第4話 フィオナ、料理する!



「わかりました! 私がお手本を見せます!」


 私の宣言に、ざわついていた面々が、ピタリとしゃべるのをやめた。


「お手本って……お嬢様!?」


 厨房の中を漁り始めた私を、料理長が慌てて止めようとする。しかし私はそれを逆に制し、食材を確認する。


「よかった。肉信仰みたいだから心配だったけど、食材はそろってる」


 さすがお金持ちな侯爵家。品ぞろえがいい。

 私はさっそく食材を並べる。

 カブ1株。玉ねぎ4分の1。バター10g。水100cc。牛乳100cc。塩コショウ。あと必要なものもあるけどそれは後で。

 これでだいたい二人前の材料だ。


「よおーし!」


 並べられた材料を見て、私は気合を入れて袖をめくった。

 私はカブを水で洗うと、水気を切ったそれをまな板の上に置き、包丁を手に取った。


「おおおおおお嬢様危ないですよ!? 怪我でもされたら……!」


 包丁を握った私を料理長が必死に止めようとする。今まで料理のりの字も知らなかったような私が包丁を握るのが恐ろしいのだろう。雇い主一家の1人である私が怪我すると料理長の責任になってしまいかねないという不安もあると思う。

 しかし、私はもう今までの私ではない。だって、今の私には前世の記憶がある。


「まあ見ていなさい」


 私は料理長に笑いかける。

 そしてカブに包丁の刃を向けた。


 前世では自炊していたけど、今世では料理をしていないからブランクがある。調子に乗りすぎないで慎重にやろう。万一があって料理長のせいにされたら申し訳ないし。


 私はまずカブの葉を実から切り離した。包丁で食材を切る時の手応えを久々に感じる。

 カブの皮を厚めにむいて薄切りにする。トントントン、とまな板の上で奏でる音はなぜか安心感を与える。

 薄切りにしたカブを一度別のお皿に移し、今度は玉ねぎを用意する。


 玉ねぎの皮をむく。サッサッと手で皮を剥がし、まな板の上に置く。こちらもカブと同じく薄切りにする。

 鍋にバターを入れて、玉ねぎを炒め、火が通ったところでカブも炒める。

 ここでしっかりと炒めて、旨みと甘味を引き出す。

 炒めているとカブが段々と透明になってきた。こうなったら次の段階に移行する頃合だ。


「ねえ、ブイヨンとかあるかな?」

「あ、はい! いつでもスープをお出しできるように常備しております!」


 私は料理長のその言葉にほっとする。現代日本では便利な粉末コンソメなどの調味料があったが、この世界であれを作る技術があるとは思えなかった。

 しかしそうなると、スープの味を付けるには、野菜などから出汁をとるしかなく、いざ作ろうとなっても、野菜から出汁をとるのは時間がかかる。

 最悪今から野菜を煮込んで出汁をとるかもしれないと覚悟していたから、ブイヨンがすでにあると聞いてとても安心した。


 私は料理長にブイヨンのある鍋を教えてもらい、そこから100ccほどもらい、炒めた玉ねぎとカブの入った鍋にブイヨンを注ぎ入れて煮込む。

 そして煮込んでいる間に、切ったカブの葉を塩の入った熱湯で軽く茹でる。大体30秒ほどで取り出し、冷水に取り、水気を絞って1cmほどの幅に切る。


 それが終わったら、煮込んでいるカブの様子を見て、柔らかくなったのが確認できたら木べらでカブたちを潰す。

 カブを潰し終えたら、牛乳を加え、弱火であたため、少ししたらカブの葉も入れて一緒に煮込む。

 最後に塩コショウで味を整えたら――


「完成! フィオナ特製カブのポタージュ!」


 私は出来上がったカブのポタージュを見て少し感動していた。

 私、ミキサーもブレンダーもない中、なかなか頑張ったんじゃない!?

 木べら……ありがとう。

 私は木べらに心の中で感謝を述べ、出来上がったポタージュを見た。


 白い湯気を立てた出来立てのカブのポタージュ。カブと牛乳の優しい白さと、カブの葉の緑がアクセントとなっている。

 スプーンを手に取り、カブのポタージュを掬い取る。ただのスープと違う、ドロリとした触感がした。

 私はスプーンですくい取ったポタージュをそのまま口に入れた。


「ん!」


 こ、これは……!


「おいしいー!」


 カブを潰して作ったポタージュはおかゆに近い触感で、カブ本来のおいしさが舌を通して伝わってくる。あっさりとした柔らかな味で、身体の弱っている私にも食べやすい。肉と違って胃にも優しく、温かなポタージュは身体を芯から温めてくれた。


 1口食べると空腹も感じてきて、あっという間に1皿分食べてしまった。

 私はふう、と息を吐いて、スプーンを置いた。


「それだけで足りるのですか……?」


 料理長が満足している私におずおずと訊ねてきた。確かにスープしか作っていないし、具材も多く入れた訳ではない。

 だけど、今の私にはこれで十分だ。


「私、三日寝ていたんだもの。いきなり大量にがっつりは食べられないわよ」


 スープから始めるぐらいがちょうどいい。

 寝込んでいたせいもあるけど、そもそも私は身体が弱く、胃腸も弱い。

 今回のメニューは、胃腸が弱っている私でも食べられるものだ。


「それにカブには消化酵素のアミラーゼが豊富に含まれているから、胃もたれや胸やけの予防と改善に効果があって、胃腸の弱った私にはピッタリな食材なのよ。それにカブの葉にも栄養があって、β-カロテンやビタミンC、鉄、カルシウムなどや食物繊維が豊富なの。それに玉ねぎに含まれているアリシンは血液をさらさらにする効果やむくみ解消、免疫力を上げる効果があるの。牛乳は胃の粘膜を保護してくれるから、胃が弱い人にはおすすめよ。もちろんそれだけじゃなく、三大栄養素がバランスよく含まれていて――」


 健康オタクだった頃に覚えた知識をペラペラと口にする私に、料理長が眉尻を下げた。


「は、はあ……カロチン? とかよくわかりませんが、そんなに食材でいろいろ違うのですか……」


 私の説明に料理長が戸惑っている。


「え……知らない? ビタミンとかミネラルとか……」

「さあ……少なくとも私は聞いたことがないですね。みんなは?」


 料理長が他のコックに訊ねるが、みんな、首を横に振った。

 そこで私はようやくハッとした。


 そうか! 医療技術や、一般常識も日本と違うんだ!


 栄養についての知識が一般的でないとしたら、β-カロテンや三大栄養素などと言った単語を使って説明してもよくわからないはず。

 しかし、なんと言ったら理解できるだろう。

 うーん……

 私は考えて考えて、誰にでもわかる言葉にした。


「お、お腹に優しいのよ!」


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