第5話 悪役令嬢は健康オタク



「お、お腹に優しいのよ!」


 シンプルイズベスト。

 細かくあれこれ言っても伝わらないだろうと悩んだ末に出した答えに、料理長は「おお!」と感心した声を出す。そしてキラキラした目で私を見てきた。


「このポタージュはお腹に優しいものなのですね! 素晴らしい! お嬢様、どこでこの知識を? みんな食材にどんな効果があるかなど知らないのに!」

「え、えーっと……」


 前世で一時健康オタクしていただけです!

 とは言えない。

 社畜だから、数日徹夜は当たり前だったし、このままでは身体を壊すと思い、せめて食べ物は健康にしようかなって……。


 そう思って独学であれこれしてたらちょっとハマってしまったんだ。「これで健康になる!」的なテンションで……あ、怪しいのには手を出してない! 出してないよ! 怪しい広告とかクリックしてないから! あくまで普通の食材で健康食を作ることにハマっていただけ!

 と心の中で言い訳をしながら頭を働かせた。


「本を……読みまして……」


 苦しいだろうか。というか、みんなが食材の効果知らないってことは、そういう本、もしかして存在しない……?

 バレたらどうしようかな、とハラハラしながらした私の適当な言い訳に、料理長は瞳を輝かせた。


「その本はどこで読めますか!」

「えっ」


 まずい食いつかれてしまった。どこでも何も、そういった本がこの世界に実在するのかどうかもわからない。


「じ、実はうっかり失くしてしまって……」

「ああ……そうなんですね……」


 料理長ががっかりしている。読みたかったのかな。悪いことをした。もう少し違う言い訳がよかったかな。

 でも彼が関心を持っているのは、こちらからしたら願ったり叶ったり!


「でも安心して……私が全部覚えている!」


 無駄に凝った健康オタクではなかったので!

 がっかりしている料理長にそう言うと、彼は項垂れていた頭をガバッと上げた。


「本当ですか!」

「ええ」


 さきほどこの世界で読んだと言った本は実在せず、前世での知識を覚えているだけだけど。

 でもそれは関係ない。彼らに協力してもらわないと、私のハッピースローライフが実現しない!

 私は料理長ににこりと笑いかけた。


「これからあなたにも少しずつ食材について教えるから、私の食事メニューは、健康を意識してくれる?」

「もちろんです! ぜひ教えてください!」


 やった!

 これでこの屋敷での食事はなんとかなる。徐々に料理長に教えて、料理長から他のコックに教えてもらえばいい。

 今の私は痩せすぎている。胃腸が弱すぎてロクに食事を取れていなかったからだ。

 でもこれから食事に気を付ければ徐々に体重も増えるだろう。


「本当は、日本食が作れれば一番いいんだけど……」


 なにせ日本は世界でもよく知られている健康食大国。身体にいい食材や料理がより取り見取りだ。


「にほんしょく……?」


 私が小さく呟いた言葉を拾い上げた料理長が首を傾げる。

 私は慌てて説明する。


「ええーっと、大豆を発酵させた調味料だったり、煮干しや昆布で出汁を取る料理だったり……そうね、納豆とか……健康になるわよね……あと味噌汁飲みたい……」


 味噌汁。味噌汁が飲みたい。飲めないとわかると無性に飲みたい。恋しい、あの味噌と出汁の優しい味……。

 お豆腐も入れたいな~。と私がぼんやりと味噌汁に思いを馳せると、話を聞いていた料理長が、「あ」と声を出した。


「そういえば、遠い異国で、ミソという調味料があると聞いたことが……」

「あるの!?」


 料理長に思わず食い気味に訊ねると、彼はちょっと引き気味に教えてくれた。


「き、聞いたことがあるだけで見たことはないですが……確かに異国にあるはずですよ……」


 日本の調味料が手に入る!

 調理場を確認した時に、日本料理に使えそうな食材や調味料は見つからなかったから、ない世界なのかと思って諦めていたのだ。

 私は興奮して目を輝かせた。ああ、神よ! 弱い身体で転生したと気付いたときは呪ったけど、今は感謝してもいい。私に希望が見えてきた!


「今すぐ取り寄せて!」

「できません」

「……え?」


 きっぱり料理長に言い切られる。


「な、なんで? 存在するんでしょう?」


 確かに料理長はそう言った。あるなら取り寄せればいいだけのはず。

 嫌な予感がしながら訊ねると、彼は申し訳なさそうな顔をした。


「それが……本当に貴重なものでして、ほとんど市場に出回らないんです……値段も高くて……いえ! 侯爵家の財力なら問題ないと思うんですが、とにかくいつどこで手に入るかすらわからず……ほぼ幻のものとなっておりまして……」


 な、なんですってーーー!!

 私はショックを受けてよろめいた。

 そんな……期待させてから落とすなんて……

 もう口の中が味噌汁の口になっているのに食べられないですって!?

 悲しい……ただただ悲しい。


 ガックリする私をなんとかフォローできないかと料理長がオロオロしている。うちの料理長、優しいわね……。

 料理長がオロオロしているのを見たら、少し冷静になった。


「存在してることは間違いないのよね?」

「はい! それはもちろん!」


 料理長の言葉を聞いて、私は再びやる気が出てきた。

 存在するということがわかっただけでもいいわ! この世界にもあるんだから、機会さえあれば、きっと手に入れられるはず……!

 屋敷の仕入れを行っている人間に、毎日市場に赴いてもらって、日本食材や調味料を見つけたら買うように指示しよう!


「ぜっっったい食べてやる! 味噌汁!!」

「おー!」


 気合いを入れる私に、料理長や他のコックも乗ってくれた。

 さて、日本食は置いておくとしても、料理長や他のコックは、指導さえしたらきちんと私の身体でも食べられるものを出してくれるはず。食事の問題はクリアしたと考えていいだろう。

 となると、あと残すところは――


「体力作り!」


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