうロビーで働いていた。

今日の桜庭はペンションでバイトの日だ。

またダンジョンに連れて行ってとせがまれるかと覚悟していたが、そんなことはなかった。

昨日は馬を走らせたり、ドラゴンに出くわしたり、ジュリア、エバンス、ブラウンといろんな人との出会いもあって疲れたのだろう。


「じゃ、行ってくる」


「快適化計画がんばってね」


「君も、バイト頑張れよ」


「ジュリアさんには会わないで」


「そんなの無理だよ」


俺にジュリアを避ける理由は無い。

第一、 厩の掃除と馬の世話を彼女に頼んでいるのだ。

逆に来てもらわないと困る立場だ。

そんなことより、エバンスとブラウンが本当にまた来るかもしれない。

こっちの方が、面倒くさそうだ。

ハヤブサの仕事仲間というだけで、何者なのかよくわかっていない。


「畑の野菜を何か採ってきて欲しいって、お母さまが」


「ああ、わかった」


俺の母さんを、桜庭は「お母さま」と呼ぶ不思議。

母さんも、そう呼ばれて否定しない不思議。

また謎が増えた。

桜庭、俺の家族に馴染すぎてないか。



***



 小屋に着くと、畑に植えた覚えのない小さな木が生え始めていた。

その木が生えている場所は、昨日いろんな木の実を捨てた場所だ。

山からいろんな木の実を採ってきて、

食べられるか食べられないかちょっとかじってみて、

ほとんど食べられなくて畑の隅に捨てておいたのだ。

その中のひとつから芽が出て、あっという間に成長したのだろう。


「お久しぶりでございます」


誰かに声をかけられて、左右を見たが誰もいない。

気のせいかと思い、小屋へと歩く。


「ご主人様、再会できて嬉しゅうございます」


俺は、声のした方を振り向くが、誰も立っていない。

確かに聞こえた。

いまのは、なんだ。


畑の隅に生えたばかりの木が、のそのそと歩き始めた。

魔物だ。

まだ細い若木のトレントだ。

こっちに向かってくる。


「お忘れでしょうか。わたくしを」


「トレント? のミニ版」


「前世はトレントと呼ばれておりました。

けれども、わたくしはご主人様にここに植えられて

転生したのでございます」


ここに植えたというか、木の実を捨てたのは確かに俺だが。

ご主人様とはどうやら俺のことらしい。


「わたくしは前世ブラックダイヤモンドを守るために、何百回、何千回と戦い続けておりました。

それはつらい毎日でした。

しかし、ご主人さまがそんな人生、

いや樹生からわたくしを救ってくださったのです」


「君を真っ二つに割っただけだけど。それに、君のことをウザいとも言った」


「そして、新しい生命をここに植えてくださった。

ここからわたくしの第二の樹生が始まるのです」


樹木の魔物が転生しただと?

確かに、小安峡ダンジョンで見たトレントと違って、優しい顔の木の爺さんだ。


「生まれ変わったばかりで体は若木だが、いきなり爺さん顔だぞ。

普通、生まれたては赤ん坊じゃないのか」


「成長が早いようで……」


「いや、老化だろ」


「オッホン!……とにかく、

ご主人様のお役に立てるように努めます」


「そのご主人様と呼ぶのはやめてくれないか。

俺はそんな器じゃないし」


「けれども、ブラックダイヤモンドをお持ちですよね。

その所有者でいらっしゃる。

わたくしはブラックダイヤモンドを守っていたように、

その所有者である方をご主人様と呼ばせていただきます」


「……なんか、よくわからないけど。言いやすいなら構わない」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る