第120話 玉川ダム下流公園

「マタギってぇのは、ハンターとは全然違うがらな」


爺ちゃんは軽トラを運転しながら、教えてくれた。


「ハンターは、鉄砲撃ちのことで、クマを『撃ち取った』とか、『駆除した』とか言う。

んだども、マタギたちはクマを『撃ち取った』と言わねぇ。『授かった』と言う」


「授かった?」


「マタギは山の神様を信仰してる人達だ。

クマとか山菜とか、キノコなど、山の恵みはみんな、山の神様の所有物ということだな。

山の神様の機嫌がええば授けてくれる。機嫌が悪りぃば、不猟どころか危険な目にも遭うからな」


「ふぅーん、で? マタギの里ってどこにあるの?」


「どこって、ここって、昔からここら辺は、マタギの里だったで」


爺ちゃんが言う、ここら辺というのは、秋田県の田沢湖周辺のことだ。

爺ちゃんのペンションがある場所から、田沢湖に沿って軽トラは北に向かって走っている。


「田沢湖の奥の玉川地区さ行けば、マタギがいたもんだった。

今は、マタギ専業でやっている人などいねぇんでないかな。

みな、農業と兼業したり、他の仕事をしたりで、お呼びがかかった時だけ猟友会として、山の中さ入っていくようだ」


「マタギ専業って言うけど、じゃあ、昔は専業だったの?」


「この辺は冬になれば、雪が積もって食べるものがなくなる。

山で猟して、授かった動物を解体して有効利用していたんだ。

捨てるところなく、全てを有効利用して、売れるものを売ってお金に換えた。

そうやって、昔から生きるためにクマを狩って、クマと共に生きてきたんだよ」


「自然との共存、っていうやつか」


「今でこそ、『自然との共存』なんて言葉使うけれども、マタギの里では大昔から自然と共存していたわげよ。

そこは山の神様への畏怖っていうか、熊は獲物ではなく授かる命だという信仰なんでねぇか?

命を授かって、自分たちの命もつないでいた。

マタギの文化は、自然へ配慮しながら大昔から現代まで続いているわけよ」


軽トラは、玉川ダム下流公園に来た。

ここに駐車して車から降り、爺ちゃんは玉川ダムを見せながら説明を続けた。


「この玉川の上流をずーっと登って行けば、玉川温泉だ。

ここで玉川温泉に向かわずに、西に曲がって山を登って行けば、マタギ発祥の地と言われている北秋田市の阿仁地区だ」


「山を挟んで、仙北市の玉川温泉と北秋田市の阿仁地区は隣なんだね」


「んだ。昔から田沢湖町から阿仁へ続く道は、行商の道だったんだ。

阿仁からは貴重な熊の胆という薬、こっちからは米を持って行商してたと聞いている」


「阿仁は近い隣町みたいな存在?」


「近いとは言っても、そんなに簡単でねえよ。

玉川温泉へ行くのも、阿仁へ行くのも、どっちもペンションからだと車で五十分から一時間はかかるなや」


「げっ、通えないじゃん」


「んだよ。爺ちゃんが毎日送り迎えしたってええども」


「そんなの爺ちゃん大変だよ。転移石を使って移動するからいいよ」


「ほ、そんな石があるのが」


「うん、このあいだの警察や自衛隊が協力してくれた事件も、転移石を利用したからね。

起点をダンジョンの小屋にしておけば、できるんじゃないかな。

まあ、なんとかなるっしょ」



「忍、おめぇのその大雑把なところは誰に似たんだべな」


「爺ちゃんだと思うよ」


「はぁ? これは一本やられだ。はっはっはっはっは」


爺ちゃんに似ていると言われたことが嬉しいのか、爺ちゃんは笑っていた。

笑いながら軽トラに戻ろうとしたら、後ろから声が聞こえた。


(おらも連れていってくれないか)


ん? 誰?

この公園には、爺ちゃんと俺しかいないよな。


「爺ちゃん、今、何か言った?」


「ああ? やられだって言った」


「その次」


「はっはっはっはっはって笑っただけだ。なんも言ってね」


おかしいな。

確かに誰かの声が聞こえたが。


(こっちだ、こっち。こっち見てみろ)


ほら、やっぱり聞こえた。

声のした方を探してみると、大きな樹の元で、一匹の犬がしっぽを振りながらこちらを見ていた。



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