第24話 ニックの悩み
「俺は騎士をしているんだが」
ニックが話し始めた。
「騎士と言うとやはり身体が資本だろう? だから俺なりに頑張って鍛えているんだけど、ちょっと停滞期というか、あんまり身になってない気がするんだよ。俺は」
そう言うと、ニックはいきなり上半身裸になった。
「もっと! もっとムッキムキになりたいんだよッ!!」
「もうムキムキだよ!?」
私はニックの裸を見ないように手で目を隠しながら言った。
というかうら若い乙女になんてもの見せてるのよ! いきなりすぎて「きゃー!」と叫ぶこともできなかったじゃない!
おそらく説明するために脱いだのだろうが、せめて一言説明と、こちらからの同意を得てから脱いでほしい。
ニックはもっとと言うが、私から見たらすでに充分なぐらいムキムキだ。
しかし本人は納得していないようだった。
「いいや! もっといけるはずだ! この腕を丸太のようにするんだ!! ムッキムキに!!」
熱くなるニックに対して、私の心は冷めていく。
ムッキムキってなんだ。もう十分ムキムキだよ。
ゲームでもこんなに熱苦しかったかな?
確かニックルートのストーリーって……と私は前世の記憶を振り返る。
元々平民だったヒロインは貴族生活に嫌気が差していた。そんなとき、騎士であるニックと出会い、ニックに女騎士という道があると教えられ、その道を目指すため、一緒に努力していくのだ。
ある日、たまたま助けた女性がお忍びで町に来ていた王女様で、それがきっかけで王女様の騎士になる試験を受けられることになったけど、試験前日に怪我をしてしまう。
これでは試験に落ちてしまうと落ち込むヒロインをニックは励まし、ヒロインは無事試験合格。その後、ヒロインから逆プロポーズされる。
……そういえば、プロポーズの返事が「これからも共に切磋琢磨していこう!」だったな。
プロポーズの返事がそれ!? と思ったけど、変わり種としてなぜかメインルートの王太子ルートと同じぐらい人気があったのよね。
でもこうして改めて考えるとルートそのものが結構脳筋だった……
じゃあ攻略対象のニックが脳筋なのも仕方ないか……
「頼むフィオナ嬢!」
「フィオナに近づくな露出狂」
「露出狂!? 訓練ではみんな脱いでるぞ!?」
「ここは訓練場じゃないだろ」
「脱がないでどう筋肉の説明をするんだ!」
「知るか!」
いやここまで筋肉バカだった?
私の記憶ではもっと爽やか騎士様だったはずなんだけど……私がヒロインじゃないから? ヒロインの前ではもっとヒーローらしくなってくれるの?
とりあえず服を着てほしい。
そう願っていたらニックはルイスに促されて渋々脱いだ服を着てくれた。よかった……
「アンネ、追い出せ」
「おまかせください」
アンネがサッと現れ、ニックの首根っこを掴み、追い出そうとする。
「待った待った待った! アンネもどうしてルイスの言うこと聞いてるの!?」
慌てて追い出そうとしているのを阻止する。おかしい、アンネは今までルイスを嫌っていて、ルイスの言うことなど聞いたことなかったはずだ。
そのアンネがルイスを主だと思っているかのような様子で彼の言うことを聞いている。
「今までの誤解が解けたとお聞きしましたし、それなら未来の雇用主に媚びを売っておいてもいいかと思いまして」
「未来の雇用主……?」
どういうことだろう。今のアンネの主は私なのに。
よく理解出来ていない私に、アンネが説明する。
「だって、お嬢様が結婚したら、雇用主はこの家の旦那様から、ルイス様になるでしょう?」
…………
「は、はあ!?」
思わず一瞬フリーズしてしまった。アンネはそんな私にハッとした表情を向けた。
「ま、まさかお嬢様……」
アンネが瞳を潤ませた。
「私を婚家に連れていかないおつもりで!?」
「いや連れていくけど!」
間髪入れずに答えると、アンネの表情が少し明るくなった。無表情だから他の人にはあまりわからないだろうけど。
「アンネ……」
ルイスがアンネの肩を叩いた。
「よくわかってるじゃないか。俺たちが結婚したら給金には色をつけてやろう」
「ルイス!」
こっちはこっちで何を言ってるんだ!
「けけけけけけ結婚って」
「するだろう?」
するともなんとも返事してないんだけど!
「おーい、俺の存在忘れないでくれる? また脱ごうか?」
「脱がんでいい」
寂しそうな声にすっかりニックを無視してしまっていたことに気付いた。
再び脱ごうとしたニックをルイスが止める。
いけない。そもそもニックと会話をしていたのよ、私は。
「無視する形になってごめんなさい。えっと、筋肉付けたいんだっけ?」
「そう! その通り!」
ニックが大きな声を出す。というか、会話している間、ずっと声が大きいからこれが彼の通常の声量なのかもしれない。
「今は筋肉がつかない倦怠期みたいなんだ……でも俺はもっと付けておきたい。もっともっと強くならないといけないんだ!」
ニックを自分に親指を向けて指さした。
「俺は騎士団隊長を目指しているからな!」
騎士団長ってムキムキになるのが条件だっけ……?
私の少し引いた表情から何を思ったのか、ニックが「あ!」と声を出した。
そしてとても言いにくそうにおずおずと口を開く。
「もしかして、フィオナ嬢でも難しいのだろうか……? ダメそうなら無理しなくても」
「……なんですって?」
ニックの言葉はとても聞き入れられないものだった。
「この健康オタクな私に対して、難しいですって?」
私にもプライドはある。そう、健康に対して人より多くの知識を持っているという自負が!
「わかった。そこまで言うならやってみましょう!」
私はニックをビシッと指さした。
「私が筋肉ムキムキにさせてあげるわ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます