第20話 ルイスのプレゼント
「ルイスが悪い」
私は1週間ほど寝込んだ。
心臓に悪いことをすると寝込む。学んだ。
「何が悪いんだ?」
ベッドに横になる私のそばで椅子に座りながら、ルイスが悪びれずに訊いてくる。
「何がって……」
何がって……なんて言えばいいんだろう。
ルイスに綺麗な顔を寄せられたこと? 婚約継続を告げられたこと? 幼い私を婚約者に選んだのがルイスだったこと? 頬にキスされたこと?
「……」
全部そうだけど、口に出すのはなんだか憚られる。
私は無言でルイスから顔を背けることにした。
「毎日見舞いに来て面倒じゃないの?」
「まさか。婚約者の見舞いだ。面倒なことなどない」
今までは見舞いどころか面会もなかなか来なかったのに!
やはり、あれからだ。ルイスの祖母を助けたときから、ルイスの態度が急変した。
いつも私の前ではツンツンしていたのに、今は穏やかにこうして隣で笑っている。
優しく微笑まれることに慣れていないから、どういう反応をしたらいいのかわからない。
「見舞いにまで来なくていいのに」
「なんで?」
「なんでって……」
私は体を起こして叫んだ。
「この部屋中に溢れるプレゼントでもう充分だからよ!」
部屋の至る所に箱、箱、箱! 花! 花! 花!
もはや片付けが間に合わないレベルで毎日届くプレゼントにちょっとトキメキを通り越して恐怖すら抱く。
「全部フィオナにあげたくて一から選んだんだ」
「ちゃんと選別していてこの量なの!?」
元々はどれぐらいプレゼントする予定だったのか。
「本当ならもっとあげたいんだけど」
「もう結構です!」
もう入るスペースはない。私が本気で断るとルイスは「じゃあ他は公爵家の女主人の部屋に置いておこうか」と恐ろしいことを言っている。
私、一応婚約破棄をお願いした身なんだけど……
しかしルイスが有無を言わさぬ笑みを浮かべているから指摘できなかった。
まあ私が結婚しなかったら、きっとヒロインが使ってくれるだろう。たぶん。
「フィオナ」
ルイスが私の手を握った。
「今まで本当に悪かった。フィオナに振り向いてもらえるように頑張るよ」
「ふ、振り向いてって……」
ルイスが私の手を口元に持っていく。
「覚悟して」
そしてそのまま口付けた。
「わあーーーー!?」
私は慌てて手を取り戻す。
「そそそそそそういうの禁止!」
「なんで?」
「心臓に悪いからよ!」
他の女性なら「ドキドキする……」で済むかもしれないけど私だと本当に心臓が止まりかねないわよ!?
「それは困るな」
「でしょ!?」
ルイスだって若くして婚約者を亡くす可哀想な男になりたくないはずだ。
「だから長生きしてもらえるようにもう1つプレゼント持ってきたんだ」
「え、もう本当に充分なんだけど」
「まあそう言わず見てみてほしい」
ルイスが椅子から立ち上がり、扉の前に立った。そして取っ手に手をかける。
キィッと扉が開く。
その先には――男の子がいた。
「フィオナのために、用意したんだ」
男の子が1歩ずつこちらに近づいてくる。
「彼の名はエリック・ボーン」
ついに私のベッドの側で立ち止まった。
「医者だ」
ルイスの言葉に私は目を瞬いた。
「医者!?」
どこからどう見ても子供である。
「あ、あの……失礼だけどお年は……?」
「12歳だよ」
「12!?」
男の子が自ら答えてくれたが、やはり来た答えは予想したものだった。
12歳。前世でも子供だったが、この世界でも子供と言える年齢である。
「子供だからと何か問題でも?」
男の子――エリックがこちらを睨みつけてくる。
「え? いや、そういうわけじゃ……」
「飛び級して最高峰の医学学校を卒業している、れっきとした医者だよ」
エリックがこちらを見たまま続ける。
「実績も充分。世界中飛び回って腕を磨いてきた。年齢は若いけど、そこらの医者よりよっぽど優秀だと自負してるけど」
「い、いえ! 疑ってるわけじゃないの!」
年齢の話はタブーだったようだ。
慌てて取り繕うと、エリックは不満そうにしていたが、口を1度閉じてくれた。
私はほっとしてエリックを見た。
あまり見たことのない綺麗な紫の髪に、コバルトブルーの瞳。とても整った顔立ちをしているが、少し丸い頬のフォルムが年相応でとてもかわいらしい。
飛び級してこの年で世界中飛び回っているのなら、相当優秀なのだろう。
「えっと、どうしてこの子を……?」
「フィオナの主治医にしたいと思って」
ルイスが答える。
「おばあ様のために呼び寄せたんだが、彼がこの国に到着する前におばあ様はフィオナのおかげで元気になったからな」
「でも、おばあ様のために呼んだのなら、そのままおばあ様の主治医にしたら? 病気が治ったとは言っても、ご高齢だからいろいろ不調はあるでしょうし……」
「おばあ様が「こんな年寄りより病弱な婚約者を診てもらいな!」って言ってくれたんだよ」
あのおばあ様なら言いそう……
「俺としてもフィオナに優秀な主治医が必要だと思っていたんだ」
「でも……それだけ優秀な医者ならその……」
私はエリックに聞こえないようにルイスの耳元に口を寄せた。
「お高いんでしょう……?」
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