第23話 もう1人の攻略対象
ルイスとの仲も改善され、優秀な主治医もゲットして、わりとうまくいってるんじゃないか? と油断したときにそれは訪れた。
「たのもう!」
道場破りか!
内心そう突っ込んでしまうほど大きな声が屋敷内に響き渡った。
「なんだなんだなんだ!? 討ち入り!?」
わりと平和なこの国で討ち入りなどあるのだろうか。
大声に1番初めに反応した兄が「討ち入りだ! いや決闘か!?」と騒ぎながらオロオロしている。
「落ち着いてお兄様。少なくともいきなり暴れ出すタイプの人が来たわけじゃなさそうだわ」
私は兄を安心させるように言った。
「なんでそう思うんだ?」
「だってきっちり「たのもう!」って叫んでそれから静かだし、本当に討ち入りに来たならそのまま大暴れしているでしょ?」
「た、確かに……!」
私の言葉に兄も両親も少し落ち着いたようだ。
「それじゃ……どうする?」
「どうするって……」
兄が真剣な表情をして言った。
「俺は様子を見に行きたくない」
父が真剣な表情をして言った。
「私も行きたくない」
母が真剣な表情をして言った。
「私も行きたくないわね」
私も真剣な表情をして言った。
「私も行きたくないです」
みんなが顔を見合わせて固まってしまった。
いや、どう考えても堂々と「たのもう!」と乗り込んでくる相手と対峙したくはない。
「た、大変です!」
そこに使用人の1人が慌てた様子で駆け込んできた。
「どうしたの?」
「そ、それが……」
母の問いかけに、使用人はちらりと後ろを振り返った。
そして後ろから人が一人現れた。
真っ直ぐこちらを見ながら歩いてくる姿は、自信に満ち溢れていた。
茶髪の髪に、澄んだ水のような綺麗な水色の瞳。カッチリした体格で、兄やルイスが細身の美青年なら、こちらはマッチョ美青年だ。少し筋肉質で暑苦しさはあるが、その爽やかな笑顔で緩和されている。
「初めまして!」
元気な声で彼が言った。
「俺はニック・オリヴィール」
意気揚々と彼はこちらを見る。
「フィオナ嬢と話がしたい!」
◇◇◇
なぜこんなことに……
親は押しかけてきた相手がニックだとわかると安心して私と彼が話す場を設けた。
ニック・オリヴィール。
彼はこの国で誰もが信頼できる人物と述べるだろう人間だ。
明朗闊達で、明るい彼は人に好かれる。父親は騎士団長で、彼自身剣の腕が立ち、次期騎士団長候補として日々鍛錬に明け暮れる努力家の彼は、王太子殿下と仲が良く、いずれ王太子殿下の片腕となるべき人物である。
え? なんでそんなに詳しいのかって?
ニック・オリヴィールもゲームの攻略対象だからだ。
そもそも王太子殿下の片腕。そんな人物がモブなはずがない。
それより問題はなぜニックが我が家を尋ねてきたかということだ。
ニックと我が家はなんの関わりもないし、当然私自身も彼と関わったことはない。そもそも私はルイスルートの悪役令嬢で、彼のルートでは登場しないのだ。
なのになぜ……?
私は不安で胸をドキドキさせながらニールが切り出すのを待っていた。
「いやー、いきなり悪いな!」
本当だよ!
と思ったが「はあ」と言うに留めておいた私を誰か褒めてほしい。
念の為扉の向こうでアンネを待機させてるけど「任せてください。いざとなったら刺し違えてでも」とか言ってたから別の意味で不安……刃物持ってないでしょうね……?
「あの、どういったご用件で?」
「ああ。そうだよな。用件を言わないとわからないよな」
ニックがハハッと笑った。爽やか。さすが攻略対象。
「ここ最近の噂を聞いたんだ」
「噂……?」
とはなんだろうか。
「ふふふ……これだ!」
ニックが笑いながら何かを取り出した。
そこには――新聞があった。
「『エリオール侯爵の愛娘、隠していた才能! 先日から話題のハーブであるが、なんと発案者はエリオール侯爵の娘、フィオナ令嬢であることが発覚した。彼女は誰も知らないハーブの効果についての知識を持っており、それが今回の流行の火付け役となった。フィオナ令嬢の兄、バート・エリオール侯爵令息は「あの子は昔から出来る子でしたがそれを鼻にかけない子でした」と語って』」
「いやーーーー!! 読まないで!!」
先日知らぬ間に載ってしまった兄の兄バカ満載の新聞記事だった。
まさか1度ならず2度までもその記事の見る日が来ようとは。
恥ずかしいやめてほしい。燃やさせて。
「今や君は有名人だぞ! 先日ルイスの祖母も治したそうじゃないか!」
「それも噂になってるの!?」
誰にも言ってないし、目撃者はその場にいた人間しかいないはずなのに!
「人の口に戸は立てられないのさ」
それはそうだろうけど!
「身体のことに悩んだらフィオナ嬢に相談したらいいとまことしやかに囁かれてる」
「いや、私健康オタクなだけだから普通にお医者さんに行って……」
病気のこととか相談されても困る……
エリックはこの国の医療は遅れていると言っていたけど、それでも医療知識があまりない私よりこの国の医者に見てもらったほうがいいはずである。
「ずばり! そんなフィオナ嬢に相談があるのだが!」
この人全然話を聞いてくれない。そういえばゲームでもこういうところあったかも……
「俺の!」
ガシッとニックが私の手を掴んだ。
「きんに――」
「フィオナ!」
ニックが私に何か伝えようとしたところで扉がバンッ! と大きな音とともに開いたと思ったら、そこにはなぜかルイスが立っていた。
「ルイス!? なんで!?」
今日は来る予定などなかったはずだ。
「たまたまフィオナに会いに来たんだ。そしたら筋肉ダルマが来たと言うから」
「筋肉ダルマ!? そこまでの筋肉ではないと思う! どちらかと言うと美筋肉!」
「フィオナ嬢! 褒めてくれるのは嬉しいがおそらくそのツッコミは間違っている!」
え!? そう!? でもダルマな筋肉じゃないいい筋肉だと思うんだけど!
ルイスが怒りの表情を浮かべてニックと繋がれた私の手を引き剥がした。
「人の婚約者の手を握るなどどういう用件だ?」
「悪い悪い! つい! 感情が昂っちゃって!」
「感情が昂る……?」
ルイスがサッと私をニックから見えないようにした。
「フィオナが可愛いからか? 確かにその辺で見ることがないぐらい美少女だけどダメだ。俺の婚約者だ」
「ルイス! 何言ってるの!?」
そういえば前に初めて会ったとき可愛いと思ったと言っていたけどもしかして今もそう思ってくれてる? 喜んでいいところなのかなここ?
いや、今目の前にニックがいるから素直に喜んでいる場合ではない。ルイスの暴走を止めないと。
そう思ってルイスを止めるために行動しようとする前に、慌てたようにニックが手をパタパタと振った。
「いやいやいや、ごめんごめん! そういうことじゃなくて、俺の悩みが消えるのかもしれないと思ってさ!」
「悩み?」
ニックが勢いよく頭を下げた。
「筋肉をつけてくれ!」
……はい?
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