第15話 また来た婚約者
「フィオナ」
父が真剣な表情をする。
「はい、お父様」
私ゴクリと唾を飲み込んだ。
父の手には紙が握られている。
「大成功だーー!!」
「きゃー! やりましたねお父様ー!」
父は相当嬉しかったのか、私を抱き上げてグルグル回し出した。
父の手にある紙。それは新規事業の売上だ。
そう、ハーブ販売である。
「すごいぞ! すごいぞ! こんな黒字になるとは! フィオナ! お前は天才だ!」
「それほどでもぉ~!」
褒められて悪い気はしない。
実際私の考えた案で大成功となったのだから少しぐらい天狗になってもいいだろう。
私が提案したこと。それは2つ。
ひとつは領地全体でハーブ栽培をすること。
我が家の庭で収穫出来たハーブだけを売っても数が少なすぎる。だから領地全体で取り掛かることにしたのだ。
幸いなことに我が領地は元々酪農が盛んだった。そしてその片手間に畑仕事をする人も多かったのだ。
その畑部分をハーブにするだけで済んだので、そこまで苦労はしなかった。ハーブを植えて売れるのかと不安がる農民に、売れなかった場合の保証を付けたためにみんな拒否せず受け入れてくれたのも大きい。
スムーズな栽培が出来て効率的に収穫できた。
そしてもうひとつの提案。それは――
「ハーブに効果とレシピを書くだけでこんなに売れるとは」
そう、ハーブを売る時に単体ではなく、ハーブの効果と、そのハーブで作れる料理を紙に書き、それをおまけでつけて販売したのだ。もちろん購入前の、店に並んでいるときからそれが読めるようにした。
「効果が書いてあって買いたくても、どうやって取り入れたらいいか、みんなわからないんです。でもレシピがあればそれを作ればいい。この国は健康意識が低いからと言って、みんな健康になりたくないわけではないですからね」
健康意識の低い私の家族すら、身体の不調をどうにかしたいと思っていたのだ。他にも同じような人は大勢いる。
そしてその読みは大当たりした。
「さっそく効果があったと報告もあるぞ」
父の言葉に私はニンマリしてしまう。
評判も上々のようで私も大変喜ばしい。
これだけ稼げば婚約破棄して引きこもりの娘になったとしても、ただのスネかじりではないだろう。私の罪悪感も幾分か減る。
「そうなれば存分にスローライフを満喫できるわ!」
自室に戻った私は悪役令嬢らしくホーッホッホッ! と高笑いをした。
「何を仰ってるんですか」
アンネが呆れた声を出す。
「これを見てください」
バサッとアンネが何かをテーブルに置いた。
「これは?」
「新聞ですよ」
「新聞……?」
嫌な予感がして私は新聞を広げた。
そこには……。
「な、何これ~!」
大々的にエリオール侯爵領のことが書かれてあった。
そして1番大きな見出しは『エリオール侯爵の愛娘、隠していた才能!』
「『先日から話題のハーブであるが、なんと発案者はエリオール侯爵の娘、フィオナ令嬢であることが発覚した。彼女は誰も知らないハーブの効果についての知識を持っており、それが今回の流行の火付け役となった。フィオナ令嬢の兄、バート・エリオール侯爵令息は「あの子は昔から出来る子でしたがそれを鼻にかけない子でした」と語っており』……お兄様!」
何インタビューに答えてるんだ!
そして兄の欲目が出てる。昔の私なんてただ兄について回って疲れて熱出してる子供だったよ! 特出することもない身体の弱い子供だったよ! お兄様、なかった事実を作ってる!
「これは地域誌?」
「いえ。国中の人間が読みます」
国民全員に嘘ついてる!
「どうしよう~私出来る子じゃないよ~!」
これからみんなに「あ、あのインタビューの!」とか「本当なのかしら?」とか思われるのかな? 実際は違うとバレたらどうしよう!
「ご心配なさらずに。人の噂も七十五日。すぐに違う話題に変わります」
狼狽える私に、アンネが淡々と諭す。
「お嬢様への興味などあっという間になくなります」
「アンネ……事実だとしても、それはそれでちょっと傷つくわ……」
「なんと。せっかくフォローしたのに面倒なお嬢様ですね」
「アンネ……本音を隠さないのがあなたの美点ではあるけどね……」
「お褒めに与りまして光栄でございます」
「褒めてないけどね」
しかし、おかげで少し落ち着いた。
「そうよね。どうせただの記事だもの。いい宣伝になったと思えばいいわよね」
「そうでございます。何事も前向きに受け入れましょう」
アンネが新聞を私から取り上げる。
「そしてもう1つお知らせが」
「何?」
「婚約者様が来てます」
◇◇◇
私は応接室をそっと覗き込んだ。
「本当だ……来てる……」
そこにはルイスがいた。
しかも新聞持ってる……
何? わざわざあれ持ってきたってことは、何かあの文章の中に問題があった?
私が読んだ限りルイスに関わることは何も書いてなかったんだけどな……
何か言われるのが嫌だから逃げたいけどそうもいかない。婚約者が訪問してくれたというのに追い返せないし、私がどこかに隠れるわけにもいかない。会うしか選択肢がないのだ。
私は深くため息を吐いてから「よしっ」と気合いを入れて応接室に踏み込んだ。
「お待たせ」
「そこまで待っていない」
ルイスは待ちながら読んでいた新聞を閉じた。その新聞はやはりアンネに見せてもらった新聞と同じ、私のことが大々的に書かれていた。ちょっと気まずい。
「何か用?」
私は新聞のことに触れずに訊ねる。
するとルイスは私が触れてほしくない新聞を目の前で開いた。
「これはお前のことか?」
そのページには、先程の見出しが書かれていた。
「この『エリオール侯爵の愛娘、隠していた才能!』というのはお前のことだよな?」
その言い方やめてぇ! 隠していた才能じゃなくて前世の記憶を頼りにちょっと動いただけなの!
「エリオール侯爵であるお父様が他に子供を作ってなかったらね」
「なら間違いないな」
ルイスが即返事をしてきた。
お父様の信頼感……
「これは本当のことが?」
「どれ? お兄様の言ってることは兄フィルターがかかってるから違うわよ」
「そこじゃない」
ルイスが記事の一部を指さす。
そこには『誰も知らないハーブの効果についての知識を持っており』と書かれていた。
「ああ……確かにそうよ。ハーブについては一応少し知ってる」
「あのハーブと一緒に効果と料理のレシピを考案したのがお前なのか?」
「だからそうよ」
疑っているのだろうか? まあ前世の記憶が戻るまでルイスの前でそういった知識があるような素振りはしなかったから……というか実際知らなかったから、ルイスからしたら意外すぎるのだろう。
「嘘じゃないわよ。なんだったらお父様を連れてきても……」
「疑ってはいない。確認したかっただけだ」
ルイスが新聞を閉じた。
「頼みがある」
「頼み……?」
ルイスから頼まれ事をするなど初めてだ。私は少し身構えた。
ルイスは意を決したように、ゆっくり口を開いた。
「祖母に会ってほしい」
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