第14話 婚約破棄できない



「いや、婚約破棄はしない」

「……は?」


 何? なんて言ったの?

 私たち仲悪いわよね? お互い嫌々婚約してたわよね?

 なのにどうして婚約破棄しないの!?


「どうして!?」

「俺だって婚約破棄できるならしたいさ。だけどこの婚約はおばあ様……俺の祖母が決めたものだ」


 そこでハッとする。

 ルイスの祖母。ゲームでも説明があった。

 早くに母を亡くしたルイスの母親代わりに、ルイスを育てた人。

 ルイスの父も頭が上がらない、公爵家の絶対的な権力者。


 そうか。どうしてゲームでもあそこまで仲が悪いのにさっさと婚約破棄しないのかと思っていたら、このおばあ様が私たちの婚約を決めたからだったのか。


「祖母から許しが出ない限り婚約破棄はできない」

「そこを説得しなさいよ」

「今はタイミングが悪い」

「何それ。じゃあ、いつならいいのよ」

「それは……」


 ルイスが歯切れ悪く黙り込む。

 私だけでなく、あなたの人生もかかってるのよ!? 私と婚約破棄したらスムーズにヒロインとラブラブできるのよ!?

 そう言ってしまいたいが、まだヒロインが現れる前だ。それなのにこんなことを言ったら頭のおかしいやつだと思われてしまう。自重自重。


「婚約破棄じゃないならなんの用で来たのよ」


 私は婚約破棄できないことにガッカリしながらも訊ねた。

 ルイスの用が婚約破棄ではないなら他に目的があるはずだ。ルイスは嫌っている婚約者に、用もないのに会いになど来ないから。


「いや、その……」


 せっかくこちらから言いやすくしてあげたというのに、ルイスは再び歯切れ悪く下を向いてしまった。

 なんなの。私も暇じゃないんだから、早くしてほしい。ハーブちゃんたちが私のお世話を待っているじゃないの。


「その、な」

「はい」


 私はルイスが話しやすいように、相槌だけ打つ。


「その」

「はい」

「この間は」

「はい」

「……悪かった」


 ポツリとルイスが呟いた。


「……謝罪ならこの間すでにしてもらっているけど」

「この間のことではなくてだな」


 ルイスがどこか心もとなさそうに口を開く。


「今までの……体調が悪かったこと、気付けなくて悪かった。お前に言われた通り、俺はそばにいる機会が多かったから、きちんと見ていたら気付けていただろう。……俺は勝手に思い込んでお前を嫌って、向き合ったことがなかった」


 驚いた。

 まさかルイスがこんなに反省するとは思っていなかった。


「それは……言わなかった私が1番悪いわよ」


 この間は私もカッとなって色々言ってしまったが、ルイスが私をきちんと見ようとしなかったことも一因ではあろうが、そもそも私が隠していたのだから気付かないのも無理はないのだ。


「それはそうだ」


 私の言葉にルイスが頷いた。

 ……自分で言ったことだしその通りだと思うけど、肯定されるとイラッとするわね……

 私の苛立ちが伝わったのか、ルイスがハッとした表情をして咳払いをした。


「と、とにかく、これからはお前のこともきちんと気にかける」

「いや、気にかけてくれるのは嬉しいけど……」


 私が気にかけてほしいのは婚約破棄のほうなのだけど。


「まあ……雑に扱われるよりはいいわね」


 状況が改善されるというなら拒否する必要は無い。ルイスと多少なりとも仲良くしていたほうが破滅フラグ回避になるかもしれないし。

 でも1番はやっぱり婚約破棄するのがいいんだけど。


「で、用件はそれだけ? 私忙しいんだけど」

「何をしているんだ?」

「畑仕事よ」


 他に何をしているように見えるのだ。汚れてもいい動きやすい服装に、軍手と長靴。そして麦わら帽子。どこからどうみてもこれから畑仕事する人間としか思えないだろう。


「貴族令嬢が畑仕事?」

「悪い?」

「いや……」


 ルイスが私をじっと見る。


「変わりすぎじゃないか? 昔はこんなこと絶対やらなかっただろ?」


 ギクッ。


「そ、そう……? そんなことないと思うけど」

「お前はもっとワガママで世界は自分のものぐらい思ってるやつだっただろ」

「ちょっと! そこまで性格悪くはなかったでしょ!?」


 体調不良のせいで、決していいとは言えなかったけど。だけどゲームのフィオナのように傍若無人に振舞ってはいない。


「あの倒れた日からだよな」


 ルイスと喧嘩して倒れた日。そう、その日から私は確かに変わっただろう。

 そのときに前世の記憶を取り戻したからね!


 まずい。ルイスが何か勘ぐっている。

 だけど素直に「私、前世の記憶取り戻したの! ここはゲームの世界よ!」なんて言ったら頭がおかしくなったと思われて、それこそどこかに隔離されてしまうかもしれない。


 その隔離先が私の体調を気にしてくれるところだったらいいけど、厳粛な修道院とかだったらそうはいかないだろう。ああいうところは苦労や耐え忍ぶことを美徳としている。この病弱な身体で奉仕活動などさせられたら、それこそゲームのようなバッドエンドを迎えてしまう。


 簡単に死んじゃうのよこの身体は!


「私、あれから自分の身体を労ることに決めたの」


 1度目の人生は短命な上に社畜生活で何も満たされないで終わった。

 2度目の人生はそうはさせない。

 目指せ! 長生き!


「私は絶対100歳まで生きてみせる……!」

「それは長すぎないか……?」


 目標は大きいほうがいいのよ! あと日本の感覚だとそんなに長くない!

 私の健康法で、私の寿命を伸ばしてみせる!


「これも長生きのためなのか?」


 ルイスが畑を指さした。私は頷く。


「そうよ。こうして畑仕事をすると身体を動かすから筋肉がつくし、日の光も浴びられるし。あとこの作ってる野菜やハーブも身体にいいのよ」

「どんな風にだ?」

「これはね」


 私は父にしたのと同じ説明をルイスにする。ルイスは真剣に聞いていた。

 この間もそうだったが、ルイスは私の健康知識を真剣に聞く。あまりこういった知識がこの国では一般的ではないから、親ですらあまり初めは聞く耳を持たず、信じてくれなかったのに。どうしてだろう?


 そしていつまでいるんだろうか。

 わたしが作業したくてソワソワしていると、しゃがみこんでハーブを見ていたルイスが、察したらしく立ち上がった。


「長居した。そろそろお暇しよう」


 帰ろうと出口に足を向けたルイスが、ふと立ち止まる。


「もし――」


 そこまで言って、何か言いたそうにしながらも、口を噤んだ。


「いや、なんでもない。失礼する」


 今度こそルイスは去っていった。


「なんなの……」


 何を言いかけていたのだろう。

 追いかけて聞いてみるか。

 一瞬そう思うが、あの様子で話すとは思わない。


「やめやめ! 仕事仕事!」


 気にするだけ無駄である。

 私はそう判断して、畑仕事に精を出すのだった。


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