第3話 貴族は肉肉肉!!!!



「食事改善……って何言ってるんだ?」


 兄のバートが訳がわからないという顔をする。


「お兄様……私にこの食事は食べられません」


 私は視線を目の前の食事に向ける。そこにはそれはもうこってりした数々の品が……うっ、気分悪くなってきた!

 口を押さえた私に何を思ったのか、兄がふっと優しく笑った。


「好き嫌いするなよ。ほら、お兄ちゃんのもやるから」


 そう言って兄が牛のステーキをこちらに渡してこようとする。

 いや、いらない。もう身体が拒絶していて見るのも嫌!


「好き嫌いじゃないんですよ!」


 私は兄が渡してくるステーキを避けつつ、必死に主張する。

 いらない、本当にいらないんだって!


「私が身体が弱いのは知ってますよね? 身体が弱いと、こってりした食べ物……特に油物を食べるのがキツくなるんです!」


 まさに今食べさせようとしてきている、このステーキとか! 

 兄と両親は今初めて知ったようで、驚きを隠せない。しかし驚きながらも兄はステーキを自分の手元に戻した。よしっ!


「そうだったのか? でも今までもステーキを食べていたじゃないか」


 父の疑問に答えてあげる。ここできっちり答えておかないとまた今後こってりした食事を出されかねない。絶対に家族には今理解してもらわないと!


「本当に?」

「え?」

「本当に私はステーキをガッツリ食べていましたか?」


 父が固まり、一生懸命記憶を遡ろうとしているのがわかった。

 しかし、どんなに記憶を遡ろうと、嬉々として肉を頬張る私は出てこないはずだ。

 その代わり思い出されるのは、やたら食の細い娘の姿だけ。


「こういう食事は身体が受け付けないから、少し口をつけて、ほとんどデザートのフルーツとか食べていたはずですよ」


 すごいな過去の私。よくそれで生き抜いてたな。


「そ、そんな……でも言われてみると確かに……」

「お肉を食べているこの子がイメージできないわね……」


 父と母が衝撃の事実に戸惑いつつ、理解を示した。


「そ、そんな……」


 兄が動揺してフォークを手から落とした。


「じゃあ俺がたまに届けていた軽食のステーキセットも、フィオナは食べれなかったってことか!?」


 そうですよ……というかステーキセットは軽食ではない! あれ軽食のつもりで運んできてたの!?


「フィオナは細いから、普段の食事では足りないのかと思っていたのに……」

「お兄様の気持ちは嬉しかったですよ」


 しょんぼりする兄を必死にフォローする。やり方は間違っていたが、自分を気遣う気持ちは嬉しいと思っていた。だから今までその食事が食べれないことを言い出せなかったのだから。

 ちなみに兄がたまに届けてくれた激重ステーキセットは、食べられない私の代わりに、アンネが食べていた。


「じゃあ……何が食べられるんだ?」

「お肉で元気になると思っていたのに……お肉以上に元気になるものなんて……」


 肉を食べさせればなんとかなるという根柢の考えがあるからか、両親も兄も、肉が頭からどうしても離れないらしい。

 というか何その肉信仰している感じ。肉は確かに必要な栄養もあるけど、万能ではないですよ。


「この世には、いろいろな栄養素があって、そのときの体調などで食べるものを変えるんですよ」


 たとえば風邪を引いているときに、油たっぷりのガッツリとんかつなどはみんなあまり選ばないはずだ。

 しかし健康優良児な私以外の家族は首を傾げている。

 今は全部わかってもらわなくてもかまわない。とりあえず、私がこってりしたものが食べられないということがわかっただけで十分だ。

 そう、そしてこってりをこれから食べないためには――


「食事改善ですよ、お父様、お母さま、お兄様」


 私は胸を張って言った。


「私が直接指導いたします!」




◇◇◇




「お、お嬢様!?」


 ズカズカと厨房に足を踏み入れると、中にいたコックたちが動揺した。それもそうだ。普通貴族は厨房になど足を向けない。


「な、何かありましたか!?」


 料理長が怯えた様子で訊いてくる。

 ここまで乗り込んできたのは、食事に何か問題があったからだと思ったのだろう。


「何もないわ。いつもおいしい食事をありがとう」


 私は安心させるようににこりとほほ笑んだ。

 彼らには何も落ち度はない。こちらの希望に沿ったメニューを作り、提供しているだけだ。私の身体にそれが合わなかっただけで、味は間違いなくおいしいし、料理の腕はぴか一だ。

 だから彼らを叱るつもりもないし、むしろ褒めてあげたいぐらいだ。

 だけど……


「ひっ! 改善するのでお許しください!」


 料理長が青い顔で土下座した。


「え、ちょ、頭を上げて!」

「どうかどうかクビだけは! なんでもしますので!」


 必死に懇願してくる料理長。どうして!? 私ありがとうって笑顔でお礼告げただけなのに!

 ハッ、悪役令嬢だから? 顔が怖いの!?

 それとも私料理長を虐めたり……してないしてない! まだしてない! いつも体調悪いから笑顔でお礼とかはしてなかったけど、使用人に対する虐めとかはしてない!

 あ、逆にいつもしてないことをしたから怯えられてるのか!?

 そうだよね! 普段寄り付かない雇い主が来たら怖いよね!


「本当にそういうのじゃないから!」


 私は土下座の姿勢で動こうとしない料理長を無理やり立たせた。


「じゃあなんです……?」

「ちょっと食事内容を……」

「やはり私の作ったものが口に合わずっ!」


 料理長がまた土下座しようとする。

 ちょっと! ここまでくると面倒臭いわよ、あなた!


「そうじゃなくて! 今後私の食事をあっさりめにしてほしいんだってば!」


 私のお願いに、料理長含め、他のコックたちが顔を見合わせた。


「あっさり……とは?」


 料理長がおそるおそる訊ねてくる。


「できればしばらく牛肉は控えて……」

「牛肉を控える!?」


 料理長が驚き目を見開く。


「お、お嬢様……では何を使うのです……?」


 料理長が恐る恐る訊ねてくる。


「野菜中心で……」

「野菜中心!?」


 再び厨房内がザワついた。


「お、お嬢様……貴族の方は肉を食す文化でして……肉を出さない野菜中心のメニューは平民の召し上がるものでして……」


 料理長の説明に、私は頭にタライが当たったかのような衝撃を受けた。

 待って、料理長の言っていることは、つまり。


「野菜中心は平民の食べる……いわゆる粗食扱いってこと……!?」


 私は先程見た食卓を思い出した。

 肉、肉、肉、とにかくこってり肉。胸焼けそんなの知らないよ、とばかりに肉肉肉!


 肉!!!!


 そうか、あれが貴族の食べるべき食卓だから家族が戸惑ってきたのね……

 特産品である牛肉を食べないからという理由だけではなかったのだ。

 なるほど……まさか食べ物で貴族と平民に差があるなんて……

 私は痛む頭を押さえた。


「どうする? 平民の食べる物を出すなんて……」

「やはり肉を出さないと失礼になるでしょう」

「でも、フィオナ様の希望だし……」


 ざわざわと落ち着く様子がないコックたち。初めての事態に戸惑っているようだった。

 これはこのままでは埒が明かない。

 私は頭を押さえていた手を外し、大きく手を打ち鳴らした。


「わかりました! 私がお手本を見せます!」


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