第16話 祖母に会う



「ふおおお……」


 思わず令嬢らしくない声が漏れてしまうが、それも仕方ないと思う。

 目の前にはお城があった。

 私の家もお城だ! と思っていたけどこれを見たら「大きな家だな」と言えるぐらいの差がある。


「どうした? 今までだって来てただろ?」


 門から遠い屋敷を前に呆然としている私に、ルイスが不思議そうにする。

 はっ! いけない! 前世の記憶が蘇ったせいか、たまに意識が前世の自分になってしまう!

 私は少し恥ずかしくなってコホンと咳をしてから、ルイスの後について行った。

 ルイスの言う通り、何度か訪問している。

 でも、ルイスの祖母に会ったのはたった数回。


「なんだ、小娘……来たのか……」


 なぜならとても気難しい人だからだ。

 ルイスに案内されたルイスの祖母の部屋は、彼女らしくさっぱりした内装で、小物なども実用的な羽根ペンなどで、飾りなどはあまりない。

 この人が私の部屋を見たら無駄なものばかりだと怒るだろうな、と思った。


「こんな小娘連れてきて……どうしようって言うんだい……ああ、しゃべるだけで疲れた……」


 ルイスの祖母は私の知る姿より、だいぶ痩せ細っていた。以前はもっとハキハキ話していたのに、皮肉はそのままだが、声に覇気がない。元気のある頃だったら、もっと私に喝を入れていたはずだ。

 彼女の言う通り、話すのも辛いのだろう。疲れたのか、ベッドで横になったまま瞼を閉じてしまった。

 少しして寝息が聞こえた。


「数ヶ月前から徐々に弱っていったんだ」


 ルイスが祖母の寝顔を見ながら状況を教えてくれた。


「食事もろくに取れなくなって……ついにはこうして寝たきりになってしまった。食事も俺が介助して食べさせてはいるが……一向に良くならない」

「お医者さんには?」


 ルイスが首を横に振った。


「原因がわからないと匙を投げられた」

「そんな……」


 なら、ルイスの祖母はこのまま……


「……俺は祖母に育てられた」


 ルイスが淡々と語る。

 そう、ルイスは幼い頃に母親を亡くしている。

 妻を亡くしてから父である公爵は仕事ばかりであまり家に寄り付かなくなった。元々仕事人間ではあったようだが、ルイスの両親はとても仲が良かったそうなので、きっと家に帰ると妻を亡くした悲しみを実感してしまうことも理由だったんだろうと思う。


 そして、1人になったルイスを育てたのは、ルイスの祖母だ。


 気が強く教育熱心なルイスの祖母は、決して彼を甘やかしたりはしなかった。常に跡取りとして意識するようにと指導し、ルイスに次期当主として自覚と責任感を促すために、自らルイスに合う娘を選んで婚約者にした。


 そう、私とルイスはルイスの祖母の一存で婚約したのだ。


 なぜルイスの祖母が私を選んだのかはわからない。でもルイスは私に不満があろうと、祖母の言いつけ通り私と婚約を続けた。それが祖母が望んだことだから。


 ルイスにとって祖母はそれだけ大事な存在なのだ。


 その祖母が今にも死ぬかもしれない。

 それは彼にとってどれだけ苦しいものか。


「祖母を死なせたくない……俺が跡を継ぐのを楽しみにしてるんだ」


 ルイスが立派な公爵家の跡取りとなること。それがルイスの祖母の願いだった。

 すっかりやせ細った祖母の手を握りながら、ルイスが口を開いた。


「……最近、お前は元気になったよな」

「え?」

「自分で栄養とか考えているんだろう?」

「え、ええ……まあ……」


 初めの頃に比べたら元気になっていると思う。寝込む時間も減ったし、歩いていられる時間も長くなった。

 ルイスが祖母の手を離し、私に向き直った。まっすぐな視線が私を射抜く。


「頼む。その知識を貸してくれ」


 ルイスにバッと頭を下げられた。


「え? ちょっと」


 突然の展開に戸惑いつつも、私は慌ててルイスに頭を上げるように促す。しかし、ルイスはその姿勢のまま続けた。


「医者にはなんの病気かわからないと言われた。このままでは余命いくばくもないとも……もう手立てがない……でも可能性があるならできることをしたいんだ」

「ルイス……」


 ルイスはプライドの高い男だ。そのルイスが頭を下げて懇願している。

 彼にとって、プライドより何より、大事なもの。

 それが祖母なのだ。


「フィオナ、最初で最後のお願いだ」


 頭を下げて必死に。

 ただ祖母が治ることを願っている。


「頼む」


 それを無視などできるものか。


「わかった」


 ルイスがパッと顔を上げる。その期待に満ちた瞳に、私は狼狽えながらも言った。


「わかったけど! ……でも、私はお医者さんじゃないし、あくまで健康オタクってだけだから、治せる保証もないわよ!?」

「それでいい。ありがとうフィオナ」


 いつになくルイスが素直だ。


「試せるだけ試したいんだ。ダメだったとしても、それは仕方ない。でも、少しでも可能性があれば……」

「ルイス……」


 ルイスの祖母への深い愛情を感じた。ほぼ祖母と二人で暮らしてきたルイス。彼にとってかけがえのない肉親なのだ。


「えっと……栄養と言っても色々あるのよ。今聞いた感じだとおばあ様が栄養不足なのは間違いないでしょうけど……一応参考に、どうしてこうなったのか、きっかけとか聞いてもいい?」

「ああ、もちろんだ」


 ルイスが当時のことを語り出した。


「祖母ももう高齢だからな……最近食べ物が食べにくいと言って、好き嫌いが増えたんだ。そのうち固いもの……肉やフルーツなんかを食べなくなって、そのうちパンも嫌がって、最近では異国から取り寄せた米というものをよく食べていていたから安心していたんだが……それでも気付けばここまで体力が落ちてしまって……」

「米!?」


 米は貴重だ。この国ではまだあまり馴染みがなく、他の日本食材と同じように手に入りにくいはずだ。

 それが手に入るとはさすが公爵家。いや、それより……


「米は白米……?」

「……? ああ、白い米だが。柔らかくて食べやすいと言っていた」


 ルイスの祖母はここ最近米ばかり食べていた……

 他の食べ物は食べず、米ばかり……

 食べ物の偏り……もしかして。

 私はハッとしてルイスの祖母を見た。


「おばあ様、手や足の先に痺れや痛みは?」

「……そういえば、足が痺れて歩けないと言っていたが」


 やっぱり!


「ルイス、1つ持ってきてほしいんだけど……」


 私はルイスにあるものを持ってくるように指示を出した。ルイスは私の指示に不思議そうにする。


「ああ、用意できるが……何に使うんだ?」

「いいから!」


 私はルイスに早く持ってくるように促した。

 私はルイスの祖母を見た。やせ細ってしまい、あの元気なおばあ様とは思えない。

 私の予想だと、おばあ様は……


「持ってきたぞ!」


 戻ってきたルイスの手にあるのは……小さめの金槌だった。


「ありがとう! あとは、おばあ様を座らせてくれる?」

「え? だが、起きてるのも辛そうで……」

「病気の診断に必要なのよ!」


 私の言葉にルイスが驚きの表情になる。


「わかったのか!?」

「それを判断するためにお願いしてるの」


 ルイスは慌てて祖母に「少しごめん」と声をかけて、その身体を起こした。ルイスの祖母は抵抗する元気もないのだろう。なすがままだった。

 私はベッドに腰掛けるルイスの祖母の裾を捲り足を出し、出てきた足に金槌を向ける。

 ルイスが慌てて止めに入った。


「待て! まさか足をそれで叩くんじゃないだろうな!?」

「そうよ」

「そんなもので叩いたら足の骨が折れるだろ!」

「軽く叩くだけだから大丈夫よ。心配しないで」


 私はルイスからの圧を感じながら、ルイスの祖母の足の膝を軽く叩いた。

 反応しない。


「間違いないわ!」

「何が?」


 祖母を再びベッドに横にしたルイスが訊ねてくる。


「高齢だと色んな病気が疑われる。高血圧、生活習慣病、脳血管疾患……その他色々。年齢による病気は正直私にはお手上げよ。でも」


 私にその病気を治す方法はない。一般常識としてそういう病気があると言うことを知っているだけで、私は医者ではないからだ。

 ただ、そんな私でも治せる病気がある。


「おばあ様の病気は加齢によるものじゃない」

「なんだって?」


 祖母は年齢によって弱っていたと思っていたのだろう。ルイスは驚きを隠せない。

 私はルイスにもわかりやすいように、噛み砕いて説明する。


「人間の足は通常、さっきみたいに叩くと上に跳ねるの」

「上に……跳ねる…?」


 しかし、口で説明しても、よくわからないようだった。


「想像しにくいわよね。ルイス、そこの椅子に座って足を出してくれる?」


 わからないのなら、実演するのが1番手っ取り早い。


「わかった」


 ルイスは素直に椅子に座り、ズボンを自ら捲ってくれた。

 ルイスが緊張しているのがわかる。私は安心させるように微笑むと、ルイスの足に金槌を向けた。

 そしてコンッと軽く叩いた。

 すると足は反射的に上に跳ね上がった。


「本当だ! 自然と上に跳ね上がったぞ!」

「こうやって跳ね上がるのが普通の人の反応なの」


 ルイスが感動した様子で大きな声を出す。


「でもおばあ様は無反応だった」


 ルイスはさっきの様子を思い出したようでハッとした。


「通常上がるのが上がらない……ということはやはり祖母は何かあるんだな!?」


 私は深く頷いた。


「おばあ様の病気は――」


 私は確信を持って呟いた。


脚気かっけよ」


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