第74話 コテージに行こう

 ペンション白鷺のロビーは、そんなに広くはない。


チェックインのお客様の邪魔になるといけないからと言って、

狩野とハヤブサは外のテラス席にいた。

彼らがここに着いた時間帯はチェックインでごった返していた。

俺はテラス席にいる狩野とハヤブサにウエルカムドリンクを運んでいる。


「アイスコーヒーでいいっすか?」


「悪いね、最上君。けが人に運ばせちゃって。

狩野君、君は暇だろう。手伝いたまえ」


「へ? 僕が?」


「あずさを見たまえ。上手にフロントで接客しているじゃないか。

ああ、なんて可愛いんだ。わたしの妹は……」


「ハヤブサさんも、フロントへ行って一緒に手伝ったらいいじゃないですか」


狩野が冗談半分で、ハヤブサをからかった。


「そうか、そうだね。行ってくる」


「冗談です!」


俺と狩野は、ハヤブサを必死に引き留めた。


「わたしも半分冗談だ」


俺と狩野はほっとして引き留めていた手を緩める。

でも、半分は本気だったのか。


「ところで、せっかく来ていただいたのに、

うちは満室なんで、どこかホテルを紹介しましょうか」


俺は二人に気を使って、他の宿泊先を紹介しようと言った。

狩野は、にやりと笑って俺を見る。

何? 気持ち悪いやつだな。

日焼けして、ますます怪しいやつに見えるぞ。


「あるじゃん、スペシャルなコテージが。

秘密のダンジョン第5層界に。

温泉付き、畑付き、星空を眺めて宿泊できるコテージが」


「それは名案だね。

だけど、今日退院してきたばかりの最上君は行けるのかい?

ムリして外泊なんか、絶対だめだろう」


「僕、知ってますよ、行き方。

なんなら、最上抜きでコテージに泊まりませんか?」


狩野の名案に、ハヤブサさんはちょっと顔を曇らせた。

確かに、狩野は第5層界への行き方を覚えているから出来ない話ではない。

だが、完璧執事トレスチャンの存在を彼は知らない。


「俺抜きで行くと、俺の小屋を守っている執事に捕まって木に吊るされるぞ」


「意味わからないんだけど」


「ああ、そうだってね。エバンスから話は聞いたよ。

『主が留守中に、さいじょうの館に近づくと、樹木のトレントに捕まってと吊るされる』

そう言って怖がっていたよ。君の執事なんだって?」


「聞いていましたか」


「僕の知らない間に、トレントを執事にしたのか」


話せば長くなるから、事情は現地でと言いたいところだが……

そう、おれが小屋に行けば問題ないのだ。

あとは、母さんをどうやって説得するか。


 そんなことを考えながら、テラス席で彼らと一緒にアイスコーヒーを飲んでいた。すると、駐車場の方から大きなスーツケースを運びながらやってくる女の子が見えた。

お客様かな。


「ちょっとぉ、荷物を運んでくださるぅ?」


どこかで見たことがある子だ。

その子が誰であるか、真っ先に気が付いたのは狩野だった。


「あ、ユズリハさん! 僕が、僕が荷物をお持ちします」


「あら、あなた、なんでここに居るのよ。ここでアルバイトでもしているの?」


「いや、僕はたまたま来ただけで、バイトしてるのは桜庭です」


「桜庭? ですって?」


狩野に荷物を持たせてテラス席まで来たユズリハは、何故か不機嫌そうな顔した。

だが、俺を見るとその表情が驚きに変わった。


「ハチ王子! 頭に包帯巻いて……あの桜庭が言ってたことは本当だったのね」


「あ、ども。久しぶりです」


「お嬢さん、わたしは始めましてだね」


「ハヤブサさん! キャッ、本物のハヤブサさん? 初めまして、わたしユズリハといいます」


「知っているよ。アイドル系人気配信者のユズリハ君だね。よろしく」


「こんなところで、ハヤブサさんに会えるなんて光栄です。来てよかったわ」


ユズリハ、何しにここへ……



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