第21話 主治医



「お高いんでしょう……?」


 知識が広く、技術力がある医者ほど依頼料は高い。1回の診察ではなく、主治医とするなら相当な額を支払わなければならないはずだ。

 ルイスが私の心配を「あははは!」と笑い飛ばした。


「心配しなくていい。ハントン家の財力なら大したことないから」


 圧倒的余裕……!

 ルイスのバックにお金が見えるわ……!

 眩しく感じて思わず目を細めてしまった。か、金持ちすごい……!

 いや私も金持ちだけど!


「えっと……」


 いいのだろうか。身体のために優秀な医者は必要だと思っていたけれど、ここは甘えても大丈夫だろうか?

 でもルイスはいいと言っているし、ここで遠慮する必要はないのかもしれない。


「じゃあ……お願いします」


 私は素直に受け入れることにした。きっと婚約破棄になってもお金持ちのルイスならわざわざ医者代を請求してくることもないだろう。

 私が受け入れると、エリックが頷いた。


「じゃあさっそく診察しようか」

「え? 今?」

「そうだよ。初めに診ておかないといろいろわからないでしょ?」


 確かにその通りだ。私はエリックに従うことにした。


「……」


 しかし、エリックは動かない。

 原因はルイスだ。


「……あんた、なんでそこにいるの?」


 ルイスが笑顔のまま首を傾げた。


「え?」

「え? じゃないよ。診察するってことは、服をはだけさせたりするんだよ? あんた男だろ?」


 私はハッとしてルイスを見た。ルイスは変わらず笑みを浮かべている。


「婚約者なんだから問題ないだろう?」

「あるに決まってるよ。どうして問題ないと思ったわけ?」

「男と2人きりにするなんて嫌だ」

「本音言ってもダメ。それが嫌で子供である僕を選んだのもあるんだろう? なら納得してよね」


 ルイスが舌打ちした。


「肌を見たら「もうお嫁にいけない!」となって婚約破棄を言い出さない可能性もあるのに」


 ボソッとルイスが呟いた言葉は辛うじて私の耳にも届いていた。

 怖っ! そんな理由で故意犯的に居座ろうと思ったの!?


「そんなこと言いません! さっさと出ていって!」


 私はルイスの背中を押して部屋から出て行かせようとするが、ルイスは往生際悪く、抵抗してくる。


「12歳でも男だ。やはり心配だし……」

「あなたに見られる方が大問題よ!?」


 一般的に貴族女性は無闇に肌を晒さない。晒すとしたら伴侶のみ。

 それでルイスが私の肌を見たら、既成事実のように、ルイスと婚約破棄はできなくなってしまう。

 私の破滅フラグ回避の策が1つなくなってしまう。それは困る。

 というか、普通に恥ずかしい!


「いいから出ていって!」

「でも……」

「出ていかないと……」

「出ていかないと?」


 私は大きく空気を吸った。


「1週間口利かない!」


 大きな声を出すと、ルイスが狼狽えたように後ろによろけた。


「い、1週間も……!?」


 自分で言っておいてなんだが、そこまで衝撃を受けることだろうか。


「わかった……」


 ルイスはショックを受けたまま、扉に向かった。そして取っ手に手をかけながらこちらを振り返った。


「何かあったら叫ぶんだ。いいな」

「余計なこと言わなくていいから!」


 ルイスは何度も振り返りながらようやく出ていった。

 私はルイスがいなくなったので安心して診察してもらうことにした。


「よろしくお願いします」

「ああ、よろしくね」


 エリックはササッと私の脈や胸の音など確認し、触診を進めていく。

 手際の良さから本当に場数をこなしている医者なのだとわかった。この年齢でどれほどの患者を見てきたのだろう。


「手術ももちろんできるから心配しなくていいよ」


 心の中で考えていたことが顔に出ていたのか、エリックはこちらの疑問に答えてくれた。内心を見抜かれてドキッとする。


「そうなの。すごいわね」

「ああ。だから安心して心不全になってくれていいよ」

「待って私心不全になりそうなの!?」


 身体が弱いとは思っていたが今にも死にそうな感じ!?


「冗談だよ」

「笑えないんですけど!」


 そういう冗談は健康な人にしてほしい。

 私だと本当にありえそうだから。絶対私の家族にその冗談を言わないでよ! 


「まあ、触診した様子と話を聞いている限りでは、今大きな病気はなさそうだから、手術とかは必要ないとは思うけど」


 大きな病気はなさそうと言われてほっとする。


「でも病弱なのは確かだね。もっと体力を付けなよ」

「うっ、ごもっともです……」


 身体が弱いなら体力を付けなければいけない。この身体、筋肉が付きにくいのよね……だから病弱なのかしら……


「どうせ病弱だからって対処せずに今まで生きてきたんでしょ? 子供の頃から取り組んでたらマシだっただろうに」


 反論のしようもない……


 私もずっと思っていた。子供の頃にこの虚弱体質を直そうと努力していたら今よりもっとマシだったのだろうと。


 ああ! なぜ私は今になって記憶を取り戻してしまったのか! こういうのって子供の頃に記憶取り戻してやり直すのがセオリーじゃないの!?


 でもギリギリゲーム開始前には間に合ったからセーフと思うべき……?


「それともこの国の医療が発達していないのが原因なのかな……?」

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