第25話 野営訓練―2

「スマホでGPS使っても、登山口はなかなか見つけられないぞ」


五十嵐先生が背後からにゅっと顔を出して言った。


「ひぇ! おっどろいたぁ。熊かと……」


「誰が熊だと?」


「いえ、別に…熊に気を付けようと言っただけです」


「念の為、教えてやろう。水沢ルートの登山口はこっちだ。

駒ケ岳が庭みたいな最上なら、知っていて当然だとは思うが」


「いえ、知りませんでした。ありがとうございます。助かります」


「テント設営は大丈夫だろな」


「はい、できます」


「じゃ、さっさと出発しろ」


「あの、先生は付いてきてくれないんですか」


「助けが欲しいか」


特別メニューというから、特訓してくれるのかと思っていた俺が甘かった。

助けて欲しいなんて言うのも癪だ。


「いえ、大丈夫です」


「お前ひとりだ。班長はいない。行動計画書は持ったか?」


「あ、忘れてました」


「スタートする前からそんな調子では、遭難するぞ。

この行動計画書を持っていけ。さっさと出発しろ」


先ほどの発言を訂正する。

熊じゃない、先生は鬼だ。




 先生から教わった通りの道を進んで行ったが、登山口がわからない。

GPS使っても見つけられないと、先生が言っていたとおりだった。

ウロウロしながら探し続ける。

もし見つからなかったら、山菜でも採って戻ろうか。

ワラビくらい生えているだろ。


ワラビを探しながら歩いていたら、なんとか登山口をみつけた。

道標が倒れて見えなくなっている。

これでは、他の登山客もウロウロするだろう。

道標がちゃんと見えるように立てなおして、先に進んだ。


最初はなだらかな道だった。

これなら楽勝かと思いきや、徐々に道は急になっていき、途中で水沢コースと書かれた看板が現れた。


『水沢コース ⇔』


この看板の矢印は、右と左の両方を指していて意味がわからない。

これって、謎解きですか?

俺は、運を天にまかせて右を選んだ。


 そこから道の様子が一変する。

笹が生い茂る道を突き進んでいく。

もしかして道を間違えたかと、だんだん不安になってきた。

しかも、急な山道だ。

ただでさえ、急な登り坂なのに、そこを笹が邪魔をする。


やっぱり道を間違えたかもしれない。

さっきの看板まで引き返そうかと迷い始めた頃、別の看板が現れた。


『クマ出没注意! 音を鳴らして近くに人間がいることを熊に知らせてください』


出るのか。

いや、ここは熊の生息エリアなのだから、熊の立場からしたら人間出没注意だろう。


よく見るとこの看板の下の方に、誰かの手書きで『水沢コース→』と書いてある。

誰もがこの辺で、道に迷ったと不安になるのだな。

後から登る人のために手書きで書いてくれた人に感謝。

俺が選んだ右は正解だった。


わさわさと笹の中かき分けて、急すぎる斜面を登っていく。


 やがて、森林限界をやっと抜けると、尾根の向こう側にスキー場の山麓周辺がよく見えた。

スポーツセンターの広い敷地も良く見える。


あの中でクラスのみんなは演習しているんだ。

もう、テント張ったのかな。


やばいな、急な登り道を迷いながら歩いてだいぶ時間を浪費してしまった。


やっと、水沢分岐に到着。

急な上り坂を登って、2時間経過した。

まだまだ、目的地は遠いのにかなり体力を消耗した。

道の脇に座って、一人で休憩をとっていると、ちらほら登山客が通る。


「こんにちは」


「こんにちは」


みんなにこやかに挨拶を交わす。


 一時間後に男岳到着。

ここからは田沢湖が見えた。

ああ、絶景かな、絶景かな。

ここでも、休憩したいところだが、時間がなくなるからムーミン谷までの道を急ぐ。


男岳のくだり道は、思ったよりも急で、足場に小石が多いから滑りやすい。

男岳から谷底へと降りていくというより、

転がっていくような感じで俺は降りて行った。


ところどころに残っている雪を見ながら木道までくると、そこはムーミン谷だ。


目的地まであと少し。



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