第65話 魔法の呪文

 第5層界の小屋でスマホからテレビ電話で連絡すると、ちょうどハヤブサが高級ホテルのラウンジで女性と別れて手を振っている場面が映し出された。


 女性がスマホの画面に映りこんでいるのに、

全く気にも留めずに電話に出るハヤブサ。

あいかわらずイケメンの彼は今日もクールだ。


「やあ、最上君」


「あ、今取り込み中でしたか…かけ直しますけど」


「ちょうど雑誌の取材が終わったところさ、女性誌で特集記事を組むんだって。

インタビューを受けていて、担当記者が帰ったところなんだ。

ところで、ダンジョンで鉱石は手に入ったのかい?」


ハヤブサの特集記事だって?

人気配信者の日常を垣間見たような気がした。

俺には縁遠い世界だ。

そんなハヤブサから直々に魔法を教えてもらうなんて、なんて恐れ多いことをお願いしたのか。


「で? 何を作りたいんだね」


高級ホテルのラウンジテーブルに残っていたコーヒーを一口すすって、ハヤブサは本題に入った。


「あの、そんなところでハヤブサさんの魔法を披露しちゃっても、大丈夫なんですか?」


「ここに、魔法の資材である鉱石はない。

呪文の唱え方を教えるだけだから、魔法は発動しないよ」


ホテルのラウンジで魔法を発動させても大騒ぎにならないと聞いて、安心した。


さっそく、ハヤブサに言われた通りに手のひらに乗るサイズの鉱石を手に持った。

そして、落ち着いて深呼吸をし、作りたい物のイメージを膨らます。


「慣れないうちは、精神統一するのが大変だ。いろんな雑念が入ってきちゃうからね。

イメージは出来たかい?」


「はい」


「呪文を言うよ。

ジェネラ・チョッキ・デシデリ」


「は?・・・すみませんが、もう一度言ってもらえますか」


「ジェネラ・チョッキ・デシデリ」


「ジェネラ・チョット・デリシャス」


「おいおい、何だねその言葉は。似ているけど違うね。

最上君、今君はお腹がすいているだろ」


「よくわかりましたね、ハヤブサさん」


「おいしいジェラードが食べたくなったんじゃないかい?」


「すごい! ハヤブサさんは読心術もできるんですね」


「こんなのは読心術ではない。

君の発したくそでたらめな呪文を聞けばだれでもそう思う。

こっちは忙しい合間をぬって呪文を教えているのだ。

まじめにやってくれないと困るよ」


「まじめですよ。ただ聞きなれない言葉は覚えられなくて。

紙に書いてもいいですか?」


「だめだ。呪文は口伝だ。紙に残したものを誰かが見たらどうするのだ」


言われてみればその通りだと納得し、もう一度だけハヤブサに教えてもらう。


「ジェネラ・チョッキ・デシデリ」


「ジェネラ・チョッキ・デシデリ」


何度か繰り返しているうちに、やっと魔法を発動できた。

俺の手に乗っていた鉱石は、空き缶になった。


「空き缶か? 失敗したな」


「いいえ、これ成功です」


「ええ? 君は空き缶を作りかったのかい?」


「そうですが……なにかマズいんですか」


「空き缶なんか作ってどうするつもりだ」


「これに、水やコーヒーを入れて自動販売機で売ります。

ダンジョンに人が増えたら、飲み物は絶対欲しがると思いませんか。

これで大儲けはできませんが、そのあと誰かが真似してくれればいいんです。

俺の目的は空き缶回収ですから」


「空き缶回収が目的だって?」


「自然保護のため、ゴミの投棄場所は一か所に決めます。

みんなゴミは捨てたくなるから、それをタダで回収します。

回収された空き缶はまたエネルギーに、再生可能エネルギーです。

これなら、経済が回るでしょう」


「どうやら、冗談を言ってるわけじゃないようだね。

君の理解不能な発想には驚かされる」


俺が夢を語っている間に、小屋の外から桜庭の声がした。


「最上君、お兄ちゃんとの電話おわったぁ?」


「まだだけど、どうした?」


「知らない男の人が畑の前に立ってて、話しかけられた」


「なんだって?」


また新しい住人がやって来たというのか。

物騒な奴だったら嫌だな。


俺よりも驚いて大騒ぎしている人がいる。

それは、スマホ画面に写っているシスコンのハヤブサだ。


「あずさ、あずさ、危険だから知らない男の人と話しちゃだめだよ。

なんてことだ。わたしがいない時に……

も、最上君、どういう男か私も確認したい。

このままスマホで映しながら、男のところまで移動してくれないか」


「わかりました」


俺は床に転がっていたバットを拾って、小屋の外に出た。




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