第66話 謎の紳士

 トウモロコシ畑の向こうに、シルクハットとハンチング帽が揺れている。


「ハヤブサさん、二人組のようです」


二人組は争うような声で話している。



「だから、言っておくが、くれぐれも失礼のないようにしてくれ」


「ほんとに、さいじょうの館はここでいいんですか? 

あの女の言うことを信用して大丈夫なんですかね」


「あの女とは何だね。ジュリアのことをそんな呼び方するとは、

身分をわきまえたまえ」



この小屋を『さいじょうの館』という呼び方は、

ジュリアがここをはじめて訪れた時に、最上を『さいじょう』と読み間違えたとき以来だ。

ジュリアという名前を出しているし、ジュリアの知り合いなのか。


「何か御用ですか」


俺は右手にバット、左手にスマホを持ちながら男たちに声をかけた。


「はじめまして、君がここの家主かね」


スーツ姿の男はシルクハットを取って、俺に挨拶をした。

紳士的な態度に、俺は少しだけ拍子抜けする。


「家主っていえばそうですが、あの、どちら様で」


「失敬したね。こちらから名乗るところを……」


その名前を声に出したのは紳士ではなく、スマホの中のハヤブサの方だった。


「エバンス! ジョン・エバンスじゃないか!」


「ハヤブサさんの知り合いですか?」


エバンスと呼ばれた紳士は、スマホ画面のハヤブサに気が付いて俺に近づいてきた。


「ミスター・ハヤブサ! なぜ、こんなスマホの中にいるのかね。

魔法で閉じ込められたのか」


「エバンス、相変わらず冗談きついな。元気でしたか?」


「ああ、ロンドンでは忙しくしているよ」


「どうやってここへ?」


「あるご婦人から、このダンジョンのことを聞いてね。

付き人のブラウンと探索に来てみたんだ。

さいじょうの館というところへ行くと面白い人物と出会えるとか」


「面白い人物って、このスマホに閉じ込められている人ですかい?」


付き人と呼ばれたハンチング帽の男は、まじめな顔をして紳士に聞いた。


「失礼なことを言うもんじゃない。

スマホに写っているのは、わたしの仕事仲間のハヤブサだ。

ところで、ハヤブサこそどうしてこんなところで……」


「妹の友達が、このダンジョンを発見していろいろと開拓しているんだ。

わたしは仕事があって、今日はそちらに行けないんだが、

エバンスが来ると知っていたら、仕事をキャンセルしてでも、行けばよかった」


新しく第5層界に現れた男は、ハヤブサの知り合いだった。

スマホ画面からの久しぶりの再会に盛り上がる二人に、スマホをただ持ち続けている俺はだんだんしらけてしまう。

俺の後ろに隠れている桜庭に気が付いた。

ハヤブサのことは妹である桜庭にお願いするのが一番得策だ。


「桜庭、このスマホ持っててくれ。俺は小屋に戻って荷物を整理するから」


「ちょっと、最上君待って。

あ、お兄ちゃん、最上君が小屋に戻っちゃうわ。

やだ、いいかげんにして、お兄ちゃん。

このおじさんたちは、お兄ちゃんに会いに来たんじゃないでしょ。

最上君に会いに来たんじゃないの。もう!」


「あ、ごめんなさい。あずさ、お兄ちゃんが悪かった。

最上君、エバンスを紹介するよ。

エバンス、この少年が妹の友達の最上君だ」


「ハヤブサのお弟子さんかね。

わたしはジョン・エバンス。ロンドンから来ました。よろしく」


「あ、最上忍です。よろしく」


俺は桜庭を見て、促した。


「桜庭、もう帰ろう。家に戻らないと爺ちゃんに叱られる」


「そうね、わかったわ。

おじさんたち、ごめんなさい。タイムアップです。

お兄ちゃんもこれでスマホは切るからね。

最上君と一緒にペンションへ戻るわ」


「あずさ、待ってくれ。怒っているのか?」


「いいえ、ちっとも怒ってないわ」


こういう言い方をするときの桜庭は、たいてい怒っている。


「エバンスさん、ブラウンさん、また後日来てください。

今日はもう閉店です」


「閉店? ここは店なのかね。最高ランクのホテルかと思っていた」


ジュリアと同じことを言う。

この小屋のどこがホテルに見えるんだ。


激しく後悔し、妹に謝っているハヤブサを画面いっぱいに映し出しているスマホ。

その電源を容赦なく切って桜庭は言った。


「帰ろうよ、ペンションに」


そうだ。

今日は魔法を覚えるのに疲れた。

早く帰って婆ちゃんが作ったジェラードを食べて、ゆっくりしたい。


「じゃ、エバンスさんたち。ごきげんよう」





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る