第19話 逃がさない



「婚約破棄したいの!」


 前にルイスに婚約破棄のお願いをしたときは、同意していたはずだ。

 ただ、タイミングが悪かったと……おばあ様が寝込んでいたから伝えられなかったと言っていた。

 でもおばあ様は元気になった。もう婚約破棄について伝えて問題ないはずだ。

 私は死亡フラグ回避出来て、ルイスは嫌いな私と結婚しなくていい。

 お互い損のないお願いのはず。だけど……


「……」

「……」


 勇気を出してお願いしてみたが、ルイスからの返事がない。

 無意識に逸らしていた視線をルイスに移すと、彼は静かにこちらを見ていた。

 ルイスがおもむろに口を開いた。


「なんで婚約破棄したいんだ?」

「え」


 理由を訊ねられるとは思わなかった……


「えっと……」


 なんて言おう。正直に死亡フラグ折りたいからとは言えないし。


「ほら、私嫌われてるから、公爵家の嫁には相応しくないと思うの」


 貴族の女性は結婚したらその家のために社交を行わなければいけない。

 公爵家は大貴族で、その家に嫁ぐということは、社交界の顔とならなければいけないということだ。

 それなのに、嫌われ者の私が公爵家の代表となれば、家名に泥を塗りかねない。

 それは結婚相手として致命的な欠点だ。


「なんだ、そんなことか」


 しかし、ルイスはなんてことのないように言い放つ。


「そんなことって……」


 大事なことだ。実際それで婚約破棄になったり、結婚できない女性も多い。それだけ大事な役割なのだ。


「ハントン公爵家が、社交に左右されるほど、ちっぽけな家門だと思っているのか?」


 ルイスに問われて、私は咄嗟に首を横に振った。

 実際ハントン公爵家は王室に継ぐ地位を持つ家門である。


「言いたいやつには言わせておけばいい。文句を言うやつは教えろ。潰す」


 潰す!?


 悪口ぐらいで相手をどうにかしたいとは思わない。私は慌てて首をもげそうな勢いで横に振った。


「これで問題が1つ解決したな。他は?」

「え、えっと……」


 他……一番大事なことがある。

 実は私がずっと気にしていたことが。


「私、身体が弱いから、子供ができるかどうかもわからないわよ」


 そう、貴族としてもっとも大事なことだ。

 子を成し、家を繁栄させること。

 それが貴族女性に求められている一番の仕事である。


 しかし、私はこの通りの身体だ。

 最近体力が付いてきたが、健康体とは言い難い。そうなると子供を産み育てられるかわからない。

 私はルイスの反応が怖くて俯いた。自分から言い出したことなのに、同意されたら傷ついてしまいそうだ。


「そんなことは気にしなくていい」


 ルイスは柔らかな声音で言った。私は俯いていた顔を上げた。


「できなかったら分家筋から養子をもらえばいい。実際そうした実例もある。できなかったらできなかったでそのとき考えればいいんだ」

「ルイス……」


 まさか彼がそんなことを言ってくれるとは思わなかった。

 胸のつかえがひとつ取れた気がする。

 自分で思っていたより、私の中でこの問題は大きな淀みとなっていたみたいだ。


「フィオナは……初めて会ったときのことを覚えているか?」

「え?」


 初めてって、ルイスの婚約者を決めるパーティーのときのこと?


「えっと……」

「覚えてないんだな」


 覚えてなくて申し訳なく思っていたが、ルイスから咎めるような声音は感じなかった。


「お互い7歳だった」


 そう、あのパーティーは7歳のとき。

 私は両親から気楽にお菓子でも食べておいでと連れていかれたんだ。

 我が家はそれなりに地位も財もあったから、他の家と同じように無理にハントン家と繋がる必要がなかったために、両親もそう言ったのだろう。


 私も親の言ったことをそのまま受け取って、お菓子を堪能しようとしていた。このときから身体が弱かったからいっぱいは食べられなかったけど、子供らしく甘いものは好きだったから。


「フィオナは他の子と違った。ケーキを真剣な顔で選別していた」


 食べれる量が少ないからどれが1番美味しいかなと思って……


「俺が『これがおすすめだよ』と言ってもじっとお菓子を見て『本当に?』と疑ってたな」


 だ、だって食べられる量が限られていたから!


「でも疑いながらもそのケーキを食べたとき、すっごく瞳を輝かせて『おいしい!』って口いっぱいに頬張ってるのが可愛かった」

「そんなことあった……?」


 パーティーに行ったことは正直細かく覚えてない。ルイスを綺麗な子だなと感動したことは覚えている。

 その後ルイスと婚約することになって、あの綺麗な子が私の婚約者だなんて! って喜んだ。

 そういえば、その頃はまだルイスとの仲は悪くなかった。むしろ、ルイスが歩み寄ってくれていたような……


「俺がおばあ様にあの子がいいって言ったんだ」

「え?」


 聞き間違えか。風がサワッと草花を揺らした。


「俺がフィオナを選んだんだ」


 聞き間違えじゃなかった。

 ルイスが1歩ずつ近付いてくる。私は思わず後ろに下がるが、すぐに木の幹が背中に触れ、逃げ場をなくしてしまった。


「今まで勘違いしていて悪かった」

「勘違いって……」


「フィオナの体調不良に気付かず、わざと俺の気を引くために行動をしていると思っていたんだ」


「それは……私も原因ではあるから……」


 変なプライドを持っていた私も悪い。

 ルイスがさらに近付いた。後ろは木で逃げ道はない。


「フィオナ」


 ルイスの顔が近付く。ルイスの瞳に私が映る。綺麗な青い瞳から目が逸らせない。


「逃がさないから」


 顔が近付いてきて思わず目をつぶると、頬に熱いものを感じた。

 ルイスの唇だと気付いた瞬間、私はそのまま意識を失った。


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