第22話 主治医2
私が過去の後悔でうんうん唸っている間に、エリックは何か別のことを考えていたようだ。
「え?」
「この国は医療技術や、国民の健康意識が低いよね」
それは私も思っていた。
現代の先進国である日本ほどは無理だとしても、あんまりにも病気や健康に対する意識が低いなと。
「他の国は違うの?」
「似たような国もある。国それぞれだよ」
ということは、ここより発達している国もあるのだ。
「貴族社会が強く根付いている国ほど健康に対する意識は低い。貴族はプライドから優雅な暮らしを演出するために健康など考えない食生活をしているし、平民はその日食べられるものを中心に食べてるから、栄養が不足しがちになるんだ」
すごい。よく分析している。
確かに貴族は自分達がどれだけいい暮らしをしているか見せびらかすような暮らしをしている。そして平民はお金がない人も多いため、安いパンなどに食を頼りがちになる。
「あとはやはり知識の差かしら。偏った食事でどういった身体になってしまうかを、みんな知らないのよね」
ルイスやルイスの祖母が知らなかったように。
「なんだ、フィオナ嬢は話がわかる人なんだね」
「え? そ、そうかな……?」
褒められたような気がして私はへへへ、と少し照れた。
「僕のようにあちこち歩き回っていると、その国の問題点も見えてくるけれど、その国にずっと住んでいる人間は案外気付かないものなんだよ。だからずっと変わらずそのままでやってきたんだろうね」
「あ。確かに」
私も記憶を取り戻すまでこの食生活に疑問を抱いたこともなかった。
あのままいってたらもし仮に断罪を逃れても、病弱さと食生活のダブルパンチで私結局死んでたかもな……
「エリックの国は?」
「僕の故郷はなかなか進んだところだったよ」
エリックが懐かしむでもなく淡々と答える。
「じゃあその国で医者やってたほうがよかったんじゃないの?」
「いや……」
エリックが一瞬言い淀んだ。
「まあ、それはさておき」
さておかれた。
どうも言いたくないみたいだ。私もあまり突っ込まないことにした。初対面でズカズカ聞くものではないし、そういうデリケートなことはもっと仲良くなったら教えてくれるかもしれない。
「胃薬と整腸剤を処方しよう。根本的な解決にはならないけど腹痛はマシになるでしょ」
「やった!」
胃にいいというハーブなどで対処していたが、それも限度がある。
胃薬があれば胃もたれもしにくくなり、弱弱お腹ともおさらばできるかもしれない。
「マシになるだけだから油断しないでね。体質改善していくのが大切だから」
「あ、はい」
浮かれた気分を見透かされてしまった。危ない。領地特産ステーキとかいけるのでは? と少し夢を見てしまった。やめよう。そんなものをいきなりいったら胃薬があっても胃が死ぬ。
「というわけで改善策。侍女さん」
「はい」
部屋にいなかったアンネがさっと現れた。どこにいたの? そしていつの間に現れたの?
「何してるのアンネ」
「お嬢様の専属医者――つまりお嬢様の命を掴んでいる相手に媚びを売ってます」
「命掴まれてはないわよ!? たぶんだけど!」
掴んでないわよね? ね?
私がエリックを見ると、エリックはそれを無視してアンナが手にしている紙をバッとこちらに開いた。
巻物かと思うほど長い紙だった。
「何これ何が書かれてるの!?」
「改善策だよ」
エリックは無情に告げる。
「こ、これ全部が?」
「そう」
エリックは頷いた。
「まず早寝早起きを心がけて。朝はまずきちんと日光を浴びること。できれば15分。体内時計をリセットするし、日光は骨を丈夫にする。骨密度は閉経してしまうと増やすのが難しい。女性ホルモンがしっかり出ている若いうちにきちんと紫外線を浴びなければ年取ったときに骨粗鬆症になって骨折しまくって苦労するよ。朝食は無理せずお腹が驚かないものを中心に、栄養バランスを考えてとるように。午前中の日差しが強くない時間に散歩の――」
「ひいいいいい!!」
紙に書いてあることを読み上げるエリックに、私は悲鳴をあげた。
そんな細かくやること指定されるの嫌ー!
「エ、エリックさん!」
「なんで急に「さん」を付けたの? それよりドクターと呼んでくれるほうがいいんだけど」
どうでもいいことに突っ込んでくる! 大事なのはそこではない!
けど一応相手の希望を聞いておこう。
「ドクターエリック」
「なんだ?」
あ! ちょっと喜んでる感じ!
「人間、ストレス溜めすぎたらいけないと思うんです」
「ストレス」
エリックがじっと紙を見た。
「この内容をするのにそんなにストレスが溜まる……?」
「それはもう!」
朝の時点であれだけ注意事項がきっちりなのだ。私は軍隊のような暮らしはしたくない。自由がほしい。
健康になりたいとは思っているけれど、そのためにすべてを犠牲にしたいわけではないのである。
「ストレスが溜まると何をするかわかりませんよ!」
「何をするの?」
え! 何……何をするんだろう……
「婚約破棄とか……?」
「よしストレスはよくない取りやめよう」
やっぱり聞き耳立ててた。
出ていった扉をバンッと開けて現れたルイスが私とエリックの間に立った。
そしてエリックから紙を奪い取って内容を確認すると、首を静かに横に振った。
「フィオナは辛抱強くない。これは無理だ」
「ちょっと!」
一言多い。
「なるほど。ならまたそれを考慮して検討しないとね」
エリックもあっさり納得しないでほしい。その書かれた内容を実行するのも嫌だけど!
次はちゃんともっと簡単なものにしてね!
「そうそう。僕は主治医として、この屋敷に住まわせてもらうことになったから」
エリックが診療道具を片付けながら言った。
「フィオナ嬢が健康になれるようサポートするよ」
私は頬を引き攣らせながら「程々にお願いします」と言った。
本当に程々にしてほしい。ストレスは万病の敵なんだから。
「フィオナ」
そんな私にルイスが心配そうに声をかけた。
「俺も住もうか?」
「絶対やめて」
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